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第2話 冷血騎士だって、モフりたい!(2)

 ハンナは木陰から飛び出してきた影を見つめ、唖然とする。


「“黒鷹”だな」


 ジェイクの言葉に、目の前に立つ男がにやりと笑う。

 黒鷹の一味であるその男は、組織の名前を表すような黒一色の服に身を包んでいる。


「もらっていくぞ」


 男が言うのと同時に、ジェイクは頭上を見上げる。

 同じく黒一色に身を包んだ仲間の賊が、フクドリの巣を持ち去っていく。


「ピギョォォォォォォォォォッ!!!」


 途端に、フクドリは耳をつんざくような声を上げて怒り狂い、巣を盗んだ賊を追いかけ始めた。その巨体で木々をなぎ倒し、フクドリは森の中をドタドタと突き進んでいく。


「みなさんは、安全なところで待機しててください!」


 ハンナは行商人にそう告げて、急いでフクドリと賊を追いかける。

 ジェイクもそれに続こうとするが、目の前の男が立ちはだかった。


「お前の相手は、俺だ」


 挑発するように言う相手に、ジェイクは無言のまま剣を構えた。

 男も剣を構えるが、ジェイクの瞳に見据えられた瞬間、身体を縛られたかのような感覚に陥る。

 一瞬遅れて、それが絶対的な強者を目の当たりにしたときに訪れる絶望なのだと、男は感覚的に悟った。

 ジェイクが音もなく一歩踏み出す。男が身構えるように、剣を持つ手に力を入れたときには、すでにジェイクは男の後方に立っていた。

 男は腹部に強い痛みを感じ、膝から崩れ落ちる。

 けれど、ジェイクの剣先も自分の腹部も血で濡れてなどいない。剣の柄で鳩尾を突かれたのだと、男は薄れいく意識の中で理解した。


「あの目、もしかして……」


 地面に倒れ込みながら、ようやくその人物が『氷血の獅子』だと気づく。

 ジェイクは男を振り返ることもせず、ハンナたちの後を追って森の中へ飛び込んでいった。



 一方のハンナは、巣を持ち去った賊の背中を追いかけて、森の中を駆けていた。賊は常人離れした身体能力で木を飛び移るようにして逃げるが、ハンナも必死についていく。

 徐々に距離を詰め、相手に攻撃が届きそうな場所まで近づいたところで、ハンナは腰のポシェットから玉状の塊を取り出す。薬学にも長けるハンナ手製の煙玉だ。ハンナは、それを相手が着地するタイミングを見計らって、足元に力強く投げつける。衝撃を受けた煙玉は破裂して、一瞬にしてもくもくとした煙が賊を包み込んだ。煙を吸い込んだ賊は涙を滲ませてむせながら、煙から出て来る。ハンナはその隙をついて賊を捕縛するが、その手にはもう巣はなかった。辺りに目を走らせると、もうひとり別の仲間が巣を抱え逃げていく。ハンナがその背中を追い掛けようとすると、すぐ傍をフクドリが猛烈な勢いで駆け抜けていく。

 すると、フクドリの後を追い掛ける人影が目に入った。


「先輩……!」


 ハンナは、フクドリのことはジェイクに任せ、巣を持ち去った賊を追いかけることにした。

 ジェイクは、暴走したフクドリに追いついた。


「落ち着け!」


 木々の間を飛び移るようにしてフクドリに言葉をかけるが、ジェイクの声は耳に届いていないようだ。

 フクドリの体は、なぎ倒した木々によって傷がついている。

 このまま行けば、森を抜けて一般市民が通る公道まで出てしまうかもしれない。そうなれば、怪我人が出る可能性もある。なんとかして落ち着かせなければと、ジェイクはフクドリの肩に飛び乗った。

 ジェイクの脳裏に、先ほどのハンナの言葉が蘇る。

『簡単ですよ。心からの言葉をかけてあげてればいいんです――』

 心からの言葉というものが、なんなのか今の自分にはよくわからない。ジェイクは、信頼を築くために、今の自分が差し出せるものを探った。


「おい、フクドリ。聞け!」


 ジェイクの声は、まだフクドリに届かない。


「俺が必ずお前の子どもたちを取り返す。だから、安心しろ」


 揺るぎない声で言うと、フクドリがジェイクを見る。ジェイクは、信頼してほしいと伝えるように頷き返した。


「ピヨ……」


 ジェイクの想いが届いたのか、フクドリは短く鳴いて大人しくなる。


「よし、いい子だ」


 安心して、ジェイクは前方に目を向ける。フクドリが走って稼いでくれた分もあり、巣を抱えた黒鷹の男までもうすぐだ。ジェイクは、フクドリの肩から飛び降りると、男の背中に迫る。

 街まで出てしまえば逃げきれると踏んでいた黒鷹の男は、ふと殺気を感じて振り返った。剣を構えたジェイクがこちらに向かって飛び込んでくる。まるで、獰猛な獅子に狙われたような心地だった。恐怖からさっと血の気が引き、思わず持っていた巣を放り出した。

 ジェイクは体を翻し、逃げた男ではなくフクドリの巣に手を伸ばすとしっかりと腕で抱きとめた。

 しかし、宙に投げ出されたジェイクの体は、そのまま下へと落ちていく。ジェイクは巣を守るように抱きしめ、自分の体が地面に向くように体勢を変えた。掴まることができる枝はないかと視線を滑らせるが、生憎手が届きそうなものはない。


「ピヨヨォォォッ!!」


 落下するジェイクと巣を見たフクドリは、慌てて駆け出す。

 ドタバタと足を踏みながら進んでいたが、不意にぬかるんだ地面にズベッと足を滑らせて、そのままズルンッと仰向けに転んだ。勢いがついたフクドリの体は、傾斜のある地面を流れるように滑っていく。体を止める術もなく、フクドリはほとんど白目を剥いたまま、なすがままになっている。

 そして、フクドリの体はちょうどジェイクの真下で止まった。ジェイクが見れば、フクドリのふかふかのお腹が、どうぞ飛び込んできてくださいとでも言うように待ち構えている。

 腹……モフ…このまま、落ちれば……。

 まるで、スローモーションになったように周りの景色がゆっくり流れていく。

 ジェイクは心を決め、落下に身を任せることにした。

 巣をかばうようにしながら、フクドリのお腹にゆっくりと吸い込まれるように着地した。ジェイクの体は、フクドリのお腹にモフッと沈み込み、それからバウンドして宙に放たれ、そしてもう一度お腹にたっぷんと受け止められた。

 至……福………………至福!

 巨大なベッドのようなモフモフのお腹の上で、ジェイクはしばらく放心した。


「ピヨォ……」


 巣とジェイクが無事だったことがわかり、フクドリも安堵の息をつく。


「先輩、大丈夫ですか!?」


 縄で捕縛した黒鷹の男を連れながら、ハンナが声をかける。


「ああ、それより……」


 ジェイクが答えつつ、身体を起こす。

 すると、腕の中の巣からピシッとひびが入るような音がした。

 ハッとして見れば、卵が割れて中からフクドリの雛が顔を覗かせた。

 ピヨピヨと鳴き声を上げ、柔らかい毛を揺らしながら、雛は生まれてきた喜びを精一杯表わしている。ジェイクはほっと胸を撫で下ろしながら、口元がわずかに緩むのを感じた。




 その場に居合わせた黒鷹の一味を全員縛り上げたあとで、ジェイクとハンナは通報を入れた行商人たちを見送る。


「お二方、ありがとうございました!」


 頭を丁寧に下げて、行商人たちは開けた道を進んでいく。


「お気をつけて~!」


 元気よく手を振るハンナの横で、ジェイクは相変らず静かにそれを見守った。


「さて、あとはこいつか……」


 ジェイクとハンナが振り返ると、フクドリがゆっくりと2人に近づいてきた。


「ピヨヨ」


 フクドリは、雛を一匹ジェイクに差し出す。


「なんだ?」

「きっと、子どもを抱いて欲しいんですよ。先輩は、救世主ですから」

「ピヨ!」


 ハンナの言葉に同意するように、フクドリが鳴く。

 フクドリの手の中で、綿毛のような雛がうるうるとした瞳でジェイクを見つめている。


「……断るわけにはいかないな」


 ジェイクはわずかに緊張しながら、そっと手を伸ばして雛を抱きしめた。


「ピヨヨ」

「『ありがとう』ですって」


 フクドリの言葉を訳すように、ハンナが伝える。


「ああ、気をつけて帰れよ」


 フクドリは生まれたての雛たちを連れて、住処である高地へと帰っていく。


 ただ与えられた任務をこなすだけ。

 今までとやることは、大して変わらない。

 そう思っていたけれど、今の仕事はありがとうと言ってもらえる仕事だ。

 フクドリを見送りながら、ジェイクはそんなふうに考えた。


(つづく)

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