82 別人②
案の定岩崎がドアから出てきても報道陣はカメラを向けるだけでほとんど注目してこなかった。
そのまま鉄道駅に進み焼津に向かって鉄路を走った。
「ふぅ、とりあえず一安心ですね」
教祖が岩崎に言葉をかける。
「まだ信じられません、やり直せるかもしれない」
「まぁまだこれからだよ、IDが使えないだろう、さっき改札をくぐるときも俺のカードを利用したじゃないか、世間的に岩崎さんはどこにも存在できない人なんだよ」
「そうか・・・IDが・・・」
「まぁそれもこっちで手配するから」
俺は岩崎に向かって手をひらひらとさせて笑った。
焼津駅はいつも通り薄汚れて人気が無かった。
しばらく歩いて目的の建物に到着する。
「なんでもや」だ。
「こんちはー」
俺が声をかけると店主がこちらを向いた。
「おぉ久しぶりだね、今度は何が目的なんだい?」
「偽造IDをたのむよ」
岩崎を手で示して紹介すると、彼はぺこりと頭をさげた。
「うん、30代ってところかな・・・30代男性・・・お、あったあった、34歳の行方不明者で名前は大迫博、貯蓄はちょっと少なめだが犯罪歴も無いしこれが良いと思うよ」
「あっはい、お任せします」
岩崎は少しうろたえている様子だった。
「うん、今日からアンタは大迫博だよ、人生これからだ」
「写真撮影するからこっちに来てね」
岩崎改め大迫博はどぎまぎとした様子で写真を撮影しする。
しばらくして傍らの機械が動き出し、IDカードが吐き出された。
「はい、大迫さん」
なんでもやの店主はにこやかな顔でIDカードを手渡している。
「支払いは俺がするよ」
「まいどあり」
そう言って俺はカードを端末に通して支払いを済ませた。
「そんな、そこまでしていただくなんて・・・」
「なにもおごりってわけじゃないよ、大迫さんの左腕にある高そうな時計、それをもらおう」
俺は手首を叩いてニヤリとする。
「このようなもので良ければ喜んで差し上げます」
大迫は腕時計を外して俺に両手で差し出してきた。
「やった、腕時計が欲しかったんだよね、ぉおーカッコイイデザインだなぁ」
「フフフ、暁君は相変わらずだなぁ」
教祖は俺を見てにこにこしている。
しばらくして「なんでもや」から出ると教祖は言った。
「さてこれからどうしますかな?」
「ずっと考えていたのですが、若い頃お参りに行った秋葉山の近くに居を構えようかと」
「ここから遠いのかい?」
「電車で4時間ぐらいでしょうか」
大迫は顎に手をあてている。
「大迫さん、あなたは良くやられました、勇気のいることでした」
教祖が真面目な顔で言った。
「ありがとうございます、それでは」
大迫はそのまま焼津駅へ向かって行った。
「・・・教祖さぁ、いつから洗脳を解除していたのさ」
「おや、気付いていたかね、彼が自死を考えていた時からだよ」
「ふぅん・・・」
俺と教祖はうらびれた街並みの前で佇んでいた。
 




