アクマが恋に落ちた日
【勝手にシリーズ化】第二弾
前回の短編「死にたがりの悪あがき」のルシファー視点の物語です
泣きそうな空は好きだ。
隙のある人間のこころに、わずかな毒を気づかせないように仕込むことができるからだ。
寂しげな空を見上げて物思いにふける人間は、たいていが現状に不満があったり、言い表せない不幸を抱えている。
そんな人間界の負の感情を見つけるのは、まるで遠く昔、幼いころに宝探しをしてワクワクしたあの感覚に似ている。
(――クセになる。)
何とも言えない高揚感に、思わずにやりと笑ってしまう。
ルシファーは異界の生活に飽き飽きしていた。
永遠に近い生命を持て余し、暇つぶしに人間をからかうのが最近の日課だ。
「あんなの否定じゃないし…なんでこんな気分になってんだろ。」
少し遠くから聞こえる声に、自分の好きな負のニオイを感じる。
淡い藍色の魂にはうっすらと灰色の翳りが混ざる。
馴染んだ血の匂いが、微量の緊張と焦燥を帯びた独特の芳香として漂ってくる。
「喜美子って、いつも愛想笑いしててちょっと変だよね。」
心の声と一緒に、甘さに苦みが混ざったような血の匂いが鼻をくすぐる。
愛想笑い……ちょっと変……。
そんな言葉に揺れる魂の動揺も感じる。
きれいな藍色に翳りを持つ魂。
(面白い……)
笑顔の奥に悲しみや怒り――人が隠す負の感情を色や匂いで感じ取る。
この複雑な心の在り方が、実に愉快だ。
興味をそそる声が聞こえると、ぞくぞくする。
(二度目に聞こえてきたのは、最初の声の記憶の中のものか……。)
「いいじゃん。お願いって言えば、たいていのことはしてくれるし、なんか言い返したりほかの子に悪口言ったりしないんだからさ。」
こうした負の感情は、団体の中でこそ芽生え隠され蓄積される。
この声も、そんな翳りを持つ誰かの心の声のようだ。
興味がわいて、もう少し近くで覗きこむ。
「わたし、人が苦手なの。グループとか上手に付き合えなくてさ。知っている人があまりいないこの高校に入ったんだけど、やっぱり一人は嫌かも…なんておじけづいちゃって、入学式で少し遠慮がちに話す喜美子に親近感がわいたんだよね。」
(さて、今日はどんな宝物が見つけられるかな……)
近づいて様子を伺うと、空を見上げて考え込んでいる少女がいた。
その表情から、何か思い悩んでいることは一目瞭然だ。
ルシファーがにやりと笑う。
その人間のもっともプライベートな部分が心の声だろうと思っている。
こうして盗み聞きをするのは、なんとも愉快だ。
「おや?この少女は私も知っている人間だね。」
憂いを含んだ表情がどんどん暗くなっていく少女の記憶の中に、見知った顔を見つける。
近々、接触を試みる予定になっている少女だ。
「志保…なんであんなこと言ったんだろ。」
そうそう、志保という名前だった。
予定を変更して志保という名の少女に接触を試みることにした。
なんだかおもしろいことが起こりそうな予感がしたからだ。
少しだけ時間を操作して、自分だけが何倍かのスピードで移動できる世界で志保を探す。
ターゲットを見つけて目を細める。
(どうやら面白くなりそうだ。)
ルシファーにとっての"楽しい遊びの時間"がはじまろうとしていた。
この"好奇心"が、彼の永遠を揺るがすことになるとは――この時の彼は、まだ知る由もなかった。
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病院の一室に、先ほど覗き見た記憶の中にいた少女を見つける。
顔色は悪く、ちょうどいい具合に心も身体も弱っているのがよくわかる。
周囲の慌ただしさから、容体が不安定なこともひしひしと伝わる。
「チャンスだな。」
自分の意識をさっきの部屋まで飛ばすと、もう一人の少女も深い眠りに落ちていた。
パチンッ!
指を鳴らすと、音と同時にベッドの近くまで瞬間移動する。
(ここどこ?)
少女の心の声が聞こえる。
(喜美子……だったか?混乱しているようだな。)
無理もない。
突然、他人の身体に魂が入り込むなど、想像を絶する出来事だからだ。
意識が混濁するたびに、弱っていく身体とは裏腹に、志保の身体の中にいる喜美子の魂は、徐々に輝きを取り戻す。
(理由はわからないけど、志保は病院に入院していて、ほとんど動ける状態じゃないってことだよね。)
もう一度少女の心の声が聞こえる。
(戸惑いながらも自分の居場所を理解して、状況整理をしている……?)
聞こえてきた声に、ルシファーの好奇心がくすぐられる。
たいていの人間は、魂が入れ替わればパニックになる。
ましてや今回のように、病人の身体に健康な魂を入れれば、なおさらだ。
驚きと戸惑いでわずかに静かになったとしても、怒りか絶望で泣き崩れる……それがお決まりのパターン。
「こいつは、面白い。」
冷静さを取り戻した喜美子の瞳に、ルシファーが息をのむ。
その瞬間――
ドクッ
少女の身体の方が、大きく波打つように揺れた――
「……何、コレ。」
少女の小さなつぶやきが聞こえた。
「今死なれては――」
無意識につぶやいたことに、ルシファー自身も気がついていない。
パチンッ!
再び指を鳴らす――いつもなら、遠巻きに苦しむ人間を見て楽しむのだが、今回はどうもそれが嫌だったようだ。
(隠し事をしていた人間に、会わせてやろう……。)
「二人を対面させてあげるよ。」
秘密はどんなに親い関係にも亀裂を生む――親友にどんな顔を見せるのか。
ルシファーの好奇心が、"いつもと違う"未来へと向かってざわめく。
胸の奥で、わずかに――普段の"遊びの時間"とは違う、奇妙な期待が芽生えていたことに、ルシファーは気づかなかった。
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青い空と大きな木……
芝の上にはピクニックブランケット……
これが自分の用意した異空間だということに、ルシファーは苦笑いする。
(まるでおとぎ話の世界……なんとまぁ……)
皮肉交じりに、軽く息をつく。
そんな反応をした瞬間、少し離れたところから声がした。
「志保?」
「良かった〜。目が覚めた。」
何とものんきな再会だ。
「ごめんね…わたし喜美子を巻き込んじゃったみたい。」
「どういうこと?」
「わたし、手術しないと助からないって言われて逃げたの。」
「ちょっと待って。いきなり飛びすぎ。」
空気が変わる。
(いいな、この微妙な空気。)
「気まずい感じも、困惑も……こいつらの関係は、どう変わる?」
好奇心に心が躍ったタイミングで、心の声が思わずつぶやきになる。
志保が私を巻き込んだ…?
何に…?
手術…?
しないとダメで…手術しないと助からない…?
で、逃げた…?
何から…?
喜美子の心の声が慌ただしく聞こえてくる。
理解できないと怒るだろうか……
なぜ巻き込んだのかと嘆くだろうか……
期待して成り行きを見守ろうと、二人の様子を伺う。
すると、変な空気を払いのけるような、大きな深呼吸がする。
「志保、答えられることだけでいいから、質問に答えて。」
一切の迷いを感じさせない、凛とした声が響いた。
(こいつ……)
想像のどちらでもない、強い意志を持った瞳が、まっすぐに志保へと向けられていた。
(……どうやら"今日の遊び"は、ただの暇つぶしではなさそうだ。)
ルシファーの表情に、無意識に笑みがこぼれた。
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喜美子という少女――状況分析は、得意らしい。
今までの経緯から想定できる可能性を、正解へと導くためにいくつかの質問をする。
そのうえで、確証が持てたことを友人に確認……
親友に最も負担の少ない状態で、情報を聞き出し、結論へと近づく。
「何をどう祈ったら、わたしが巻き込まれることになるの?」
怒気を孕んだ声がする。
所詮は脆弱な人間……理解できようが苛立ちは抑えられないのだろう。
責めるような口調に、志保も下を向いて黙っている。
「神に祈ったところで、奴らは人の生き死にには干渉しない。手を差し伸べたのはわたしだけだった。」
タイミング的には完璧だと思われた。
だから、口を出した。
「あなた、誰?どっから来たの?」
戸惑いよりも怒り……その中にわずかに感じる恐怖。
ルシファーはぞくりとした。
「私はルシファー。」
キッと睨みつける志保の表情に、折れかけた心が平常を取り戻したことを感じた。
「そんな怖い顔をするな。お前が話そうとしないから出てきてやったのだぞ。もう時間がないというのに悠長なことだな。」
ムキになって声を荒げる志保の正面に立つ少女に目をやる。
「ルシファーって堕天使の名前……志保、この変な人友達なの?」
喜美子という少女は、自分と志保とを交互に見ながら、混乱を悟らせないように志保に事実確認をしている。
「わたしはお前の知る堕天使、ルシファーだ。」
ダメ押しに、もう一度名乗ってやる。
「ごめんなさい。初対面の人に失礼だとは思うけど、あなた、頭大丈夫?」
想定外の反応に、驚かされたのはルシファーの方だった。
事実確認なのか、品定めなのか、不躾な視線を感じるが、不思議と悪い気はしなかった。
されるがままに視線を受けて、この先の反応を楽しむことにする。
「喜美子、ごめんね。わたし、このアクマと賭けをしたの。」
志保の魂が薄く緑色に彩られ、黒い翳りがそれを揺らす。
緊張と罪悪感の苦い匂いが甘さを凌駕する。
(いいタイミングだ。さぁ、どうする?)
喜美子の藍色の魂の色や匂いがルシファーを刺激する。
その魅惑的な異質の魂にニヤリと笑う。
「賭け?」
「いやなに、いたって簡単な賭けさ。
内容は君が彼女の手術を説得できるかどうかだ。
親友の窮地に君がどうするか、わたしは知りたかっただけなんだよ。」
対人関係の基本は笑顔だったか?
どこかで聞いたことのある言葉を思い出して、笑顔を作ってみる。
「あなたが本当にアクマなら、それだけじゃ"旨味"がないよね。本当の条件は?」
冷静な聞き返しに、なお一層の興味が湧く。
「ほぅ、なかなか聡いようだ。」
せっかくの正装――テールコートを着こなしているのだから、その服装にふさわしい立ち振る舞いを試みてみる。
「君の友人が迷っている間に、身体がかなり弱ってしまってね。魂の繋がりが薄れてしまったから、君を呼んだんだ。彼女の身体を維持するためにね。」
「嘘よ。」
爆発した怒りに支配され、志保が涙目でルシファーに噛み付いた。
その必死な姿さえ、自分には愉悦の種なのだ。
「喜美子を巻き込むのは嫌だって言ったら、あなたが勝手に喜美子の魂を連れてきたんじゃない!」
(そうそう、この感じ……やはり、人の不幸は蜜の味だな。)
人が右往左往する姿は滑稽だ。
だからこそ退屈しのぎには欠かせない娯楽だ。
「そうでもしなければ、君だけが死んでわたしには君の魂しか手に入らないだろ?それでは手を貸す楽しみがない。」
一瞬だけ喜美子を見て、言葉を続ける。
「それこそ君の聡い友人が言った"旨味"が全くない。そういう状況ならば、手を貸すことはやぶさかではないというわけさ。」
この曖昧な表現は、ある意味喜美子への挑戦状だった。
短い会話の中で、どれくらい自分の意図を汲むことができるのか、好奇心が湧いたのだ。
「ちょっと待って!この話の流れだと、賭けにはわたしの魂が含まれてるってことよね?」
(いい反応だ。)
「君は本当に理解が早くて助かる。」
またもや笑みが浮かぶ。
「そうですよ。君の友人が迷っている間に衰弱が進みすぎて、手術の成功確率は十パーセントにまで落ちた。君が彼女を説得できなければ彼女の魂も、君の魂もこのわたしのものになるというわけです。どうします?」
挑戦的過ぎれば警戒され、挑発しすぎれば反発されるだろう。
紳士的に、でも好奇心は隠さず喜美子を観察する。
震えているだろう心の内を隠しながら、それでも諦めていない瞳。
挑戦を受けるかのように、仁王立ちする。
「その賭け、わたしには条件を変える権利はないの?」
ルシファーが目を細めると、藍色の魂の濃度が濃くなったように見えた。
緊張の甘い香りが濃くなり、恐怖の苦味は薄まっている――なおさら好奇心を掻き立てられる。
「基本条件が変わらなければ可能ですが?」
(どんな名案が浮かんだのかな?)
「わたしが志保の身体に入ったまま、代わりに手術を受ける。」
挑戦的な眼差しが、真っすぐ自分だけを見ている。
その視線にぞくりと何かを感じる。
「成功すればわたしたちの勝ち。あなたはどちらの魂も手に入れられない。」
「失敗すれば?」
(言ってみせてくださいよ、私の欲しい言葉を……)
「わたしの魂も持っていけばいい。」
思う通りの発言に身震いがした。
互いを想いあって言い争う二人に、もう一度挑発めいた発言をする。
「今なお身体はどんどん衰弱している。成功率はもう十パーセントを切ったかもしれないんですよ。」
簡単な賭けでは面白くない。
恐怖心は煽ったほうが楽しい。
(彼女はそれでも……)
「わたしは死にたがり、それはもう知ってるでしょ?
だったらわたしはこの命を志保の可能性に賭けるのは悪くない選択だと思ってる。
無駄に人生を消費する必要もないし無意味な人生に意味ができた。」
死にたがりと言い切った喜美子の言葉に、どくんと自分の鼓動が大きく響いた。
(無意味な人生に意味ができた?生きることに執着していないってことか?)
この二人のやり取りに俄然興味が湧く。
賭けは自分の勝ちだろうという志保に、冷酷な答えを言い放つ。
卑怯者だの、アクマだの……いまさら何を言っているのか、笑ってしまいそうになる。
喜美子の言葉に後押しされる志保の心を折ってもいい……それくらいの冷たさで最初の契約が無効になったと告げる。
冷静に、冷酷に……アクマとの取引は一筋縄ではいかないものだ。
もう一押ししようかと思った矢先、喜美子が志保に笑いかけた。
「志保、大丈夫だよ。
わたしが一緒なら、意地でも死ねないっしょ?
それに、志保は死なないよ。」
(……そうか。人はこんなにも危うく、同時に強いものなのだな。)
一人では立ち向かえなかった恐怖に、二人で立ち向かうと決めてから、驚くほど二人の表情は変わった。
恐怖が振り払えたわけではないだろう。
強がりでも、虚栄でも……二人で立ち向かうと心が決まってしまった。
「だからさ、実はコイツの提案って、わたしには最善策みたい。」
「"コイツ"扱いですか……」
驚いて動揺していたことさえ気づかなかった自分の耳に、喜美子の声が飛び込んできて、無意識に反応していた。
「ルシファー、さっさと私たちをあるべきところに戻して。
多分、あなたの望む結果にはならないけど。
だって、賭けに勝って願いを叶えるのはあなたじゃない、私たちよ!」
真正面でニヤリと喜美子が笑う。
(……美しい……)
まさに挑むような眼差しで笑った喜美子に、思わず目を奪われた。
無意識にその美しさを認めた自分に驚愕する。
同時に未知の愉悦が胸を震わす――永遠の退屈を揺さぶる知られざる衝動――。
一方的に感情をもてあそんで楽しむことこそが娯楽……
そのはずだった。
(なんだ……これは……こんな感覚、久しく味わったことがない……いや、正確には……こんな感覚、知らない。)
だが今、そこに存在するのは「玩具」でも「賭けの駒」でもない。
想定外の感情に支配されながら、それすら快楽として享受する自分が……確かにそこにいた。
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ケーキバイキングなどという賑やかな場所は、不得手というより嫌悪感さえ感じる。
それでもルシファーにとって、今日のこの場所に来ない選択肢はなかった。
遠くで微笑み合う二人は、本当に幸せそうだ。
あの契約から、喜美子の魂はどこにいても感じられるようになった。
すべてを把握している感覚が、変に心地いい。
(――やはり、手に入れる必要はなかったな。)
この二人を見ていたいと思った。
なぜかと聞かれれば、明確に答えられないが、今のこの距離は悪くない。
計画通りに小さなホールケーキが運ばれていく。
ランダムに選んだ特別サービス……ちょっとした悪戯でもある。
"ようやく二つ目の願いが叶ったな。 − L"
テーブルの片隅にそっと忍び込ませたメッセージカード。
わずかに緩んだ頬、スッと隠すようにカードを戻す指先……やはり、彼女は気づいたらしい。
そのささやかな動作に、無意識に頬が緩む。
けれど、それに気づいている者は誰一人いない――ルシファー本人でさえ……。
干渉せず、ただ静かに眺める。
影のように静かに、ただ見守るだけの傍観者。
(……彼女の魂を、手に入れたいとは思わない……まだ。)
幸福な姿、わずかな表情や仕草のすべてを感じる喜び――それ以外、もう何も必要なかった。
人間の意識や行動を操るのではなく、自然に生まれる心の動きを楽しむ。
――これこそが、新しく見つけた、ルシファーの遊びだった。
アクマが恋に落ちるなんてことがあるなら、これくらいひねくれているのかな?
などと思っていたら、
皮肉たっぷりのストーリになってしまった気がします。
不定期ですが、この短編シリーズを続けようかなと思っています。
リアクションや評価がとても励みになっているので、
「また何か書けよ~」「また読みに来るよ~」と思っていただけるのなら、
ポチっと応援してくださると嬉しいです。
単純なのでまた頑張れますw
よろしくお願いします。
前回のお話はコチラ↓です
「死にたがりの悪あがき」
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読んでくださりありがとうございました。




