第12章 剣道部の誘い
別府高校温泉科
第十二章 剣道部の誘い
季節は秋になろうとしていた。童貞を卒業して女の体を覚えたにしろ段田のオナニーの頻度は変わらなかった。女の感触を覚え具体的に妄想するようになった。人間の雄というもの本能的に自分の子種をあちこちばらまきたいとう習性があるらしい。ばらまくというのは精子をただ単に街中で射精して回るというのではなく子供を女に作らせようと女を抱きまくりたいという衝動を持つことです。段田も性欲が強い自分に閉口した。別府高校普通科は大学進学を目標とする学科だった。無論、2年後には受験を控えては居るのだが「まだ高校一年生」という楽観的な見方も出来はした。しかし、段田は「旧帝大クラスの医学部」を目標としている。親も期待している。いや、親たちの期待が大きすぎるようにも感じられる。
秋に行われた予備校の高校一年生対照試験は学年で40番台まで落ちていた。もう段田も東大理Ⅲとは志望校は書かない。目立たないように第一志望は大分大学工学部、第二志望に九州大学工学部、第三志望に九州大学医学部と書くようになった。この手法は先生の叱咤激励をうやむやにするためだったようだ。なるだけ怒られずに神童のように急な成績上昇をしてやろうという浅はかなかんがえを段田は過信気味な性格とともに持ち合わせているようだ。
「段田ぁ。成績が落ちすぎじゃ無いのか? 部活を辞めたからだと思うぞ」
心配して声を掛けてきた古川先生に
「いえ、そうではないです」
と段田ははっきりとした口調で応える。
「じゃぁ自分で原因が分かってるんだね?」古川先生は続ける
「分かっているなら自分で解決するんだな。それが別府生だ」
(その別府生が嫌いなんだよ)
段田は無言で古川先生にうなずいて見せた。
確かに、今のままでは旧帝大クラスの医学部は疎か国公立の医学部も合格しない成績順位だ。毎日のようにやるせないオナニーをしている。籐武や日渡は、お金をあげなければ遊んでもくれない。同級生故に廊下ですれ違うこともあるが目は合わせない。家政科の一瞥もあえて避けているようだ。
ぽつん と段田の心に穴が開く音がした。
その音に共感してくれる同級生は、このときは居なかった。
そんなとき番長の鳥越が段田に声を掛けてきた。
「段田君さぁ。剣道部に入ってくれないか。俺たちは引退してるけど山崎以下のメンバーでは来期もいい成績は見込めそうにない。鍛えてはくれないか?」
番長が二つも年下の元剣道部員に頭を下げている形になる。このときのやりとりが番長と段田の二人の時だったからよいが、もし鳥越の取り巻きが一人でも居たのなら、面子とかで段田は取り巻きに殴られていただろう。
「ちょっと考えたいですが、、、、いや、剣道部、明日から参加します」 と段田は
応えた。
驚いたのは鳥越だった。 何も言えず狐につままれたような顔になっている。
「おう」とだけ言い残し、喜んだ顔でも無く段田と鳥越は別れた。
第13章 vs番長
次の日、剣道部の現在の部長である山崎には話が鳥越から伝わっていたようだ。段田が、大グラウンドの隅にある剣道部室を素通りしていく姿を見て追いかけてきた。 段田は何事もなかったように頂上にある校舎を目指して坂を登ろうとしているところだった。
みんな登校中である。
「段田君、防具は?」山崎は不満そうに聞いてきた。
「あぁ鳥越さんには剣道部に参加するように言いましたが辞めます。剣道部に入るのは」
段田は遠慮が無い。殴られるとは思っていないようだ。
「段田ぁー。放課後、兎に角、剣道部室に来い!」
段田は、かなり取り乱しそうになった。
(シメだね。シメだね。とうとうやられるなぁ)
緊張しながら段田は自分の教室に入ると
岸川から
「段田、顔が青い。チンコは黒いのにね」などとからかい始めた。
「俺のチンコ見たのか?」段田は恥ずかしくなってきた。
「いやいや、同じ穴の共有者と言うことで・・・」
ここでも少し小便が漏れそうだった。いや漏れたのかもしれない。確かめたが微妙なパンツの湿り具合だ。
「顔がますます青くなってきたぞ段田巨根君」
「あのな事情は分かったから彼女たちのことはあまり言わない方が良いよ」
「分かってるよ。口の堅いやつにだけ言うよ」
「それは本末転倒ではないのか?」
「何じゃ本末転倒って? 本が転ぶのか? なんで?」
「だから誰にも言わないことだよ」
「どうせばれるし-」
気楽なやつだと岸川の性格も悪くはないよな。正直に生きていく。思うままに。それが高校生なのかもしれないし、はたまた取り繕う術を覚えていくのもまた高校生なのかもしれない。取り繕って保身しか考えていなかった段田は岸川のおかげで気が晴れていく自分を感じることが出来た。
ここで取り繕わず正直に言いたいことを言わないと剣道部の呪縛からは逃げられないと思った。放課後、剣道部室をスルーして早々に電車に乗って帰路につけば剣道部の追っ手は今日は来ない。しかし、段田は別府生を続けなければならない。
将来図に「高校中退」はなかった。かんがえもしなかった。ではどうするのか?剣道部室に放課後に行く、それだけだ。
段田は肝を据えていた。さすがに中学生の時には九州大会の準決勝まで上り詰めた剣道の猛者には違いなかった。
「失礼します」
剣道部室に入った。鳥越と山崎が一番上の椅子に座っていた。さも偉そうだ。だが剣道は弱い。
「段田ぁーーー。言ったことが違うじゃないか」鳥越は声が裏返っているが怒りのためか震えているようでもあった。
「下手に出てりゃ舐めるなよ」 山崎が鳥越に呼応して言う。
「いえ、私は高校受験で失敗して別府高校に仕方かなく来てるんです。剣道に時間を割いていたら大学も失敗します」
「それがどうした。俺には今日から剣道部に参加する。言うたやないか?」
「こんな弱い別府高校剣道部は嫌です」
とうとう言ってはならない言葉を発した段田は次に鳥越がどう動くかは予見していた。
鳥越は何もいわずズシっと拳を段田の顔をめがけて当てようとしてきた。段田は反射的に剣道の足さばきで左を後ろへそして右足をすべるように後ろへ一瞬で拳を交わして逆に鳥越に一発入れた。前向きに突入してきた輩に拳を向けるのであるから鳥越はいたがる前に気絶した。動かない。それをみて逃げようとした山崎に後ろ向きからの裏拳で剣道の面を振りかぶるように頭の天誅をめがけて拳を振り落とした。背の低さから山崎は見事に拳が頭に当たり前のめりに卒倒した。
静かだった。段田は、自分が修羅場や喧嘩が強いことは自分でも気づいては居なかったようだ。
これ以上は無意味だし。なんの恨みもなかったので帰宅することにした。
剣道部室の扉を開けると同級生の溝上が門番をしていた。部室内をみて驚愕する。
「ど ど ど どうしたんだ?」
何も答えず段田は剣道部室と剣道に別れを告げた。