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9話 短い里帰り

 どうするべきか。ああ、まずは事の次第を穂之木君に伝えないといけないだろう。相手の家がどこかも気にかかる。斎木が他所に泣きついたのか、どこぞから横槍を入れられたのか。


 私は手紙を伝えてくれた使用人の方に、あったことを穂之木君に伝えるようお願いする。


 次に、今すぐ斎木に向かうべきかだが。一人で行くのは論外だろう。行くなら誰かを伴わなければならない。けれど、あいにく穂之木君は用事でここにはいない。


 しかし、行かねば情報は入らない。人を折り返したとて、あの父親のことだ。本人に直接話をなどと詳細を言わないに違いない。


 取れる手段は二つだな。

 穂之木君が戻ってくるのを待つ。

 誰か穂之木の家人を伴って相手を探る。


 いや、落ち着け。まずは電話で問いただすのはどうか?


 私は備え付けの電話帳を見やった。個人ならいざ知らず、国の公共機関、電話を契約している政治家や名家なら電話番号が記載されている。もちろん斎木もだ。


 けれど通話には高い金がかかる。それこそ私では支払えないぐらいに。さらに、私から交換手へ、交換手から斎木家とつなぐ間に、途中で切られるなどの嫌がらせをされるかもしれない。


 なんなら私が斎木にツケを払わせたりしているからな。それを知っている妹の美緒に伝わろうものなら、即座に切られてしまうだろう。


 結局、私は電話を諦めた。男性の使用人に事情を話して暇を作ってもらい、斎木に行くことにしたのだ。


 長年過ごしてきた斎木家だったが一週間あまり、帰っていなかっただけで、何か様変わりしたかのように感じた。


 私は臆さずズカズカと敷地内へ入り込んだ。私の顔を知っている使用人らが慌ててやってくる。


 そうして父親に呼ばれた旨を伝えて母屋へ向かったが、その間に美緒に出くわした。


 互いに嫌いあってる仲だが、今は相手をしている暇はない。すれ違いざまに通り過ぎようとして、


「あらお姉さま、お父様が素敵な縁談を用意されたので帰ってきてらしたのね」


 ……暇はなかったが相手になってやると、私は美緒に向き直った。


 本当に素敵な縁談なら、こんなに嬉しそうな顔はしていないはずだ。だから後妻だとか、訳ありの縁談だろうことは分かっている。


「とても良い話、らしいな。だが水は流れ行く末に治まるもの。流れに逆らい身代を潰すような事にならなければいいのだがな」


「ふふっ、そんな事にはならないわ。だって秩序と水は違うもの。私たち家族はお姉さまの合力あってさらに栄えるの。それは誇っていいことよ」


「合力ね。犠牲の言い間違いだろう。そんなに素敵な相手ならお前に譲っても構わないが?」


 私の問いに、美緒は答えず笑って受け流した。


 どの道、どんな相手だろうと受けるつもりはない。今、私が結婚してもいいと思う相手は一人しかいないのだから。


 言い合いはそれで終わり、私は美緒をその場に置いていく。ふと見ると、穂之木から伴ってきた使用人の方が死にそうな顔をしていた。私にできることといえば、彼の心中を慮ることぐらいである。


 彼の被害をそのままに、有無を言わさず、直接父親を詰問してやろうと思ったのに、母屋へ入るとさすがに呼び止められ、部屋中で待つように言われた。別れた彼は例のごとく、別室で待たされているのだろう。


 私が部屋に座ってまもなく、襖が開かれた。


「息災にしていたか?」


 以前、黙らせてやったことなど忘れているのか、それとも意趣返しの機会を得たと内心でほくそ笑んでいるのか。


 表面上、目の前の男はにこやかな応対だった。


「ええ、手紙が来るまでは息災に過ごしていましたよ」


「それは良かった。なに、祝い事は何でも早いほうがよい。お前も結婚相手が誰だか気になっているのだろう?」


「承知した覚えはありませんがね。それで相手を聞かせてもらえるのですか?」


「ああ、もちろんだとも。お相手は花鳳院かほういんだ」


 花鳳院……厄介な所が出てきてしまった。院や宮が入る三字の名は皇女の降嫁があったり、歴史的に帝室と強く密接する国の中枢ともいえる家柄である。


 当然、その権威は強大。名家に分類される家々の中でも頂点に位置する。


 けれど、おかしい。帝室は位人臣を超えた立場にある。すでに並ぶものなどいない権勢を持っているがゆえに、わざわざ叶えの阿子を欲する必要などないのだ。


 どうして私との結婚が持ち上がった?


 そして、もう一つ。考えたくないことであるが、妙齢の男児などいないはず。私が嫁ぐという相手は……。


「もちろん傍流などではないぞ。何しろお相手は花鳳院の御当主、雅藍がらん殿で在らせられる。

御年五十に近いがまだ壮健で、後添いを欲してらっしゃる。どうだ、嬉しかろう?」


「お断りいたします」


 予想はしていたが、到底承服できぬ内容に、私は即座に否を突きつける。だがそれすら見越していたのだろう。父親は低く笑った。


「そう言うと思っていたぞ。だがお前が断れても、穂之木の小倅はどうかな? あの時、威勢よく息巻いておったのを保てると良いのだがな」


 耳障りな声だった。一思いに叶えの阿子としての力で、あらん限りに暴れてやろうかという考えがうっすらと浮かぶ。いや、だめだ。それは最後の、本当に最後の手段であるから。


 話すことはそれきりだと判断して私は席を立った。立ち去ろうとした所、後ろから声が投げかけられる。


「もし、物申したいなら、すぐにでもした方がいいぞ。何しろ、今頃はあちらでも盛大に婚儀の支度を調えておられるやもしれん」


 私はその言葉に振り返って、短く告げた。


「勝ったと思われているならまだ早い」


 穂之木の使用人の方を連れて、外へ出ようとすると今度は美緒だけでなく、一応は母親である香澄も一緒であった。


 名前が同じ一字であるのは何の因果だろうか。もし、同じ一字をつけるのなら、実の娘に付ければよかっただろうに。帰ろうとしている私に二人が祝辞を述べる。


「おめでとう、香耶。母は素敵な殿方との御縁があって嬉しいわ。でも、心配でもあるの。雅藍様といえば大変な漁色家で通っているわ。果たしてお前が無作法をしないかどうかを、ね」


 母親の嫌味に美緒が続ける。


「お姉さまは勉強家でいらっしゃるもの。そちらの方にも通じてらっしゃるから大丈夫よ」


 二人の言葉を聞いて思った。この母親と妹は最後まで私の敵なのだろうな。


「二人とも、頭が高い。長幼の序と同じく家範家格をお忘れのようだが、私が向こうの家に入れば、お二人より立場が上になるのだ」


 この国では生まれより、嫁ぎ先などの家柄が最終的なものとなる。もちろん受けるつもりはないが、皇族に嫁ぐとあらば目の前の二人よりは格上となるのだ。


 私がそう言ってのけた時、二人の嘲弄する顔が憎しみと苛立ちに変わった。


「本当に生意気な娘、私の幸せを邪魔しておきながら、ぬけぬけとよくも……」

「私、お姉さまのそういう恩知らずなところ嫌いよ。犬だって飼われれば恩を忘れないわ」


「そうか、奇遇だな。私も二人のそういうところが大嫌いだよ」


 もう言葉は不要と、私は足早に斎木家から出て行く。けれど、三人にそれぞれ虚勢を張ったものの、私の胸中には対策など何もないのであった。

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