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8話 望まぬ知らせ

 斎木家を出て、私たち三人は車で穂之木家に向かっていた。


 話し合いと呼べるものではなかったけど、私は穂之木家に婚約者として逗留することになった。


 正直、ここまで上手く事が運ぶとは思わなかったな。あの父親は最後まで穂之木君の要求を拒み、私を他家に預ける訳がないと考えていたからだ。余程、穂之木君はあの男の痛い所を突いたらしい。


 いやあ、私の未来の旦那様は頼もしいな!


 と、一瞬だけ浮かれてみたが、まだ問題は山積みである。私の身柄が穂之木家に移ったことで、周りからは穂之木が先んじたと見るはずだ。そして、それを他の名家が、何より斎木が許すかどうか。先のことを思うと気が重くなりそうだ。


「香耶が住まうための支度は調え終わったか?」


「はい、滞りなく。別宅に用意させておりますが、お望みなら若様がいる本宅に用意させて頂くことも可能ですが?」


 穂之木君の傍付きがとんでもないことを言うから、思わず呆気に取られてしまった。そんな私の動揺を気にすることなく、二人は話を続ける。


「……いや。まだこちらに来ることが決まったばかりだぞ。気が早いのではないか?」


「何を仰られます。いずれ結婚されるお二人。遅いか早いかなど問題ではありますまい」


「私もいまだ勝手を知らぬ身なので、馴染む時間を頂ければと……」


 契約婚を結んだ仲とはいえ、彼の家に移ったその日のうちに同衾など求められるのはとても困る。


 そういえばあまり気にしたことはなかったが、契約婚は私と穂之木君のみの話で、彼の家に仕える人たちは知らないのか。自分のことばかりで相手の家のことは考えていなかったな。


 二人の話を聞いているうちに車が穂之木家に到着した。他家を訪れるのは初めてだったが、斎木の家と同じぐらい大きいな。


 屋敷の門をくぐる。


「おかえりなさいませ」


 控えていた使用人らしい人たちが頭を下げている。


「ああ、今客人を連れてきている。しばらく滞在するので面倒を掛けると思うがよろしく頼む」


 穂之木君がそう言い、私も続いて会釈する。

 

 好意的に思われているのか空気が和やかだ。斎木とは違うな。そこから穂之木君と別れ、私は用意されていた別宅へと案内される。


 向かった部屋では、新しく用意されたと思われるイグサの畳が香った。襖や壁紙には染み一つなく、障子も張り替えられたばかりらしい。


 予想もしない素晴らしい部屋に、思わず案内の女性に礼を言った。


「いえ、若様のお計らいにて。直接、お気持ちの言葉があれば喜ばれるかと」


「それはそう、もちろん穂之木君にも伝えるよ」


 間取りや部屋の使用の説明を受けてから、私は穂之木君がいるであろう本宅へと向かう。


 清々しい気分だった。見張る者はおらず、敵意を向けられることもない。まるで行楽にでも出掛けているようだ。こうした環境で暮らす穂之木君を羨ましく思う。


 でも、敷地内を歩きながら、別のことも思った。


 私に見えないだけで彼には彼の苦労があるはずだ。そうでなければ、苦労がなければ、私と契約婚を結ぶ理由なんて彼にはないだろうから。


 浮かれ過ぎていたな……気を引き締めよう。


 本宅へ入ると何足かの靴が目に入った。そういえば父親が亡くなったことは聞いていたが、穂之木君の家族構成はよく知らないな。


 確か母親は健在で、ほかに兄弟はいないらしい。親戚はたくさんいるらしいが。厄介になるのだ。後で穂之木君の御母堂にも挨拶しておかないといけないな。


 私が一声かけて屋敷内へ上がろうとすると現れた使用人の方に呼び止められる。


「ただいま、ご親戚の方がお見えですので、こちらへ」


 女性の使用人の方が私を案内しようとしたところに、


「これで決まったわけではないぞ! 旬! 時期尚早という我々の判断に変わりはないのだからな!」


 怒鳴り声が聞こえ、続けて二人分のドスドスと響かせているような足音が聞こえてくる。


 私と使用人は発信源の姿を見る前から廊下の脇に退いた。すぐに音の主が現れ、肩を怒らせながら足早に立ち去ろうとしている。


 年配の男性と女性だ。当然のごとく顔も名前も知らない相手。そんな二人が去り際に、私のほうをジロとねめつけていった。


 私は二人が去ったのを見届けてから、穂之木君に会うと、


「ああ、香耶に会わせるつもりはなかったのだが、その顔では会ってしまったらしいな」


「会ったよ。あれが穂之木君の頭痛の種かな?」


「そうだ、香耶がここへ逗留することを知ったらしくてな。勝手に上がりこんできたわけだ」


 親戚という関係上、使用人たちも止めづらくてな、歯がゆそうに穂之木君が言う。


 どこにでも厄介な親戚というのはいるものだな。私の場合、厄介なのは両親と妹だが。


「そんなことより部屋のほうはどうだった? 気に入ったなら手配した甲斐もあったというものだが」


「言うことないな。ああも整えられた部屋が待ってるとは思わなかったよ。でも良かったのかな? 無駄になってしまうかもしれないのに」


 もし私がこの屋敷を離れたらせっかくの改装や新調が無駄になってしまう。


「気にすることはない。香耶でなくとも結婚相手が住まう部屋は用意しないといけないんだ……それに無駄になると決まったわけでもないだろう?」


「その言い回しだと、本当に求婚されているように聞こえる」


 私が言うと彼は曖昧に笑うのであった。


 私が穂之木家で暮らすようになって一週間あまり。苦労したことといえば、穂之木君の母親に馴れ初めを聞かれたり、式はいつ挙げるのか、どこに旅行へ行くのかなどと聞かれたぐらいだ。


 穂之木君の母親は私に対しては好意的だった。叶えの阿子である私は彼の立場を強化することも理由の一つかもしれない。


 穂之木家で概ね、問題なくで生活を送っていたある日のこと。私は屋敷で使用人の方に呼ばれて一通の手紙を受け取った。


 見れば斎木家からの手紙だ。一体なんの用件なのか、良い話ではないだろう。警戒しながら封筒を開いて、文面を見てみたがそれはまったく意味を成さなかった。


 何故なら、相手からの、両親からの手紙は結婚が決まったので戻って来いというものだったからだ。

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