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6話 父親と契約相手の対峙

 俺は穂之木家に戻るなり、斎木家の娘である香耶と縁談を進める旨を、周りに表明した。


 最初は反対で騒がしかった。初めから同意を得ようとも思わなかったがな。


 真っ先に反対したのは、穂之木の傘下にある会社を任されている叔父や叔母だ。当主でない傍流とはいえ待遇は悪くないはずだが、彼らにとっては結局、枝葉に過ぎなかったということか。幹に成り代わるならいまのうちというわけだ。


 親戚連中が反対する理由も取って付けたようなものばかりだ。


 家格が釣り合わない。

 二人ともまだ大人になっていない。

 当主として家業に邁進するべき。


 それが正しいか間違っているかはこの際、後回しでいいだろう。表明はあくまで手順に過ぎない、斎木家の娘を、香耶を貰い受ける事が肝要なのだから。


 そう考えながら、俺は喫茶店での香耶との会話を思い浮かべた。


 ……向こうから言われたことだが、年頃の女性を呼び捨てにするのは、抵抗感というか気恥ずかしいものがあるな。


 香耶は噂通りの女性ではなかった。美しいというのは合っている。初対面の俺を前にして物怖じしない性格で、頭の回転も早そうだ。だが清らかと言った時に、本人は妙な顔をしていたな。


 少し、やり込められた感もあるが……


「嫌い……ではないな」


 口に出して、俺は彼女の印象を結論付ける。



 香耶と出会ってからの数日後、俺は斎木家に運転手の車で向かっていた。


 婚姻は家同士の取り決めだ。仕来りを守り、周囲の納得を得る必要がある。だが、形式を抜きに当主の鶴の声で、あっさり成立することも珍しくない。


 現時点での俺は単なる跡継ぎである。もちろん、序列の上では当主と跡継ぎは同列とはならない。

おそらく、簡単には承諾をもらえないだろう。ましてや、香耶は叶えの阿子であり、縁談は引く手あまたで持ち込み先には困らない、はずだった。


 何の因果か、本人が俺との契約婚、という条件を呑んだのだ。普通はあの条件を受け入れない、自分の婚歴に傷を付けるような真似は。それでも行動したのは、彼女の予想される境遇から通る可能性もあったからだが。


 はあ、彼女の弱みに付け込むような真似をした自分にため息をつく。必要なことだ、と言い聞かせても、時折みじめな気持ちになる。


「若様、もうすぐ斎木家に到着します。しゃんとなさいませ」


 俺の気持ちを読み取りでもしたのか、昔から傍付きを務めている者に窘められる。


「ああ、気をつける」


 何にせよ、これで他の男達より、一歩先んでたことになるはずだ。


「本日、約束していた者ですが……」


 傍付きの者が門衛とやりとりを済ませ、案内人を含めた三人で斎木家の門をくぐる。


 屋敷の中を進んでいくと、足元には道に沿って石畳が広がり、所々、色を添えるように木々と玉砂利が敷いてある。よく知ったような光景の中を案内されながら進んだ。


「他家に入るのは初めてだが、こういう所はどこも同じだな」


「何かご不満でしたら庭師を呼びますが……外国式でも取り入れられますか?」


「いや……あのままでいい」


 あまり庭園に興味があるわけでもないのに、自分の屋敷と比べ、つい独り言をもらしてしまった。

柄にもなく緊張しているのかもしれない。


 屋敷内を進みながら、俺は香耶がいないか見回した。どうやら迎えには出されないらしい。


 俺の来訪が伝わっていればいいんだが。


 五分ほど歩いたか。ようやく邸宅が見えてくる。 


 当たり前だが周りと比べて一回り大きな家屋に広い玄関。中に入れば、靴が一切置かれておらず、俺たちは履物を脱いで上がる。


 案内を先頭に長い廊下を歩いていると、


「お供の方はこちらへ」


 恐らく、控えに通すのだろう。こちらを見る傍付きに頷いてみせ、俺は別れた先で応接間の前に立った。


「お客人をお通しします」


 中から応答の声があり、案内人が恭しげに襖を開く。部屋の外から、中で座っていた壮年の男と目が合った。腕組みをしており、神経質そうな顔をしている。


 あまり香耶とは似ていないな。


「座られよ」


 声の主は斎木家の当主、斎木久高であり、香耶の父親でもある男が口を開いた。


「失礼します」


 俺は誘いに応じて、相対するように座った。お互い、表情を見せずに向かい合う。まるで石と石とを向き合わせているように思える。


「それで、穂之木殿。本日のご用件は? 娘の事と伺っているが……」


 白々しいな、叶えの阿子である自分の娘を訪ねて男がやってくる。わかり切った話のはずだ。


「では率直に。斎木殿、貴殿のご息女、香耶さんとの結婚を申し込みに参りました」


「確かに、娘は結婚を考えてもよい年頃だ。しかし、いきなり結婚というのはいささか性急に過ぎないかね?」


 やんわりと遠まわしな断り、予想通りではある。


「いや、私自身、娘には幸せになってもらいたいのだ。その為に立派な嫁ぎ先を用意したいと思っているのだよ。さらに本人の気持ちの問題もある」


 どの口がそれを言うのか、それにずいぶんと穂之木を下に見た言い回しだな。よほど、高家の男を狙っているのか。それが成功していれば、斎木の下風に立たされていただろう。


 だが、斎木の当主よ、一つ失言をしたのに気付いているか?


「実は少々勇み足ながら、香耶さんと交際させて頂いているのです」


「なんとっ!? そのような話は聞いていなかったが……」


 久高の平静に保たれていた表情が崩れ落ちる。香耶が父親に私事を伝えるわけもない、家の者に監視をさせていたとしても、交際していたという話を掴むことは不可能だ。


 何故なら、俺と香耶が付き合った事実はないのだから。交際しているという体になったのは、数日前、互いに契約婚へ合意をしたあの日からだ。


「目下、私と香耶さんは将来を誓い合った身で、本人の気持ちは重々承知しております」


 ――お許し頂けないでしょうか?


 俺がそう続けた時から、目の前の男の目が変わった。娘を狙っている有象無象から、己の目論見を壊した敵に変わったのがわかる。

 

 こちらの目標は結婚を認めさせること、ではなかった。もちろん、すんなりと要求が通るならそれに越したことはない。しかし、それが難しいことはすでに分かっている。出来うることならば、香耶を当家で引き受ける所までいきたいが……。


「話は承った。まずはこちらで事情を確認したい。一方の言い様のみを鵜呑みにできないことは承知して頂けるかな?」


「それでしたら、香耶さんをここへお呼びするのはどうでしょう。きっとご理解いただけるものかと」


「いや、娘も本人を前にしては言えぬ事があるやもしれん。ここは家族だけで話し合いたいので遠慮をして欲しい」


 さすがにここからは、そう易々と言質を取らせてはくれないか。部外者である俺を早々に締め出し、身柄を引き取ることもさせないつもりだ。


「香耶さんは、一日でも早く我が家に慣れたいとこちらを訪れる段取りなのですが」


「取りやめたまえ、そもそもいまだ結婚の許可を出していないのだ」


 取り付く島もなく、こうも守りを固められると……。いっそ強硬手段にでるべきかと考える俺に、久高が言った。


「ひとまず、本日はこれまでとして、後日返答させて頂く」


 食い込みはしたが、やはり俺一人では攻め切れなかったか。話を打ち切るべく立ち上がろうとした久高であったが、襖の奥から聞こえた声に動きが止まる。


「お父様、失礼する」


 声を掛けるなり、俺や久高の意など気にすることなく、勢いよく襖が開け放たれる。そうして、入室した白髪の女性が悠々と俺の隣に座った。


 

 香耶だ。


 彼女がニコリと笑みを浮かべて俺に言う。


「お待たせしました」

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