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3話 叶えの阿子

 目を覚ますと、いつもと違う天井だった。あの暗くて冷たい物置ではなく、屋敷内のどこかだと気付く。


「頭が痛い……」


 起きようとしたけれど、気だるかったのでもう一度横になる。あんなことが起きたあとで、自分でも、少し図太くなったように思えた。


「叶えの阿子でございますな、おめでとうございます」


 誰にだろうか? 言祝ぐ声が隣の部屋から聞こえた。もっとよく聞こうと耳に集中させる。


「私生児が叶えの阿子のどこがめでたいものか! おまけに使用人に軽々しく力を使いおって!」


 お父様、父の怒っている声が聞こえる。何やらやってしまったようだが、今さらだろう。怒られるのには慣れている。


「されどめでたき事には変わりませぬ。古より天与の霊力を持つという叶えの阿子。その尋常ならざる力を巡って、家々が争ったと言いますからな」


「厄介払いしようとした折に目覚めおって……まあよい、それならそれで使い道はあるだろう。それが古来よりの慣わしでもあろう?」


「……左様でございますな」


 聞いた事のない単語でよく意味を理解できなかったけど、父はどうやら怒ったまま部屋を出て行ったようだ。


 見たい気分ではなかったので、顔を合わせなくて良かった。そう気持ちを楽にしていたら部屋の襖が開かれる。


「おや、気付いていたのかね」


 男は汚れが一つもない白い服を着ていた。私が黙っていると話を続ける。


「私は医者だが具合はどうかね? 安静にしていればすぐに良くなるはずだが」


「少し頭が痛くて気だるい……」


 私が具合悪そうに言うと男は淡々と言う。


「ああ、それなら薬を処方しておくから後で飲んでおきなさい、それより……」


 医者を名乗った男が真面目な顔になる。


「君は自分がどういう存在か理解しているかね? 叶えの阿子という言葉は知っているかい?」


 さっきも聞いたけど知らない。だから私は静かに首を振った。


「叶えの阿子、大昔から突然力に目覚める子供のことだ。その強い力は妖を退け、並みの人間以上の力を持つんだ」


 先ほどの、使用人を吹き飛ばした事を思い出し、あれのことかと思い当たった。


「だが、そのせいで君は面倒に巻き込まれる。何故なら、君と結婚すれば強い力を持った子が生まれる。それに……妖が君を、殺せば強い力を手に入れることができる」


 言いよどんだけれど、命が危ないことは分かった。


「本来なら、家中で大事に育てられるはずが、どうにもその様子が伺えなくてね。外野の身ではあるが、できるだけ伝えておこうと思った」


 医者が教えてくれたことをまとめてみた。

 私と結婚したいと思う男が現れる。

 私を殺そうとする妖怪もでてくる。


 確かに面倒だ。自分がそんな立場になるなんて。


 医者が出て行くと入れ替わるように男の人が入ってくる。まだ横になっている私の前に座ると頭を下げた。


「お加減はいかがですか?」


「まだ気だるい」


 私が正直に言うと、男は怒ることも笑うこともせずに言った。


「それでは本日はこのままお休み下さい。それから明日よりお所を変えるように、仕事もなされずともよいと、ご当主様より申し付かっております」


「わかった」


 仕事をしなくていいか、今までなら不安になっていたに違いない。でも今は何故か楽観的に構えていられるな。


「代わりに、当家に相応しい教育を受けていただくとのことです」


 男がこれから先のことを私に言うと、来たときと同じように頭を下げて部屋から出て行った。医者がいなければ、父が私のために思ってしてくれたのかと思ったかもしれないな。


 私は名前も知らないあの医者に内心で感謝した。


 それでも、あの父の怒りようを思いだせば、そんな考えもすぐに消えてしまっただろうけど。それぐらい私は父の言う言葉を信じることができなくなっていたのだった。


 言われていた通り、次の日から、私の生活は変わってしまった。


 物置から住む部屋が変わって使用人が掃除してくれるようになった。食べるものも、お皿が増えてお盆にのせられている、着物だって綺麗な着物が用意されていた。


 周りの使用人の人たちも悪口はもちろん、暴力を振るうこともない。だけれど何だか心がすっきりしない。皆は本当に私のことを好きでやってるわけじゃないと思うし。

 

 父に言われたからやってるだけなんだろう。


 次の日には言われていた教育が始まった。学校に行くのではなく、部屋まで先生が来てくれる。お稽古事や礼儀作法、色々な階級との話し方や教養。


 それと妖の知識、戦ってきた歴史についてだ。教育を受けるようになってから、以前の使用人以下の扱いに比べて、屋敷内で歩ける範囲が格段に増えるようになった。


 そんなある日のこと、私は以前一度だけ顔を見た少女と出会う。私の白い髪とはまるで似つかない黒髪。年頃は同じで顔立ちが少しだけ似ている。


 それも当たり前のことなのかもしれない。

 私たちには片方だけ同じ血が流れているのだから。


 あの時、父の膝に抱かれ、母親もいる女の子。私が欲しいものを全部持っている女の子。


 とてもまぶしいものを覚えたけど、女の子が悪いわけではない。私は彼女の横を通り過ぎようとして、


「にせもの」


 聞こえなかったことにはできない小さな悪意を向けられる。羨ましいという感情を抑えようとしたところに私はおもわず食って掛かってしまう。


「偽者ってなに?」


「にせもの、私のお父さんを盗らないで」


 女の子が嫌いな相手を見る目で言ってくるのを見て、私はめまいを起こしそうになる。私は何も持っていないのに、お前は全部持っているのにと。


 叶えの阿子である自分に対する扱いも良かれと思っているわけではない。それが分からない、わかろうともしない女の子を私は一瞬の間、憎く思った。


「盗ろうとなんてしていない、決め付けないで」


「うそつき!」


 女の子が勢いよく近づくと私の頬を張る。一瞬、何をされたのか分からなかったけど、頬が痛みだしたのが分かった。


 私は思わず、無言で相手の頬を張り返していた。


「あうっ!」


 私が張り返すと相手が痛みにひるんだ。でもすぐに張り返してくる。


 パン、バシンと平手打ちの応酬になり、最後にはつかみ合いとなった。喧嘩が止まったのは、声を聞いて駆けつけてきた大人たちが私たちを引きはがしたからだ。


 私は喧嘩の最中に、女の子が妹であり、名前が美緒みおであることを知る。そして、私が部屋に戻るまで誰からも怒られることはなかったのであった。

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