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最終話

 それぞれの思惑が絡み合うなかで、真っ先に動こうとした者は誰だったのか。それは斎木家を追い出されていた香耶だ。現在、彼女の身柄は花鳳院家預かりの身となっていた。


 何があったのか。


 妹の美緒が家人たちを引き連れて出て行くように通告してきたのだ。


「もうこの家にお姉様の居場所はないの」


 その言葉を尻目に、家人らが香耶の腕や肩に掴み掛かる。その瞬間だ、無理に連れて行こうとした二人が部屋内の床へとくず折れた。造作もなく香耶が彼らの顎や頬を強かに打った為である。


「…………」


 そうして、無言で身内である闖入者に一歩迫った。途端、力の差をはっきりさせられたのを見て、集団に怯えの色が走り後ずさる。互いに顔を見合わせている彼らが何を考えているのかは明白であった。

率いている美緒ですら、虚勢を隠しきれていないのだから。


 そんな彼、彼女らの様子を見て香耶の足が止まる。


(それをしてどうなるというのか、取り押さえようとする家の者らは他人。私のわがままで彼らを蹴散らしてどうなるというのだろうか?)


 そう思った瞬間に香耶の中から抵抗する気持ちが消えうせ、


「出て行く。速やかに相応しい用意をさせろ。私の気が変わらないうちにな」


 いい加減、何度も失望させられるのには飽いたとばかりに香耶が言いつけた。


 慌しく送り出される直前、立ち会う美緒が笑みを浮かべて香耶に言う。


「お姉様、お元気で。またすぐ会うことになるでしょうけど」


 半分、聞き流しながら香耶は父親である久高がいないことを残念に思う。


(最後に一度食らわせてやればよかったな) 


 呼び寄せられた車に乗って、香耶は忌まわしくも長年過ごした屋敷を後にした。



 その後は、伽藍と会うこともなく用意された部屋に通される。そのまま室内に用意されていたソファーに背中を預け、目をつむった。


「よし、出て行くか」


 とうとう行き場が無くなってしまった為、彼女は最後の手段を採ることにした。それは危険を承知で、穂乃木に頼ることも諦め、家を捨てること。


(行き場のない子供が世話になる異郷の教えの園に行くとするか)


 完全に安全な場所ではない、当座の身を隠す場所としての選択である。お金も簡単に身に着けさせられた装飾品を質屋に入れれば間に合うだろうと、彼女は考えた。


(だが、その前に……)


 余計な欲を見せて、思惑を壊してくれた伽藍を打ち据える。そう考えて、香耶が書斎へと向かう。


 向かっている最中に気付いた。どこか騒がしい。玄関の方で押し問答が聞こえる。


 たどり着いた先で彼女がみたものは…………。





 旬は数人の手練れを引き連れて、花鳳院の門を叩いていた。先触れのない夜間の訪れ、おまけに伽藍に会う気がないのはわかっている為、門人らは難色を示す。


「そのように無理を仰られましてもお通しすることはできません。第一、無礼ではありませぬか!」


「無礼とは人聞きの悪い。私は妻を迎えに来たのだ。夫に妻を会わせぬ道理がどこにあるのか」


 そう旬が問い返せば、彼らは泡食ったような表情を見せる。それもそのはず、彼らに会わせろと息巻く招かれざる客人は自分たちの主人と結婚するはずの香耶を妻だと言ったのだから。


 旬の発言を聞き逃すことなどできないと門人が食って掛かる。


「冗談にしても度が過ぎますぞ! そも当家の主人と香耶殿は望んで結婚される身である!」


 その言葉を受けて旬たち一行が笑う。


「望んで? それはおかしいな。ではこれはどういうことか説明してもらえるかな?」


 旬が取り出した書類を門人に突きつける。それは、穂乃木家の世帯主や属する人間が書かれた公的書類であった。


 そのまま旬は指を世帯主が記載された部分から下に滑らせていく。止まった先には記されていた名は、穂乃木、香耶。


 それを見て門人が目を見開かせる。そこにあるのは仕える主人と結ばれるはずの娘の名であったから。


「不都合などないことを理解してくれたかな?」


 ようやく自分の手に負える事態ではないと理解した門人が言った。


「お、お待ちを、上の者に伝えてまいりますので!」


 押しとどめようとしていた門人が折れて屋敷内へと駆け出していく。旬が堂々と門をくぐったのはそれから数分後のことであった。


 代わりの者が現れて、いくつかの確認、いくつかの問答を経る。無事、通報されることなく屋敷内へと旬たちは上がりこむ。そして、通された、いや、上がりこんだのは応接間であった。


 そのままソファーに座った旬だが、内心では安堵の息を吐いていた。何故なら、この状況で彼が一番されたくないことが対話の拒否であったからだ。


 彼の目論見を崩すとすれば、知らぬ存ぜぬと言い張りながら、事を進めてしまう一点に限ったのではないか。たとえば伽藍が香耶に対してしたように。


 香耶が応接間へやってきたのはその時だ。普通なら、屋敷内で働く誰かしらに呼び止められていたであろう。だが、旬が乗り込んできたがために二人は出会えた。


 お互いの姿を見て、二人が止まる。声はない。けれど、確かに二人は見つめ合っている。


 ややあって、


「どうしてここに?」


 そう問いかけて、香耶は直前まで抱いていた意思が思わず崩れそうになるのがわかった。自分を助けに来てくれたのでは、そう都合よく考えそうになる思いが顔に出そうになる。けれど、それはやってはいけないことと判断して口を閉ざす。  


「迎えに来た。一緒に帰ろう」


 旬が言葉短く、けれど優しく手を差し伸べる。そこにはなんら衒い(てら)も蟠り(わだかま)もない。


 ざわつく周囲を他所に、香耶がおずおずと応えようとして、


「私の居ぬ間に勝手をされては困るな」


 屋敷の主でありながらも、この場では闖入者。不機嫌を隠さぬ言いようで伽藍が姿を現した。


「それとも主人に断りなく盗人のようにこそこそ動き回るのがそちらの流儀かな?」


「妻を迎えにいくのに許可が必要と? 雅な御方の教養は理解しかねる」


 伽藍の言いように応じながら。旬が持っていた書類を差し出す。それを一瞥して、伽藍は持っていたものを放り投げる。


「知らんな。こちらは娘を差し出され受け取った。斎木と穂乃木の事情などこちらには関係なき事。

 文句があるなら斎木に言え」


 不備の責任はこちらにはないと伽藍が放言してのける。その上で香耶を渡さないとも。余りの言いように旬は内心で腸が煮えくりかえるのがわかった。しかし、彼は感情を出すわけにはいかない。激高したことを理由に席を蹴られては元も子もないからだ。


 ゆえに表面上は落ち着きながら旬が言葉を選ぶ。


「何と言われようが日にちや書類には不備が見受けられない。俺は彼女を連れて帰る。貴方の許可など不要だ」


 そう旬が切り返すと伽藍は無言のままに辺りを見回す。敵となりうるのは四名、連れているのは恐らく手練れということが彼にもわかった。荒事になれば香耶も動くだろう。力で押し切るのは難しいと判断して彼は態度をわずかに和らげる。


「ならば、もう少し話をするか。掛けるがいい」


 軽く促すと、旬が動く前に伽藍はさっさとソファーに腰を下ろした。


「では当人に聞こうではないか。この書類は承知のことなのかと」


 伽藍が言葉を発すると、周囲の視線が香耶に向かう。それぞれ疑いや非難、あるいは見守るような視線が向けられる。


 香耶には何も知らされずに行われた企み。当然、承知であるはずがなく、もし彼女が返答を淀みなく言えなければ、そこから綻びが生じるに違いなかった。


 だが香耶は旬を信じていた。詳細がわからずとも彼がそうするからには理由があるのだと。ゆえに香耶は間髪いれずに答えることができた。


「もちろん、承知している」


「ではお前は私を騙したことになるな。夫を持つ身でありながら貞淑さを偽ったことになる」


 今度は伽藍の矛先を香耶が受ける番であった。けれど香耶は慌てない。旬の企んだ内容に気が付きつつあったから。


「私は言ったはずだ。結婚はできないと。それなのにここへ無理に押し留めたのはお前だろう」


「だがお前は自分の足でここに来たな? どのような感情の発露か知らぬか内諾と受け取られても仕方あるまい」


「違うな。実家を追い出された娘が無理に連れてこられたのだ。現に先ほど差し出されたと言ったな?」


 差し出されたという言葉に当人の意思は介さない。

 香耶が微妙な言葉の差異を突くと伽藍が鼻白む。


「ではもうひとつだ。理由を話さなかったのはなぜか? お前が素直に話していれば私とて引き際を弁えただろう」


 伽藍は己の言が真実であるかどうかを置いて、違う方向へと転換させる。それは理由を話していれば解放した、正直に話さなかったお前が悪いというものだ。


 伽藍の言葉に香耶が切り返す。


「真実味に欠ける心無い言いようだ。話したとて皇族に連なる御身がその気になれば引き裂けた。知っていても知らなくともな。私は相手を守る為に口をつぐんだだけだ」


 伽藍にその気がなかったと仮定しても世間はどう見るか? 彼は二人の弁による守りを突き崩すことができず、概ね、大勢は二人の側に傾きつつある。


 この時点で彼が取れる道はいくつかあるだろう。

 このまま強硬に押し切ろうとするか。

 責任を他所に移し、損切りを図るか。


 彼自身の心情として、目の前の二人にやり込められるのは面白くない。しかし、今のままでは勝ち目が薄いのも確かだ。

 

 もし荒事になり、香耶を連れ戻されたとする。当然、話は大きくなる。すると女を取り合った醜聞が世に広まるだろう。あるいは伽藍が女を奪おうとしたという話を広められるのか。


 そうして世間の批判が巻き起これば、待っているのは上と横からの口出しだ。伽藍にしても、世上で最も尊き存在にあらず、上に圧倒的な皇室があり、横には同格がいる。皇籍の剥奪はないにせよ、騒ぎの責を問われる可能性は否定できない。


 伽藍は考えを転換させることを余儀なくされつつあった。


 しかし、事はすでに結婚への内諾を進めている状態である。もし、話が立ち消えになれば、話をまとめられなかったこと、あるいは嫁に逃げられたのかと伽藍の面子にかかわる問題となってくるだろう。


 ゆえに、彼が諦めるというのであれば、香耶との婚姻を諦めた上で、自家の名誉と利益を確保する必要があった。


 伽藍は二人を睨み付けたまま黙って考え、考え続ける。利益と危険とを天秤に載せて、どちらが良いかを。


 しかし、その時はすぐに訪れ一方へと傾いた。


「上手く出し抜いてくれたものだ。実に忌々しいとも言うべきだが」


 賞賛と腹立ちが入り混じった敗北宣言とともに。


「その娘のことは諦めよう。ただし条件がある」


「それは?」


 旬が口を開いて伽藍の答えを待つ。


「大したことではない。斎木の不手際を追及するための証人となれ、その者の代わりに妹を娶ることにする」


 結婚は予定通りに行いながら、伽藍は斎木の不備を突いて金を落とさせるのだろう。当然、こちらの場合も幸せな結婚とはなり得ない。それを察した香耶が顔をしかめて言う。


「それは大した変節漢だな。すぐに代わりを見つけるとは」


 けれど、伽藍は平然としながら、


「何故、不満を見せるのだ。お前はあの家で不遇をかこっていたのであろう? それともなにか。妹を身代わりにすることに良心が疼いたのか? であれば話を戻しても構わないが」


 伽藍にそのつもりはなかったが、香耶には相手が捨て身の反撃に出たように感じられた。だがこのまま話を続けても当人がいない以上、どうしてもこの場では決着しない。


 ひとまず自分のみを安穏とするか、それとも翌日以降に話を持ち越すか。しかし、後者を選べば、話をまぜっ返される危険性があった。


「わかった、そちらの話をお受けする」


 新たに言葉を発したのは旬だ。彼に斎木の家を案ずる理由はない。強いて言えば、香耶の実家であるということぐらいだが、それも香耶の身が最優先である以上、断る理由はなかった。


「なにをっ」


「これまでだ。これ以上は引き出せない」


 まだ言いたげな香耶を旬が抑える。


「では話は終わりだな。もう夜も遅い。二人とも気をつけて帰るのだな」


 旬がはっきり、香耶はあいまいに頷いた。そのまま屋敷を立ち去ろうとして、背中に声が投げかけられる。


「ああ、それから、その男で満足できなければ、いつでもここへ来るがいい。歓迎しよう」


 下世話な言い様に香耶が言い返す。


「そんな事はありえない」


 それ以上のやり取りがされることなく、香耶たちは屋敷を後にしたのであった。


 車を走らせる最中、それまで無言だった香耶が言う。


「すまない」


 何に対しての謝罪だったのか、誰への謝罪だったのか。


「構わない」


 旬が応じたが、香耶のつぶやく様な謝罪が繰り返される。


「すまない……」


 その様子を見て、旬が思う。


(勝てたのは半分、いや勝てただけでも僥倖か)


 ガス燈と月明かりの夜道を車が駆け抜けていった。


 


 昨日とは逆になったように、今度は斎木久高が花鳳院家へと呼びつけられ、彼には叱責と誅罰とが待っていた。


「貴様、大変なことを仕出かしたものだな」


「はっ?」


 昨夜あったことなど久高には知る由もなく、伽藍の言葉にただただ困惑するばかりであった。 


「香耶、あの娘はすでに結んでおったわ。貴様、知っていたのか?」


 話を聞くなり、久高は顔を青ざめさせながら答えた。


「何かの間違いでございます! 私どもでも確かに戸籍が清いことを確認してっ!」


 伽藍はだろうなと内心で詰めの甘さをせせら笑う。


「言い訳はよい、ようも貴様、この身に札付きを掴ませてくれたな」


「め、滅相もございません。私に無礼を働くつもりは毛頭……」


 慌てふためきながら謝罪を繰り返す久高に伽藍が言い聞かせる。


「もう後のことは決まっている。貴様の娘、美緒だったか。その者を差し出せ」


「はっ、しかし、恐れながらっそればかりはご容赦を」


「どうした? すでに一度差し出したのだ。もう一人差し出すことに何の不都合があるのか」


 笑みを浮かべ、伽藍は娘を差し出した仕打ちを詰っていく。


「しかし、私には娘は美緒一人でございまして……」


「知っておる。私には息子が五人おるゆえ、一人をつかわそう」


 伽藍の意図を悟った久高はソファーから身を投げ出し、何度も床に頭を打ち付けて許しを請うた。


 目の前の高貴な男は美緒と幸せな結婚をするつもりはない。大事な娘を飼い殺しにしつつ、息子の一人に斎木を継がせる。つまり、体のいい吸収合併をするつもりなのだと。


 久高の必死な願いにも、伽藍は眉一つ動かさない。ただ詰まらなさそうに繰り返される謝罪を眺めてから、


「さあ、斎木殿、帰ってご息女に伝えられるがよい。この伽藍、美緒殿に添う日を心待ちにしておりますぞ」


 心無い笑みを浮かべて言ったのであった。



 久高自身、花鳳院家からどう帰ったのか定かではなかった。母屋に入ったときには、すでに足元がふらつく有り様である。使用人たちの気遣う声も耳に入らぬどころか、うるさいと怒鳴り返す始末。


 そのまま自室に引きこもるとうわ言のように呟きを繰り返した。


「終わりだ……斎木はもう終わり、長の歴史を持つ我が家は……」


 ぶつぶつと呟きながら、まだ残っている理性で抗う方法を模索する。司法に訴える、情に訴える。他家の協力を得てさらに上へと訴える。どの方法も成功する望みを見出せなかった。なにしろ、伽藍に首根っこを押さえられてしまっているから。


「お父様、いかがされましたの?」


 その時、使用人らから様子を聞いたのであろう美緒が部屋の外から呼びかける。


 大事な娘の声を聞いて、久高の胸にやるせないものが去来した。娘を守ってやれない不甲斐無さ、状況を打破する知恵を出せない愚かさ、それらがどうしようもなく自分を責め立てるのだ。


 しかし、言わねばならない。まだ何も知らないでいる美緒にこれからのことを伝えねばならない。


「実はな、美緒…………」


 久高が口を開いて内容を伝える。何らかの手段で香耶が伽藍との結婚を逃れたこと、代わりに美緒との結婚を望まれていること。


「うそ…………」


 父親からの話に美緒は天地が引っくり返るほどの衝撃を受ける。逃れようのない運命に追いやったのに、あざ笑って見送ったはずが自分にそっくりそのまま返ってきたのだから。


「ねえ、嘘でしょ? 私を驚かせるための嘘……」


「本当だ。何度も断ろうとしたが聞く耳を持たれなかった」


 美緒は父親の言葉を受け入れることができなかった。父親が伽藍の面目を潰したことなど自分には関係ない。どうして私が代わりに咎を受けなければならないのだと。


「嫌よ! どうして私があんな五十男と結婚なんて!」


 狂乱にも等しい娘の姿を見て、久高は顔を歪ませる。この話を断れば、恐らく伽藍からの圧で斎木は潰されるだろう。できるとすればあの恐ろしい男が万が一にも許す気になるのを待つだけ。


「頼む、美緒。堪えて伽藍殿の元へ」


 嫁いでくれという前に美緒が金切り声を上げて走り去る。久高はその背中を追うことができず、ただ離れていく背中を見ていることしかできない。


「何故こんなことに……」


 後悔の呟きが聞くものもなく消えていった。


 あてもなく走り続けた美緒はやがて思いついたように穂乃木の屋敷へと向かう。たどり着くや、香耶を出せと門人に掴みかかる。


 力づくで追い払うこともできず、押し問答を繰り返す。結局、旬を伴って香耶が応対に出ることとなった。


 香耶の姿を見て、美緒はまるで親の敵を見たがごとく半狂乱で言い募る。


「なんてことをしてくれたのよ! 撤回しなさい! あんたが代わりにいきなさいよ!」


「無理だ」


 香耶はそんな妹へにべもなく断る。すると美緒はますますいきり立つ。


「ふざけるな! 偽者のくせに! 私の幸せを壊してそんなに嬉しいの!?」


「自業自得だ」


「自分だけのうのうと幸せになろうなんて! あんたも穂乃木も断るのに協力しなさいよ! 名家なんだからそれぐらいできるわよね!?」


「もうどうにもできない」


 三度の拒絶を受けて美緒が腰が抜けたようにへたり込む。それでもなお、諦めきれずに美緒は上目遣いで香耶に懇願する。


「私たち……姉妹でしょう?」


「偽者のな」


 美緒は泣いた。子供のように激しく泣きじゃくった。けれど、先ほどまでいた二人は屋敷の中に戻ってしまい、残されたのは泣けば泣くほど惨めになる自分だけであった。



 



 香耶と旬が式を挙げたのは美緒が結婚してから数ヵ月後のことだ。その間に、久高は当主の地位を下ろされ、伽藍の息子の一人が当主代理の席に座った。伽藍と美緒の間に子が生まれれば斎木は斎木の血が継ぐことができるが。それは伽藍の意思次第だ。


 式において、一方は純白の和装に身を包み、もう一方は紋付袴に身を包む。古式ゆかしい神前での誓いだった。新婦の側に出席者はいなかったが、関係者は事情を飲み込めており、ただ二人の仲睦まじい様子を見守っている。


 華美ではない。けれど厳かに、粛々と進められる中で香耶がぽつりと漏らす。


「初めて出会ったとき、君とこうなるとは思わなかった」


「最初は契約婚という話だったか。嘘が真に変わったな」


 互いの馴れ初めを話す。だがそのことは親族にも話していない二人だけの秘密である。


「しかし、君という呼び方は他人行儀に聞こえるが」


「名前で呼べばいいのか、それとも旦那様がいい、か?」


「あなたでもいいな。愛されてる感がある」


 会話が聞こえたのか、宮司が二人をちらりと見る。


「睨まれてしまったぞ」


「続きは家に帰ってからか」


「そうだな、旦那様」


 ここに契約から始まった婚姻は実りを迎えたのであった。二人の道に陰はなければ憂いも後悔もない。これからも幸せに過ごすのであろう。

これにて完結です。お待たせして申し訳ないです。


物語を間口を広げようと、一人称で書いてみたり

ドアマット系ではなく言い返せるヒロインにしたり

してみたのですが全部裏目に出た気がします。

やはり、なろうを書くなら、なろうに寄せるべきだとひしひし思いました。

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