15話 呪福
「ふふ、うふふふっ」
私は気分よく反物を選別していた。最近はいつもこう。付き合いのある呉服屋の方を呼んで、買いたいものを買い、好きなように仕立てさせる。持て余すほど、着物が増えれば売ったり使用人らに下げ渡せばいい。
自分でも、どうしてこんなに機嫌が良いかは分かっているわ。だってお姉様の結婚が決まったから。そのおかげで花鳳院からの支援が約束された。お父様の財布の紐も緩くなって、だからこうして私は買い物を楽しめているの。
出会った時から、あの女が嫌いだった。ずっと嫌いだった。
他の名家の子息をたらし込み、最後まで足掻いていたみたいだけど、お父様が皇族との婚姻をまとめたのでお姉様の悪巧みは実らなかった。
思えば、お姉様とは十年以上もの付き合いになるわね。正直に言えば、初めて出会った時は恐れ、を抱いていたと思うの。だって、私とお姉様は血がつながってないのを教えてもらっていたから。
だからお父様を盗られてしまうのではないかと、とても怖かったわ。でも、それは杞憂だった。私とお母様はお父様に愛され、あの人は愛されなかった。
とても安心したわ。もう私たちは脅かされることはないのだと思ったのよ。
けどね、お姉様が叶えの阿子だなんて思いもよらなかった。だってそうでしょ? 皆に嫌われていじめられて然るべき人が望まれる存在になるなんておかしいじゃない。
それに、そうと分かってからの増長振りも気に食わなかったわ。私やお母様のみならず、お父様にまで食って掛かるあの不敬。何度も何度も言い合いになったわね。
だけど、私はそれ以外のことはお姉様に何もできなくなった。強いて言いうなら、少しだけ口出しをして身の程を弁えさせるぐらいかしら。腹が立つことにお姉さまは家で嫌われながらも護られる存在になってしまったから。気に食わない、とても気に食わなかったわ。
でも、私はその不遜を許してあげた。だって、お姉様が斎木をさらに栄えさせる贄になることは分かっていたもの。
「これを仕立ててもらえるかしら?」
私はいくつかの見本の中から、とびきり質の良さそうな着物に目を付ける。鮮やかな赤地に白糸や金糸で彩られた花柄はさぞ人目を引くだろう。
「この際、留袖を新調した方がいいかもしれないわね」
お姉様の結婚式にはたくさんお偉方がいらっしゃるわ。私も何方か素敵な殿方とご縁があるかもしれないのだから。それにひきかえ、五十近い男と結婚するお姉さまを思うと、自然と笑みがこぼれちゃうわね。
それにしても、と思う。
お母様は哀れな方。昔から勝気な面があって、私にお姉様だけには負けるなと厳しく育てられてきた。それはどこか気が強いという理由だけでは収まらない怯えのようなものがあったようにも思えるわ。
もし、私とお姉様が本当の、血のつながった姉妹だったら、どうなったのかしら
ほんのひと時、ありえない未来を夢想してみる。
きっとお母様はもっと穏やかで優しくいられたのかもしれない。
嫌いあうこともなく、仲の良い姉妹でいられたのかもしれない。
習い事や芸事を厳しく躾けられる事もなかったのかもしれない。
でも、言うまでもなく、それはありえない妄想。それに、お姉様がこの家に歪みをもたらしたのは間違いがないこと。だから、私はその一点だけでお姉さまを憎めるわ。
「お嬢様、こちらはいかがでしょう?」
経済的に余裕があると見てか、目の前で笑みを浮かべていた男性が別の反物を勧めてくる。白い着物だった。派手ではなく生地に寄り添うような紋様で、目立つ模様が無いながらも、どこか上品さを醸し出しているように思えた。
「艶やかなお嬢様にはこちらの装いも御似合いになられるかと」
事実を述べているのか、追従で言っているのか。どちらでも構わなかった。何故なら、
「それはいらないわ」
思わず語気が冷たくなったのが自分でも分かった。
「さ、左様でございますか」
私と目の前の男性は互いに取り繕うような笑みを浮かべた。
悪いことしちゃったかしら。でもね、本当に白は嫌いでいらないの。だってそれはあの女の色だから。
「それではご用件承りました。今後ともお引き立てを賜りますようお願い申し上げます」
私はいくつ仕立てを頼むと呉服屋の男はしらけた場の空気を読んでか、長居することなく我が家を後にしていった。
帰っていく姿を見て思った。お姉様はいつまでこの家に居座る気なのかと。もう結婚まで秒読みなのだから、この家を出て行ってもらってもいいはずだ。
そうね、それが正しいことだわ。顔を見たら一度言っておこう。もう、この家にお姉さまの居場所はないのだから、早々にあちらへお世話になるべきだと。
でもお姉さま、そう伝えられても怒らないでくださいましね。だって私は心より伽藍様との結婚を祝福しているのですから。
更新が遅くて申し訳ないです。
つ、次で最終話にしようかと……