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14話 水面下

 傍付がはじめに提案したのは叔父や叔母の排除であった。基本的に名家では、直系以外の分家筋は傘下企業の重役や代表に就いて本家を支えることになる。だが俺の父親が早世したことで、統制が失われ成り代わろうとする親戚が出てきた。


 そんな彼らの力を削ぐべく醜聞を掘り起こし、あるいは火付けをして遠くへと追いやってしまうのだという。初めこそ思っていた方向と違っていたので、やりすぎではないかと傍付に問えば、穂之木家に仇をなすことこそ、許しがたいことですと返ってきた。


 幸いというのか、叔父や叔母には傷があった。俺を廃するからには自分やその子らを後釜に据えるつもりが、それだけではなかった。他家からの肝いりを目論んでいたのだ。


 俺を追い出し、自らの子に他の名家からの娘をあてがう、という企みを。


 実行されていたならば、親族衆の大多数からの突き上げを受けて俺は当主候補から脱落。従兄弟殿が他所からの後ろ盾を得て、当主となっていたわけだ。ただ他家の介入を受けるということは、それだけ穂之木は影響力を損ないかねない。俺のみならず、家に仕える者たちにとっては悪影響が出るだろう。


 すぐに俺は緊急的に親族の中で主だった者だけを集め、彼らの前で集めた証拠をぶちまけてやった。それを見せられた二人の声はいまでも耳朶に残っている。


「ふざけるな!! こんなものでっち上げに決まっている! 皆もそう思うだろう!?」


「お願いよ、許して頂戴! ほんの出来心だったの! これからは心を入れ替えるわ!」


 会合の場では俺の若さをあげつらい、自分こそが正しいのだとのたまう叔父。

 対照的に、全てを認めて、俺の慈悲にすがろうと許しを請う為に涙を流す叔母。


 しかし、親族衆は白けたような目を二人に向けるだけだった。いや、むしろ、彼らが終わったことを内心では喜んでいたのではないか。何故なら、二人がいなくなれば自分の子や孫に就かせる席が増えるかもしれないからだ。


「お前らの言い訳も弁解も聞くつもりはない。今更騒いだ所でどうにもならない。ただただ黙って決定を受け入れろ」


 俺の決定に反対の声も無く、場所を弁えずに夫婦喧嘩まで始めだした二人はあっけなく降格および左遷が決まった。彼らは帝都から追い払われ、地方にある小さな関連会社へと出向となることが決まった。さすがに平社員にするわけにもいかず、周囲の目をはばかって名ばかりの役職待遇になったが。


 俺は無事、叔父や叔母を追いやることに成功したと言ってもいいだろう。そのおかげで俺は当主の座に座ることができたのだから。しかしだ。他家からの介入を受け入れようとしていなければ、当主候補の資格を剥奪などの、もっと軽い処分のみにすることができたのにな。


 実際に事が終われば、叔父夫婦は一家まとめて放逐の憂き目にあうことになった。親のみならず、従兄弟達まで巻き込んでしまったことを残念に思う気持ちが浮かんだ。


 思い返しながら、わずかな時間をぼうっと休息に当てていると、ドアを叩く音がする。少し間が空いてから入ってきたのは傍付だった。


 彼は挨拶もそこそこに俺の心境を尋ねてくる。まるで怖気付いていないか、当主として相応しいかを確かめるように。


「後悔されておられますかな?」


「……いや、必要なことだ。しかし、よく証拠を掴めていたな」


「前々から用意していたものもありますが香耶様のおかげでもあります」


「香耶の?」


 聞けば、小さな証拠は掴んでいたものの決定打とならないものばかりで、彼らが大きな隙を見せたのは、俺が叶えの阿子である香耶を連れ帰ったからだという。先行きを危ぶんだがために、危険を承知で動いてしまったのかもしれないな。


「そうか、香耶のおかげか……」

 

 別れを告げられてから時間が経っているというのに、未だ彼女のことを考えると物悲しさを覚えた。とはいえ、そうしてばかりもいられない。むしろ問題はここから先と言ってもいい。


「花鳳院の告知した日取りに変更はあるか?」


「今のところ変更はないようですな」


 式を挙げられる前にこちらの立場を固めるという第一段階は上手く事を運べた。二段階目はこちらが動く時機が重要になる。早すぎても遅すぎてもだめなのだ。


 できることなら、今すぐ動いてしまいたい。一日たりとも斎木に、花鳳院に、香耶の身柄をおいておきたくなかった。だが、皇族とやり合うには条件と手順が必要になる。


 まずは皇族側に非がある形を世間にはっきりと示さなければならない。彼らは名家を蔑ろにできても、民草の声を蔑ろにすることはできないからだ。それを疎かにすると、彼らは存在意義や有り様を追及されることになる。


 だからあの花鳳院の御当主殿には女狂いの御乱行ではなく、権威を乱用して人妻を力尽くで奪おうとしている、という体で知らしめる。前者に眉をひそめる者がいても、後者を許す者などいないからだ。


「斎木の方に動きはあったか?」


「こちらも目立った動きはありませんな。強いて言えば、何やら派手に買いあさっているようで、舐められておりますな」


「近いうちに思い知るさ。対抗する動きがないならそのまま注視してくれ」


 香耶と花鳳院の結婚は揺るがないと、勝ったと思っているのか、考えなしなのか。しかし、彼らの思惑に反して、こちらの反攻が実ったならば、斎木と花鳳院とで仲間割れなり蜥蜴の尻尾切りをすることになるはずだ。正直、どうなるか正確な予想がはできない。もしかすると俺は香耶の生家をこの手で潰してしまうのかもしれない。


 そうなれば香耶は俺を恨むのだろうか、実家を失ったことを悲しむのだろうか。判っているのはどちらであっても、俺にできるのはありのままの彼女を受け入れるのみだろうな。

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