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13話 対面

 私は斉木家を出て一人歩いていた。向かう先は花凰院の屋敷である。


 時折すれちがう二頭立ての馬車には10人近く乗れる余地があるが、昼間ということもあってか乗っているのは数人だ。本当は馬車を利用したかったが金がない。


 お小遣いとしてせびってみたが表立って刃向かった私にそんなものはなかった。というわけで結構な距離を歩く羽目になっている。


 花凰院というか、皇族が住まうのは、平民はもちろん名家の居住区とは隔絶された区域だ。誰が通行したか、何の用でを何処に向かうかを官憲により逐一記録される。たとえ馬車を使ったとしても、乗り入れることはできないので、近場で降りたら後は徒歩だ。


 私は結婚を申し込まれた件でと目の前の官憲をやり過ごす。男は私が一人だけなのを見て、訝しげな目を向けてくるが、嘘をついていない以上通すしかないだろう。


「ご協力ありがとうございます。お気をつけて」


 そんな定型句に頭を下げてから進む。


 ほどなくして、目的地は見つかった。何しろ大きい。敷地からして倍ほどもあるのではないかと思わされる。


 当然、屋敷に入るまでの距離も誰何の数も多かった。


 庭園には和洋折衷というのか見たことのない飾りや置物、恐らくは海外から持ってきたらしく

色々とごってりしている。


 人が住まう家屋とは別に、国内外の要人を迎えたりする際に使用される建屋があると聞いたことがあるのでそれのせいかもしれない。あるいはご当主殿の趣味か。


 中でつかまえた人間に用事を伝えれば、すぐに中へと通してくれた。


「ただいま主人に伝えておりますので、それまでこちらでお寛ぎください」


 そのまま案内された部屋にあったソファーというものに腰を落ち着けると柔らかくて張りのある弾力が背中に伝わってくる。


 いいな、これ。


 座り心地を楽しんでいられたのも短い間、すぐに私はじれったさを覚えた。何しろ、待てども待てども噂のご当主殿がやってこないのだ。


 待ちかねて、出された飲み物にも口をつけず、部屋にいた使用人に尋ねると、


「急なご来訪でございましたので、事前にお話を頂ければ……」


 と、遠まわしに嫌味な正論を言われる始末。


 まあ、言われるのは仕方がないな。それについては譲っておこう。他のことで譲るつもりはないけれど。


 それから待つこと三十分余り。ようやくご当主殿、伽藍がやってきた。時間については柱時計で確認していたから間違いない。


「ようこそ。叶えの阿子殿。一刻も早く私に会いたかったのかな? それで、用件は?」


 私の目の前で、自信たっぷりに座った伽藍の顔を見る。歳を取っているが顔立ちは整っている。涼しげと言ってもよいだろう。若いときはさぞ浮名を流したに違いない。


 歴史を紐解けば、年齢差のある政略婚はいくつも記録されているが、そういった類の話に出てくる男たちもこういった顔をしているのかもしれないな。


「この結婚に不承知でね。直接お断りするべく訪ねさせて頂いた」


 私は言うなり、目の前に用意されていた二つのカップのうち、手を付けていなかった自分の古い方が、差し替えられているにもかかわらず、相手側にあった物をつかみ取り、くっと一息に飲み干した。


 別に時間が経ったものを飲むのが嫌だった訳ではない。


 この行動で示したかった意は二つ。

 時間が経過した古いものに口をつけない。

 露悪的に振舞うことで躾の悪さを見せる。


 どちらの意味で取ってくれても良かった。むしろ、これで怒らない方が都合が悪い。


「私は良い話をもらったと思っている。お前が不本意だろうが受け入れない理由はないな」


「つまり、私の気持ちは完全に無視されると?」


「名家連中の間ではこんな話はありふれているだろう。言ってみろ、何が気に食わない?」


 伽藍に言われて少し考える。さて、どう答えるか。

 言われるがままに嫁ぐのは嫌だ。

 すでに想う人がいるから。

 利用価値を見出しているだけだから。


 どれも理由として弱いように思えるな。それなら……


「お前が気に食わない」


 私が思う所を言えば、控えていた使用人はぎょっとした顔を見せた。だが、伽藍は顔色を変えぬまま、私の方にあるカップへ手を伸ばし、同じように一息に飲み干して言う。


「残念だな。私はお前との結婚を大いに楽しみにしているのだが。何しろ数十年、数百年に一度あるかないかだ。どのようにその細い体を組み敷くか考えるだけで……そそられる」


 半ば、恍惚したように言ってのける伽藍の言葉で場が瞬時に沈黙した。代わりにカップに茶を注ぐ音だけが響いている。


 本性を露わにしたような伽藍の言葉に、食い下がるように私が言う。 


「できるかな?」


「できないとでも?」


しばし沈黙が続く。


「やれやれ、気の強い娘だ。結婚を受け入れるならお前の望みを叶えてやるが?」


 伽藍は剛がだめならば柔とでも言うように当たり方を変えてくる。


「言ったはずだ。気に食わないと」


 しかし、すでに私は答えを伝え、それを変えることはない。


「……わからんな。お前の実家が泣く泣く娘を手放したとでも思っているのか? だが奴らはお前を喜んで私に売ったのだぞ?それも私に媚びへつらいながらな」


 もうお前の帰る場所はないのだと傷をえぐるような言い方だった。もっとも、それに傷つくような心は持ち合わせていないのだけれど。何せ、そんなものはとうの昔に諦めきっている。


 だから、伽藍の言葉に私は動揺しなかった。


「結婚を受け入れる理由にならないな」


 私は何度も伝えた言葉を繰り返し伝える。そう言ってから伽藍はしばし口を閉ざしてから、


「さて、聞くだけのことは聞いた。今日はこれで帰るがいい。私も意固地にかかわずらうほど暇ではないのでな」


「返事を聞いていないが?」


 すっくと立ち上がった伽藍に私は逃がすまいと言葉を投げつける。しかし、伽藍はもう私の言葉に耳を貸さなかった。篭絡を諦めたわけでも破談を受け入れたわけでもない。私の心が折れるのを待ち受けることにする、そんな印象を覚えた。


「逃げるのか!」


 私が伽藍を追いかけようとした矢先、給仕をしていた使用人たちが立ちふさがる。


「お引取りを」


 蹴散らすのはたやすいが関係のない相手を傷つけるのは望むところではない。私が足を止めたのと伽藍の姿が見えなくなったのはほとんど同時であった。


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