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11話 契約が本物になった日

 香耶とのデートを終えてから、俺は力なく屋敷へと戻った。俺の帰宅を見て、出迎えた使用人たちから香耶はどうしたのかと尋ねられる。


 俺は彼女のこちらを気遣うような笑みをこぼした顔を思い浮かべる。恐らくは、実家に戻って、式が執り行われる前に相手との対談に臨むのだろう。俺が知っている香耶ならそうする。


 しかし、解っていても、俺が言うことができたのは一言だけ、


「今日は戻らない」


 使用人たちに言えたのはそれだけだった。


 自室に戻った俺は椅子に背を預け、天井を仰ぎ見た。


 最初の楽しかった時間はどこへ行ったのやら、今では思い返すのは自分の無力さばかり。あの時、彼女にどう返せばよかったのか分からないでいる。


 花鳳院が割り込んだことへの対策は二つあっただろう。


 一つは強行策といえる。相手の意向を無視して、俺と香耶で式を挙げてしまうというものだ。

 普通であれば、花鳳院は男がいる女性を紹介したのかと斎木へ怒りを向けるだろう。だが、それはあくまで常でのことだ。


 もし両者が最初から結託していた場合、むしろ、そうでない理由は伺えないが花鳳院はこちらを槍玉に挙げるだろう。


 穂之木が皇族に嫁ぐべき娘を奪ったと。


 何しろ、こちらは式を挙げていないのだ。今となってはその時間もないがな。たとえ、香耶本人がそうではないと証言したとて、その言葉に耳を貸すものがいるかは別である。斎木家としても、花鳳院に嫁がせた方が利益は大きいはずだ。


 もう一つは穏便に話し合うというものだが、むざむざと手に入る利益を手放すものなどいやしない。

当然、斎木は認めず花鳳院も同様だろう。


 そうして香耶を奪い、穂之木を踏みつけにする。面目を傷つけられ、俺は分家にでも放逐されるか。


 俺が取れる手段はどちらも悪手といえた。そして、他に代案を思いつかなかった結果が香耶の自己犠牲だ。


 情けなさが身に沁みる。余りにも情けない。そうではないか。当初は偉そうに彼女の後ろ盾となると言っていた自分が皇室に近い家柄がお出ましになった途端、女に守ってもらっているのだ。


 己の不甲斐なさに拳を握り締める。しかし、振り下ろす先が見つからない。


 無力さを噛みしめているととドアを叩く音がする。呼びかけに応えるのも億劫に感じた。


 入ってきたのは傍付きだ。柔和な表情を浮かべながら、こちらに話しかけてくる。


「お体が思わしくないようですな」


「ああ」


「何ぞ、お客人と喧嘩でも致しましたかな?」


「そんなことはない」


 気持ちが顔にでていたのだろうか。傍付きはこちらを伺うような表情で話しかけてくる。だが本当に喧嘩などしていない。気持ちが沈んでいるのは俺が彼女に応えられなかったからだ。


 俺の様子を見かねでもしたのか、傍付きが続ける。


「若さは武器になりますが、とかく向こう見ずになりがちでしてな。いかがでしょう? お心に掛かることあらば、私に話してみては?」


 別に話してはばかりがあるわけではない。俺は斎木家で立ち回った事、そうしたやり方の結果として

皇族がでてきたことを伝えた。


「なるほど、公私のどちらを取るかでお悩みなのですな。難しい問題です。それでどちらか選ばれたのですか?」


「いや、選べていない。香耶には公を選ぶべきだと言われたがな」


「正しい判断ですな」


 やはり、家の者はそう言うのか。当主の責任、個人の感情。比べるまでもなく重いのは前者だ。当然だ。当主の判断一つで、家が傾き、あるいは栄えるのだから。だが、だからこそ、公に徹した時、香耶を助けたいという俺の気持ちのやり場がない。


「ですが、若様のご意見も間違っているとは思いません。ここは善後策を講じてみては? 何しろ若様はお若い。何ぞ見落としがあるやもしれませぬ」


「お前に何が! ……いや、すまない。案があるなら聞かせてくれ」


 揶揄されたように感じて、思わず激高しかけてしまう。彼の言う通りだ。香耶のことを思うならば、今は感情に身をゆだねず、最後まで抗うべきなのだ。


「お答えする前にお尋ねします。若様は香耶様を好いておられますか?髪が白くなるほどに、終を迎えるその時まで共にありたいと?」


 いきなりの問いかけに一瞬面食らってしまう。


「ご自身を、家を傾けてもよいとお思いの程なら、我々も若様にお付き合いします。ですが、矜持や体面の問題であるというなら、あの女性のことはお忘れください」


 真面目な問いかけとみて、俺は考える。

 最初は俺が当主の地位に就くのに利用できればいいと思っていた。その為の手間賃を惜しむつもりはなかったし、できるだけ迷惑は掛からないようにとは思っていたが。


 しかし、どこか彼女のめげない快活さに心を奪われている自分がいた。同じような境遇にありながら、いや、自分よりも、なお悪い環境だったろう。それでも逞しく生きる彼女に好感を覚えたのだ。


 俺の元から奪われようとしている今、はっきりとわかる。彼女を誰にも渡したくない。


「ああ、俺は香耶が好きだ」


 俺がそう言うと、傍付きは何度か頷いた。


「では私にではなく、ご本人にそのようにお伝えください。おもむろにもそっと抱きしめられると良いかと」


「そうしよう。抱きしめるかはさておくが。だがいいのか?いまだ当主候補にすぎない俺個人の感情を優先して」


 からかう風な言い草の傍付きに、俺もやり返そうと言った。


「御当主様が上でしたら、我々は下ですからな。下の者は仕える家と御当主様のどちらを優先するか、選ぶことができるのですよ。なにせ、御当主様と違って、どちらを選んでも忠義になるのですから」


「ひどい傍付きだ」


 まるで人を食ったような小気味いい返答に思わず笑ってしまう。どうやら俺が彼をからかうにはまだまだ早いらしい。


 お互いに冗談を言い終えたところで、弛緩した空気を振り払うように咳払いする。


「さあ、俺は思うところを話したぞ。お前も名案を出せ」


 俺の言葉に表情を引き締めた傍付きがいった。


「では若様、悪いことをする覚悟はお決まりでしょうか?」


 常にない鋭い目つきの傍付きの問いに頷く。


「もちろんだ」

お待たせしていた読者の方には大変申し訳ありません。

書いてみてはいるのですが……

ここからの更新も不定期となります。

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