1話 娘にあらず
「香耶、お前など娘ではない」
お父様が私に向かって言う。その冷たい言い方は、父親が娘に向けるものではなかったと思う。それも私がお父様に会うのは、八才にもなって初めてのことなのに。
最初は何を言われたのか訳が分からなかった。どうしてこんなに嫌われているんだろう。どうしてこんなひどいことを言われたのだろう。
初となるお父様との対面の場は中庭に面している廊下。初めて行くそこで親子の対面をすると聞かされていた。そうして、お父様からお言葉をもらうのだと。
私は外でひざまずいて、お父様が奥座敷から姿を見せるのを待った、それがつい先ほどのことである。
訳も分からず、私は元居た場所へと戻ろうとするお父様を追った。だけど斎木家に仕える者たちに止められてしまう。
「なんで」「どうして」を繰り返したけど、まわりは首を振るばかり。誰も納得のいく説明をしてくれず、私はとうとう泣き出してしまった。
次の日から、私は使用人の人たちと一緒に働くことになった。
朝起きると、使用人の人たちに遠慮なく連れ出されて、やったことのない家事を行うことになった。
昨晩のことは屋敷中に広まっていたらしく、今まで恐る恐るといった風に接してくれていた人たちが人が違ったかのように接してくる。
小さな桶と洗濯板、それにたくさんの衣類を持たされる。私は屋敷の近くにある用水から桶で水をくみ、板のでこぼこで服をこすり始めた。
前に大人がやっていたのを思い出し、見よう見まねで布をこする。汚れが落ちない、もう少し強くこする。黒いのが無くなっていく。
服をきれいにできたことに嬉しくなっていると、後ろで見ていた使用人の人が怒鳴った。
「なにチンタラしてんだ? 次の服にさっさと取り掛かれ!」
大人の声に私は怖くなって、一生懸命に服を洗濯板でこすり出す。だけど、強くこすり過ぎたのか、引っ掛けて服に切れ目を作ってしまう。
私は泣きそうになって、思わず後ろの大人を振り返る。使用人の人は、私が失敗するのを待っていたように言った。
「たくっ、洗濯もろくにできねえのか! これじゃあ先が思いやられるぜ!」
使用人の人の呆れ口調に深いため息、私はもっと縮こまってしまう。それから失敗した私をみんなの前に連れて行く。
大人の人は私がどんな失敗をしたのか楽しそうに話し始める。みんなはそれを聞いてクスクスと笑った。
こんなこともできぬのか。
御当主様もお可哀想に。
こんな様だから父親にも見放されたのだと。
それを聞いて私は自分がお父様の、斎木久高の娘ではなく、別の何かになったことを嫌でも実感してしまった。
私は色々な聞いたこともない悪口に悲しくなったけど、言い返す方法も、何をどう言い返したらいいのか分からなかった。
だって、お母様は最初からいないし、お父様もきっと助けてくれないから。
今度は掃除をやるように言われた。お父様のいる場所ではなくて、使用人の人たちが住んでる場所だ。
畳を雑巾で拭こうとすると、女の人に怒られる。
「ちょいと! 上のホコリから落とすんだよ! まったくそんな事も知らないのかい!?」
女の人がいらいらしてるみたいに私へハタキを渡してきた。それを受け取って高い所に手を伸ばす。届かない所は椅子にのぼってはたく。
今度は失敗することがなくて、私は胸をホッとさせた。ところが急に椅子が動き出して体勢が不安定になり、私は床に倒れこんでしまった。
体を床にぶつけ、痛くて動けない私に女の人が言う。
「おやおや、危ないじゃないかい……何だい、あたしに文句でもあるのかい?」
自分で体勢をくずしたのではない、椅子を蹴飛ばされたのだ。でも、それを言っても、どうしようもないのが分かってしまう。
「気に入らないねえ……文句があるならはっきり言いな!」
「ごめんなさい……」
「ふんっ……ほらっ続けな」
お部屋の掃除が終わると、別の使用人の人から部屋に行くよう言われる。教えられた場所に私が行くと、昨日までの部屋とは全然ちがう物置が待っていた。
中は古臭い匂いでいっぱいで、あちらこちらに何の為に使っていたのか、古い道具が詰め込まれている。上を見れば、くもの巣がいくつも重なっているのがわかった。
お布団はなく、代わりというように藁の敷物が置いてある。ご飯も今まではお盆にのせられていたものが床にそのままで、お椀の数も二つ、ご飯やお味噌汁らしいものと分かった。
私は痛みと悔しさでまた悲しくなってポロポロと泣いてしまった。袖をめくると強く打ったひじが青あざになっている、いつもケガや風邪を引いたときに使っていた薬箱もない。お願いしたらくれるだろうか。
だけどもう夜になっている。今行くとまた怒られるかもしれない。私は痛みを我慢しながら、冷たくなったご飯を口にする。その度に何だか自分も冷たくなっていくようだった。
「お母様……」
寂しさからお母様に会いたくなったが、私は言葉どころか顔も見たことがない。大人の人たちに聞いても怖い顔をするからだ。知っているのは自分と同じ白い髪だということだけ。
あまり寒いのでご飯をすませて、私はすぐに藁の上で横になった。布団より寒かったけど、何も使わないよりはましで、薄暗いなかでだんだんと眠くなっていく。
けれど、手や足の上を何かが歩く感触で目を覚ます。気持ちの悪い感覚に眠気がすぐになくなり、自分の手を見る。小さな黒い虫が数匹歩いていた。
「わあっ!!?」
私は慌てて手や足に付いている虫を払った。藁の中を虫が住みかにしていたのか、卵でも付いていたのか。それを確かめることなく物置の外へと、息を切らしながら投げ捨てる。
布団も何もない夜はとても寒かったけど、虫と一緒に寝るなんてできるわけなかった。それでもお仕事で疲れていたのかもしれない。
私は薄暗い中、もう一度横になる。今度はなかなか眠ることができなかった。さっきの藁のことから、どうしても昼間のことを思い出してしまい、涙がポタポタと止まらない。
私にできるのは涙をこらえ、そこいらに隠れているであろう虫に来るなと念じ続けることだけであった。
異世界恋愛の長編に挑戦します。
面白かったなら評価していただけると幸いです。