82話 華実「今日は来ないのかい?」
「夏休み、学校の補講受けようと思って、塾行かないからね」
昼休み、テストもちょうど終わり、だらけきった空気が教室内に広がっている。お弁当を広げていた俺は、せんり、唯彩さん、鳳蝶にそんな事を気楽にいった。
うむむと三人が悩み顔をしていた。
「うーん、あたしバイトあるけど、たしかに塾も行ってないし、学校の補講もありかなー」
「私もどうせ茶道部と写真部は、夏休みはほぼ活動も無いですし、だらけない為にも良いかもしれませんね」
「私は家の都合がどうしても入るから無理だと思いますの」
「唯彩さんが都合のつくタイミングで参加してくれるなら、一人で参加するよりも心強いからありがたいな。せんりも写真部と掛け持ちで茶道部が忙しい時もあるだろうけど、来てくれるなら嬉しいよ。
鳳蝶はしかたないよ。家のことも頑張るのが鳳蝶だと思うから、頑張って欲しい」
三人それぞれに俺は答えた。一番しょんぼりとしていたのは鳳蝶だ。きっと一緒に過ごしたかったのだろう。
俺は彼女のわがままな態度に苦笑いを浮かべて、流した。
「夏休み、楽しみですわね。前からお話していた旅行にずっとわくわくしていますの」
「私は、コンタロウがいるから無理なのすごく残念」
鳳蝶の言葉に、あはははと唯彩さんが笑う。だが、俺はその姿が好ましかった。
「唯彩さんはコンタロウを大切にしてるもんね。俺は残念だけど、すごく良いことだと思う。唯彩さんがコンタロウと一緒に過ごしてる姿は好きだからね」
「ありがとうひさ君」
「唯彩さんは本当にコンタロウちゃんを大切にしてらっしゃいますわね」
「うん、私の大切な存在だから!」
「あははは、よく写真を共有してもらってるから知ってるよ」
せんりも唯彩さんとよく話すようになってから、俺と同じように動画や写真を共有されているようだ。唯彩さんはコンタロウの写真を撮るのが上手いので、大量の写真でも飽きることがない。
「唯彩さんのコンタロウを撮る技術と熱意と愛情はすごいからね。俺も見習いたいよ」
「えええー、恥ずかしい~~。でも、分かってもらえるの嬉しいなぁ」
そんな風に盛り上がって、明るい昼食を楽しく過ごせた。
放課後、鳳蝶と唯彩さんに部室に行くよと嘘をついて見送る。人が減るのを待っていたせんりに声を掛けられた。今日は、またエッチがしたいと、わがままを言ったせんりを慰めるために約束した日だ。
顔を上気させて、他の人に聞かれないように声をひそめて俺に話しかける。
「今日、大丈夫ですか?」
「うん、今日は写真部に行かない予定だから大丈夫のつもりだけど」
「良かった。最近は折川君、すっかり来れなくなりましたもんね。今日は、家に誰もいませんから、たくさんしてもらえますね?」
スマホが震える。せんりに断って少し離れてからトーク画面を開いた。
『今日は来ないのかい?』
『すみません、勉強の成績が下がったので、頑張りたいんです』
『……今日は寂しいよ。会いたい気持ちなんだ』
『俺も会いたいです……すみません』
『わかったよ。君にこの下着見せたかったんだけど、可愛いかな?』
『……待っててください』
……恋人が鳳蝶と同じような事をし始めた時に、俺はどうすればいいか分からなかった。喜べば良いのだろうか。
鳳蝶よりも遥かに過激な下着の自撮り写真が送られてくる。……部室で撮ったのか。彼女はそんな事をする人じゃなかった。画面越しの華実先輩はひどく蠱惑的で俺を引き付けてくる。
「せんり、ごめん。用事が出来たから、行けないの許してくれない?」
「またですか? もう尚順くんって結構わがままですよね」
「ごめん、許してくれないかな」
わがままって俺は苦笑いを浮かべてから、俺が謝るとせんりが慌てた様子を見せた。せんりがキョロキョロと教室を見回してから俺の耳元に顔を寄せた。
「わわ、そんな責めてるつもりじゃないんです! ごめんなさい。その、人の居ないところで、キス、してください」
「それでせんりが許してくれるなら。良いよ、じゃあ、行こうか」
「ありがとうございます! 許しますよ、いつだって私は。ふふ」
廊下を進み、いつもの人の居ないところでせんりが好きな情熱的なキスをする。せんりはこういうキスをされるのが好きで、力強く抱きしめるだけで満足してくれるので、俺がわがままを通す時に楽だった。その代わり、せんりが写真部の兼部をしたと聞いた時には驚いた。写真部の部室に一緒に行きましょうと言われた時に、俺の気持ちを表現するのは難しい。
彼女の唇がまだ離れたくないと伝えてくるが、俺はスッと離した。華実先輩の元へ向かうのがどんどんと遅れてしまう。
「んぅ、今日も、素敵、です」
「ありがとう。じゃあ、また明日」
「はい、また明日」
せんりが立ち去り、俺は小走りで廊下を進む。部室棟の廊下は人が行き交っていた。キョロキョロと周りを見て、人が居ないのを確認してから写真部の部室の扉を慎重にあけた。
鍵ぐらい掛けてほしい。誰かに見られたら、どうするんですか。俺の恋人なのに……。
滑り込んだ俺がそんな声を掛けようとして、赤い瞳が俺を捉えている。
「待ってたよ、尚順君」
薄暗い部室に隙間から差し込む光で、銀髪が輝く。
整った顔立ちは優しげな笑みにも見え、酷薄な笑みにも見え、蠱惑的だ。
俺の恋人は可愛い。こんなに綺麗で――。
「君が、好きだ、尚順君。だから、ね?」
スカートをたくし上げた少女が、爛々と目を輝かせて、俺を誘った。
だから、俺は内心の辛さを隠して、彼女に笑顔で応える。
「先輩の、家に行きましょう。部室は、ダメですよ」
「ふふ、私は茶会の時みたいに部室でも構わないんだよ。気持ち良いじゃないか。でも、良いよ? 家で二人きりのほうが、声も出せていいもんね。尚順君はエッチだ」
嬉しそうに言う華実先輩に貼り付けた笑顔の裏で思う。
どうしてこんな事になったんだろう。
華実先輩の部屋で、彼女のベッドで恋人を抱きしめながら、俺はついまたわがままのように口にしてしまう。恋人に優しくしたい。でも、毎日、俺は先輩に呼び出されては、唯彩さんたちに部室に行かないといけなくなったと、約束していた予定を反故にしていた。
「華実先輩、俺、何か駄目ですか? 毎日、会って、エッチしたいなんて」
「え……。尚順君、私、気持ちよくなかった? 満足できてない? ごめん、ごめんね。もっと上手くするから、もう一回しようか?」
「違う、違うんです。ありがたいんですけど、でも、毎日、呼び出されると他の予定」
「他の予定なんて無いでしょ! 四月も五月も、いつだって、部室に来てくれたじゃないか。でも、気づいたら、来るのが減って。寂しいよ。
どうして、テスト前の週は毎日会ってくれなかったの? 会いたくなかった? 私、それで寂しかったのに、尚順君分かってくれなかった。私、待ってたんだよ?」
さめざめと泣き出してしまう先輩を抱きしめる。泣かしたくなかった。なのに、今日の会話も平行線を辿ってしまう。前は放課後に予定がありますといったら仕方ないねと言ってくれた先輩が、それでも会いたいと言ってくれる。
嬉しいと思ったが、大事な予定だと伝えても、華実先輩がキャンセルしてと言い出して泣き出した時に戸惑ってしまった。
恋人との爛れた時間が増えた。そうすれば当然、セフレに優しくする時間がなくなって、今日のせんりのように学校内で人に見られないようにキスしてなどというリスクのある行為を求められて、俺は最近上手く出来ないでいる。
次話は明日18時更新予定です。
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