第九話 幼馴染の手作りご飯
自宅の扉を開けると、煮物だろう良い匂いが俺の鼻腔をくすぐった。リビングの扉から莉念が顔を出して、エプロン姿で俺を出迎える。
「尚順、おかえり。今日は遅かった」
「ただいま、部活が思ったより長引いたから」
「写真部、入る?」
「うん、入るよ」
「尚順、写真好きだもんね。良いこと、あった?」
「どうして?」
「今日、嬉しそうだから」
夏のあの日にフラレたというのに俺は未だに彼女がこんな風に俺を肯定したり、俺の事を知っているということを表現する言葉に、その彼女の声に心がドキドキさせられる。
けれど、俺は家族だからそんな気持ちを彼女に出してはダメだから、俺は笑顔でありがとうと答えて、振り切るように部屋に向かった。
「すぐご飯できる、から。着替えて、降りてきてね」
莉念が可愛らしく言ったせいで俺は階段から転げ落ちてしまいそうになってしまうほどくらりとさせられた。彼女が俺の家で家族がいる中で過ごす姿に、いつだって俺は彼女の手の平の上で踊らされてしまう。
手早く着替えようとすれば、俺の部屋に彼女の鞄が置いてあるのに気づいた。彼女はいつだって自分の家に戻る前に俺の家にやってきて、俺の部屋に上がり込むことがあるのだ。困った行動だと思って、何度か言ってみたが、昔からしてたと言われてしまえば拒否できることでもない。母親も止めることが無いのだから、彼女が止まることは無いだろう。
俺たちは家族だから。気兼ねしないのだ。
着替えを終えて下に降りる前に、スマホの通知に気づいた。住道さんと唯彩さんからだ。
まずは唯彩さんを見るとスタンプを交えた明るい内容だ。内容としては来てくれてありがとうという内容で特段用事はないので、スタンプを軽い返答で済ませておく。
住道さんからメッセージが来るとは思わなかったので驚いた。まずは学級委員長として明日もよろしくという軽い話と、部活はどうでしたか? という具合だったので、彼女としても話題にした写真部に行った印象を早速聞きたかったのかもしれない。
既読をつけたが、すぐに返信できるような内容でないため後で返そうと思い、とりあえず夕食のために一階のリビングへ向かった。
夕食は家族と莉念を含んだ五人で食事を囲んだ。両親から俺と莉念に学校の話題を出されて、俺は写真部に入るかもしれないというのをいえば、バスケじゃなくて良いのかと尋ねられたのと、そこまでカメラをハマっていたのかと両親に驚かれた。
莉念は家の習い事があるため、どうしても部活はできないため帰宅部となるようだった。その割に俺の家で母親と一緒に夕食を準備する時間もあるので、俺にとって彼女の習い事は謎のままだ。でも、名前を検索するとたしかに彼女の名前と賞が並んでいるサイトが検索に上がるので、習い事自体はやっているはずだが、彼女はいつこなしているのだろう。
「二人共別のクラスだろう、友人はもうできたのか?」
少しだけ、俺の人間関係へ心配性な父親がそんな言葉を投げかけてきた。特に俺のことだろう。だから、俺は父親の質問に素直に応える。
「男のクラスメイトとも話していて、女の子とだと住道鳳蝶さんと朝に話してるかな」
「住道鳳蝶」
莉念がぴくりと反応した。莉念は記憶力も当然いいので、家の関係でパーティーが会った時に挨拶した相手の名前も覚えていたのだろう。俺の父親も名前を知っていたのか大きく頷いていた。
「住道家のお嬢さんか。少々遠いが、わざわざあの高校へ通っているのだな」
「うん、聞いたところ学力の関係でもっと更に上を目指すともっと遠くなるから、ここを選んだって言ってたよ」
「なるほどな」
「住道さん、尚順、仲良し?」
「席も近いし、クラスの係で男女の学級委員長があるだろ? 俺と彼女が二組の委員長になったんだよ。学級委員長もあるから仲良くしておくのが良いかなと思ってるよ」
「そう」
それ以上特に莉念は聞いてくることは無く、父親は俺が学級委員長をしてみることになったことに中学までの俺と比べたのかひどく驚いていた。高校デビューってもんだよと冗談まじりに言うと、妹からは大不評だったし、父親と母親からも嫌に心配されたのであまり高校デビューと語るのはやめようと心に誓った。
夕食が終わる頃には莉念の家にも明かりがつく。それを見て彼女も自身の家に戻っていく。それまでは俺の部屋に居たりリビングで俺の両親と話したり、妹と話したりなど色々だ。
すぐ隣だが、俺は彼女を家まで送っていく。屋敷の門をくぐって扉の前まで行けば、住み込みで家を管理する三十代ほどの女性が彼女を出迎えた。
またねと莉念が言うので、また明日と俺が答えれば、彼女は柔らかい笑みを残して家の中へ入っていく。
寒々とした春の月が自分の家へとゆっくり戻る俺を見下ろしていた。
住道さんへの返信を考えていたが、ふと俺は通話をしたくなって彼女に電話をかける。しばらくのコールの後に通話自体はつながったが、俺がもしもしと声をかけてもスマホの向こうはバタバタと慌ただしい音が聞こえた。
落ち着いたのは結局通話がつながってから二分も経ってからだろうか。凛とした住道さんの澄まし声が鼓膜に届いた。
「もしもし」
「遅い時間にすまない。問題なかった?」
「もちろん、問題ありませんわ。どうされたのですの?」
「いや、メッセージだと変に長くなるし、通話で話したほうが堅苦しくなくて良いかなって」
「そそそ、そ、そうでしたか。ご迷惑ではなかったですか……?」
ちょっとだけ消え入りそうな声でそんな事を尋ねる彼女に、努めて明るい声で大丈夫だよと返答をした。
「こちらこそ遅くにごめん」
そんなことを改めて言えば、彼女もこちらを安心させるような声音で応じてくれる。
「いつもはゆっくり読書をして眠るだけなので問題ありませんわ」
「写真部に行ってみたよ。部長が変わった人だったけど、入部自体はしてきたんだ」
「そうですか。私、茶道部は明日活動があるようなので、明日行ってみるつもりです」
「茶道部かー。写真部で撮影スポットを教えてもらったんだけれどね、茶室もポートレートのおすすめスポットとして紹介されたんだけれど」
「ふふっ、茶道部希望の私より先に高校にある茶室を見学されたんですのね?」
「あはははは、先に見せてもらったよ、ごめんね。想像以上に広い部屋で驚いたけれど、聞いてみれば人が多いから当然だと言うことだった。写真部の部長はよく茶道部に顔を出しているということなので、俺もお邪魔するかもしれない」
「ええ、どどど、どうしてです?」
慌てたような彼女の声に、ぽすんと柔らかいクッションにスマホが落ちたような音が聞こえた。彼女がスマホを落としてしまってごめんなさいと言って、慌てて謝る。
「大丈夫だよ。それで部長が茶道部に写真を撮りたい三年生と二年生の学生がいるらしくて、気が向いたら彼女たちの写真を撮るために顔を出しているらしいんだ。そこに君も来たまえと、半ば強制的にね」
「そう、ですか。変わった人なんですのね。でも、茶道部は男子禁制ですわ」
「ああ、茶道部はそうなんだけど、茶室はそうじゃないだろうと、文化祭でも写真部のメンバーや雇われたカメラマンが茶室に出向くじゃないか、ならば問題ないなと今日撮影スポット紹介ツアーの際に茶道部部長をうちの部長が説得して相手の部長もため息をつきながら言い負かされてしまって」
「そうなのですか、言い負かされてしまったのですね……」
「写真部の部長は、ちょっと変わっていたけど悪い人じゃないと思うから、俺自身も迷惑をかけないようにするのでよくして欲しい」
「もちろん、折川さんとは学級委員長もやっていきますし、お互い仲良くしたいと思っています」
「ありがとう、ホッとした。それで仲良くしていくのに、住道さんも下の名前で呼んでも良いかな?」
「ひょひぇ!?!?」
「ん?」
「どどどどど、急にどうしてでしょう」
「いや、今日唯彩さんと住道さんも交えて話してた時に、同じ日に顔を合わせて友達になったのに住道さんは名字だと変な壁があるかなぁと思ってしまったんだ。だから、よければと」
「そそそ、そうでしょうか。わ、私としては別段、も、問題ないでして。お、お友達でしゅもの!」
「そうか! それは良かった。それでは鳳蝶、これからよろしくね」
「ひょえ」
そんな声を残しただけで、通話が切れてしまった。俺はびっくりして通話し直そうかと思ったが、それを遮るように彼女からメッセージが送られてくる。夕方に送られてきたメッセージの時とは違い、可愛らしいキャラクターのスタンプも合わせて送られてきた。彼女のメッセージにミスがあるのが凛としているイメージと並ぶと可愛らしい。
『kれからよろしくおねがいいたsいます。尚順さん』
『よろしく鳳蝶!』
俺の返答に対して寝ます!!とアピールするスタンプが送られて、俺も似たようなスタンプを返してやり取りを終える。
時間を見ればもう深夜に近づいている。鳳蝶は少々学校から遠くさらに早くに学校に来るのだから、遅い連絡過ぎたなと反省しながら俺も早く寝ようと部屋の電気を消して眠りについた。
布団には家族でないけれど身近な女性がよく使っている香水に似た甘い香りがして、深く深く俺を眠りに誘っていった。
次話は明日18時更新予定です。
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