第六十話 華実先輩はモテますから
後書き部分に華実のイラストがあります。
部屋での予習復習を終えて部屋で一人過ごしていた俺は先輩からメッセが来たタイミングですぐに通話ボタンを押した。
しばらくスマホから呼び出し音が鳴って、繋がった音がする。
「も、もしもし、どうしたの?」
「いえ、華実先輩と話したくて」
「……あ、ごめんね」
「なんで謝るんですか?」
「え、だって、私、わがまま言ったから」
「違いますよ。話したかったから」
「そ、そうかい!? じゃあ、良かった!」
ニコニコ笑顔になった華実先輩が先程送ってきた夕食の話題をしてきたので俺も莉念が作ってくれた夕食について、今日はこんな夕食でしたと話した。彼女が嫌にびっくりしながら、
「すごい手が混んでるね」
「そうなんですか?」
「うん、今ぱっと調べてみると大変そうだから、私は毎日夕食作ってる身としては、そこまで日々頑張れないなぁ」
「いや、我が家もいつもそんな手の込んだものじゃないはずなんで珍しいタイミングだと思います。俺は個人的にはたまに写真で送ってくれる先輩が綺麗に作っているオムレツがすごいと思います」
「えへへ、そうかな? いやー、ちょっと機会があればいつも練習していて、最近特に上手くなったんじゃないかと思うようになってきたよ!」
「オムレツは中身がある時と、プレーンの時があるのはどういう違いなんですか?」
「うーん、さっきも言った通り私は毎日凝ったものは作れないからね。あと、冷蔵庫の中身によって決まってるかな。オムレツの中に入れるような物がなさそうならプレーンで練習みたいな」
しばらく華実先輩の夕食談義をありがたく堪能する。昨日、泣いていたのとは全く違い、明るい声で話してくれたので安堵できた。
「そういえば」
「うん?」
「華実先輩は生徒会の遠畑先輩と知り合いですか?」
「ど、どどど、どうしてだい?」
「前に茶会のお話を聞きに生徒会へ行った際に先輩に甘えるなって言われたので」
「ああ。うーん、なんだろうね……。まあ、偶然三年間同じクラスなんだが、一年の頃から嫌に絡まれることが多くて、うーん、友人ではないからクラスメイト? うん、それだけ、かな」
「その割になんだか俺への華実先輩への釘の刺し方ちょっと馴れ馴れしくて嫉妬しました」
「ししし、嫉妬!?!?!?」
華実先輩が本当に驚愕したというような声を上げて、俺の耳をキーンとさせる。俺と華実先輩は恋人同士なんだ。俺としては少々好ましくない男が、先輩への態度について、あたかも釘を差す権利があるといった態度を見せられてはもやもやする。つまるところ嫉妬するのは当然だった。
「え、駄目ですか?」
「ダメじゃない。ダメじゃないけど、びっくりした。うん、びっくりした。えーっと、これを言うと、ふふ、彼氏を嫉妬させてしまうかもしれないけど、二年生の時と、その最近髪を整えて印象変えた時にね? 呼び出されて俺と仲が良いんだし付き合わないか? みたいな」
「そうなんですね」
俺の言葉がつい強くなってしまった。華実先輩がそれに対してスマホ越しにもわかる、なんだか照れたような反応を示していた。
「も、もう。大丈夫だよ。ずっと断ってたんだから。その、分かってるでしょ、君なら」
男子と関係があったことが無いのを、そういう風に誤魔化して伝えられると、なんというかこっちが恥ずかしくなる。
「でもまぁ、遠畑先輩には気をつけてくださいね」
「うーん、同じクラスだから中々彼氏の、うん! 彼氏のお願いを実行するのは難しいけど、分かってるよ。なんというか、遠畑さんとはちゃんと線を引いてるつもりなんだけど、その、なんというか、」
たった二ヶ月程度だといのに、華実先輩から聞く男子が関わる話ではいつだって先輩を悩ませていた。華実先輩はいつだって男子との距離感に迷っている。迷惑、という形ではなく。常に彼女にとって何故? という言葉がつきまとっているのだ。
俺も彼らの気持ちはよく分からない。
確かに華実先輩は話してみると身近に感じるが、同じ部員でも、最初は俺もプライベートなメッセージアプリの連絡先を交換して貰えなかった。先輩はにこやかに一歩かわすタイプだと思う。
……あの遠畑はまあ、鈍感と言うか、そういう人間なので。
勘違いではなく、思い込んで見えていないのだろう。もしかしたら何かあったのかもな。華実先輩は優しいから、失礼な態度にも大人しく対応したとかそんなところかもしれない。
そんな事思いながら、俺は苦笑いした。まだまだ華実先輩の事を知らないから、だ。俺の知らない高校の二年間。どんな事があったんだろう。
「分かってます。華実先輩はモテますからね」
「もう、違うよ。そんなんじゃないから!」
いや、実際聞けば告白されていることが多いので華実先輩はかなりモテていると思う。
でも、こんなに先輩がモテるとは……。実は魔性の女性なのだろうか。
人形のように端正な顔立ちに印象的な銀髪と赤い瞳は、確かに顔を隠さなかったら、どうしようもなく男子の目を惹きつける気はする。
年齢で見ると小柄だが、顔はかなりの美人だし、実際はとても高嶺の花だと思うのだが、キャラ作りで気安い態度を見せることが多いから、モテるのが加速しているのかもしれない。
男子たちにモテるのは完全な高嶺の花よりも、身近な花なんだろう。
……料理が上手くて、気が利いて優しくて、顔が良い先輩が、果たして本当に身近な花かは別問題だが。
「そういえば先輩は茶会どうするんですか?」
「どうしようかなぁ、本来は出るべきなんだけど、茶道部部長から今回は人も多いし止めといたらとは言われてるんだよね」
「そうなんですか?」
「うん、私視線が苦手だから、特に今回は学生だけで参加者も多いだろうし。本当は良くないんだけど、尚順君自体がちゃんと仕事がこなせると思うからさ」
「……ありがとうございます」
そんなに褒められるとは思わなかった。所詮趣味で初めて、一年も経っていない。ありきたりな写真ばかりだと思う。
「うん、すごいとかそういうのじゃなく、学校のイベントの写真は、日頃の部活動中にしている撮影で十分良いんだよ。そこで尚順君は他人に迷惑をかけるタイプでもなし。大丈夫かなって。不安、なら私ももちろん行くけど」
「まあ、いざという時に部長が居ないのは問題だと思うのですぐ来れるところか、こっそり見れるところに居てくれたほうが良いと思います」
「そうだよねぇ。人目が嫌いって私のわがままなんだし」
考えておくよと華実先輩がそう言って、お互いに満足して通話を終える。吐き出した息は、遠畑という中学の頃を知っているある意味で因縁の人物と、茶会の事項だが茶会も結局は俺が参加するわけでもなし。問題が無いことを祈りながら、俺は日々を過ごすことにした。




