第五十話の二 良い、よ?
放課後、今日は珍しく鳳蝶と唯彩が空いているということで遊びに行くようだった。昼食中にも鳳蝶から一緒に遊びに行きませんか? と誘われたことに対しては、いつもと同じように俺は丁重に写真部の活動があるということで辞退した。彼女らはそれで構わなかったのか、すぐに出ていくのを俺は笑顔で見送る。
写真部の部員としてしっかり活動しようと気合を入れた。華実先輩に偉いねと笑顔を見せてもらいたいのだ。
見送ってから準備を終えていた井場さんに声をかける。
「井場さん」
「委員長、ごめんなさい。他の一年の茶道部、ちょっと予定がつかなかったの。私だけでも大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。あと写真部だと委員長じゃないから、名字で呼んでね」
「えっ。うん、折川君」
「それじゃあ写真部の部室行こうか」
今日の授業について話しながら部室へ行き鍵を開ける。扉を開けたまま井場さんを招き入れて椅子を勧めた。春日野に部室にすでに到着している旨を連絡すれば、すぐ行くと連絡が来たので、井場さんに顔を向けた。
「女子の部員の、春日野もすぐ来るからちょっと待ってて」
「あ、うん」
「はいこれ」
俺は来る途中で買ったミニペットボトルのお茶を渡す。井場さんは驚いた顔で受け取った。
「折川君、良いんですか?」
「井場さんのために買ったんだから当然」
「ありがとうございます」
パタパタと小走りの足音が届いた。野暮ったい髪型にメガネをした少女が顔をのぞかせて、俺を見てからすぐに座っている井場さんを見つめている。
「春日野、メッセでも伝えたけど、俺と同じクラスで茶道部の井場さん。どうかした?」
「ううん、なんでもない。こんにちは井場さん。写真部で同じ一年の春日野よ」
「井場です。よろしく」
すぐに春日野も席についたので、部室の扉を閉める。春日野が来たことで井場さんはほっとしたようだった。
改めて部屋を見渡した井場さんが、ソファを見やる。しかし、今日は部長がいないので空っぽのまま、俺たち二人は使用しない。そんなことに井場さんが不思議そうな顔をしたが、深くたずねることはなかった。
とりあえず井場さんから茶道部で共有してもらっている表を見せてもらう。紙で配られた物だ。
「写真部の部長さんは茶道部の部長と友人だから事前にもらってそうだけど」
「丸宮部長は、そういうのは線引きして対応するタイプだから」
茶会について見ていると、変更点ということでメモがあった。春日野は俺に全部任せるといった具合で黙って目配せで伝えてくる。俺はそんな行動に少々苦笑しながら大人しく対応する。
「あれ丸宮部長の話しだと、生徒の家族も希望があれば参加可能って聞いてたんだけど、今年は生徒だけ?」
「ああ、今年は四條畷と住道のお嬢様がいるから、生徒だけで埋まるだろうって、生徒会が茶道部に言ってお願いしたらしいですよ」
「生徒会?」
「はい、茶会は生徒会の協力で武道場の使用スケジュールも調整して決めてもらっているみたいです。いつもの事みたいに部長が言っていました。でも、このプリントの通り生徒だけなのが今年は例外みたいです。
茶道部でない四條畷さんにも参加してもらうように生徒会がお願いしたら、参加が生徒だけならば良いと言われたらしいですよ」
「四條畷さんの希望なんだ。なんでだろうね?」
「生徒会からは二家のお嬢様が参加するから、親が興味が無いのに挨拶に来る事態を嫌がったんじゃないかって言ってましたね」
「二家のお嬢様、か」
「茶道部部長も生徒会の意図はわかりませんが、お二人とも有名人ですからね」
「ふーん、そうなんだ」
「春日野さんは、知らなかったんですか?」
春日野がついといった具合で口にした。井場さんが疑問を呈したが、俺は春日野が違う意味で反応したのだろうと思った。春日野が説明に困ったように愛想笑いを浮かべてごまかそうとしたので、俺が口を挟んで春日野の発言を自然と流す。
「とりあえず、そんな風に生徒会が決めてるなら生徒会にも聞いてみたほうが良いかな。井場さんありがとう。
それにしても、茶道部は着物なんだね。部長はそんな事言ってなかったな」
「そうなんです。私も驚きました。入部前に説明あったよって友達に言われたんですが、すっかり忘れてしまって、私は慌ててます」
「それって着物の用意ができないってこと?」
「できないわけではないんですが、茶道用の着物ということでこれから使うのであれば買うか、それとも今回はレンタルにするかと迷っていまして。周りに合わせようかなと思ってるんです」
「着物は周りとの兼ね合いが大変だもんな。母親と妹は着ていく時は知り合いに丸投げで用意してもらってるね」
「あはは、そんな知り合いがいるなら一番なんですが、あまり大っぴらに相談することでもないでしょう? 羨ましいですね」
武道場を使用し野外でないとはいえ、野点をするようなものだ。着物をレンタルだと気を使うだろうなと俺は思いながら、すぐにいい案が浮かぶわけでもない。
茶会について、俺は生徒会に聞いてみるよと二人に話しておいた。井場さんは茶道部の茶室に向かうといって、春日野は待つと言ったが、待たれても困るので帰ったほうが良いと強く押せば、そうかな? と素直になって帰ってくれた。ホッとする。少し時間を潰して俺も一人で帰宅の途についた。
家に帰り、莉念が作ってくれた魚の野菜煮を夕食に食べながら、母と妹、莉念の三人に口を開く。父親は今日も仕事らしい。
「茶道部のクラスメイトと話したんだけど、莉念も茶道部がする茶会に参加するんだって?」
「うん、生徒会の、ほら、あの人。あの、遠畑に、お願いされた、から」
「ああ、生徒会に遠畑さんがいるのか……。生徒会長とは話さなかったの?」
「別で話した、生徒会長、あんまり、興味なさそう、だった。あ、でも、副会長?が生徒会長?に、着物、好み、聞いてた? と思う。私、四條畷。おじいちゃん、いつも言ってる。四條畷、傘下に、優しく。お願い、聞いて、上げる」
「莉念ちゃんも大変ね~」「莉念姉、着物着るの!?」
「うん、着る、予定」
莉念が淡々と頷くと、母と妹が楽しそうに感情を爆発させる。食事中にも関わらず大盛りあがりだ。
「わあああああ、楽しみ」
「残念ながら、参加は高校の生徒だけだからお前は無理だな」
「えぇ~~、私も着物着ていったらごまかせない?」
「茶道部以外が着物着ていったら即バレるだろ」
「ちぇ。お兄の写真で我慢するか」
「それで茶道部のクラスメイトがいるんだけど、着物で悩んでるって言ってたから相談できないかなって」
「相談? 貸してほしいのかしら」
「尚順、クラスメイト、誰?」
「井場さんだけど。井場せんり」
「井場せんり、井場せんり。四條畷グループの、会社、一応いる、でも、普通の人。どうして?」
「クラスメイトだから、困ってるなら助けたいなって」
「お兄、そんなに気を使ってあげる必要あるの? 莉念姉ばっかりだった時より傍から見たら良いのかもしれないけど」
「まあ、あの人みたいに人に優しくでも良いのだけれど」
妹は中学の時の俺と比べて、過剰に他人に善意を向けているのではないかと思っているようで、母親は父と比較しているのか、それでも俺の行動は過剰じゃないかしらと心配そうにしていた。
しかし、母も妹も結局、まあ、莉念ちゃんがコントロールするかしらと、莉念に視線を送る。莉念がゆるやかにどうしようかなと首をかしげてから、ぽんと手を叩く。
「わかった。四條畷、傘下に、優しく。私、無駄に、買わされて、一度しか使わなかったの、ある。それ貸す、ね?」
「ありがとう。でも、無駄って言ったらだめだと思う」
「でも、私、一回しか、着てないのに、増える……」
莉念の物言いに、妹がどれくらいあるのか聞いて莉念の回答に母が驚愕していた。そして、買いすぎよといえば、莉念も同意するように頷いている。
とりあえず井場さんには、莉念から直接伝えるようにお願いしておいた。
俺から井場さんに伝えると、どうして俺から伝えられるのか矛盾が出てくるからだ。莉念は笑って頷いた。
「良い、よ?」
次話は明日18時更新予定です。
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