第四十五話 放課後写真部
部室に入るといつもの定位置に部長が座っている。今日は活動日ではないためか、春日野は部室にいなかった。ホッと安堵の息を吐いて俺も先輩と向き合う位置に置いてある椅子に座る。
スマホとにらめっこしていた華実先輩が赤い瞳を俺に向けた。
「明日から一週間はテスト期間だから、部活及び部室への出入りは禁止だよ」
放課後に部室へ行けば、華実先輩が無情にもそんな言葉を突きつけてくる。俺は驚いてそれが真実だと信じられず、華実先輩を見つめた。彼女は俺を見つめ返して、しばらくじっと見つめ合ってるとぽっと頬を赤くして目をそらしてしまった。
「そんなに熱っぽく見つめられると恥ずかしい」
「いや、そんな意味じゃなくテスト期間で部室も出入り禁止ということに驚愕していたんですが」
「そうなの?」
「そうです」
「なんだ……」
彼女が心底がっかりと言った態度を見せて笑う。俺はカバンから手帳を取り出して、明日から部室出入り禁止としっかり書き込んでおいた。こういうメモをするのが大事だと教わっている。きっとついつい部室へ行こうとしてしまうだろう。
俺がメモを終えて顔をあげると、待っていたように華実先輩が口を開いた。
「テスト勉強は十分かな?」
「成績落ちて華実先輩に呆れられたら嫌だから頑張ってますよ」
「そういう事を言うのがね?」
「先輩はどうですか? 今年受験だから大変ですよね」
「私は面倒だからAO入試がメインでちょっと頑張った国公立大学の記念受験だよ」
「行けるんですか?」
俺が驚いた顔をして見ると、彼女は肩をすくめた。その仕草は見た目にはあまりにあっておらず少しだけ可愛らしい。
「親からは好きにしてと言われてるからね」
「優しいご両親ですね。先輩はどこへ」
「私の学力だとこの周辺だと大阪か京都へ出るのが、一番選択肢が多くて良いんじゃない? わざわざ東京へは行かないでしょ」
「東京のほうが選択肢は多そうですけど」
「東京へは旅行でも行ったことがあるけど、私はこの周辺の人混みに慣れすぎてるからつらいよ」
「でも、撮影場所には困らなさそうですよ?」
俺がそんな事言うと、彼女は困ったように笑った。
「本当に人がいればいるだけ、良いスポットは増えるよね。維持するにもお金がかかるから当然だけれど。でも、人が増えれば増えるほど、自分勝手に撮影ができるわけでもないから、難しいよ。学校内で好き勝手に撮影できないのと一緒」
彼女はソファから立ち上がり、窓へ近づく。部室の窓の向こうにグラウンドが見える。部活動の生徒がいる時にグラウンドで勝手な撮影はできない。
危険もあれば、部活中に無断でカメラを向けられることについて、不快を覚える人も当然いるからだ。写真部として活動する中では守るべきマナーやルールというものがある。
例えば花壇であれば園芸部に事前に撮影場所に使う相談をすることも多い。それは手入れ中で少々みすぼらしく見える物を、園芸部が管理しているところですと紹介されても困るからだ。
写真にはいつだって人の理想も加味される。
俺の思い出を構成する写真群のように。
「写真部は」
「今年は幽霊部員がたくさんだ。残念ながら彼らはすでに写真部の部費を納めてくれていてね。なんとか今年の撮影旅行は都合がつくだろうけど、来年は君たちがどうするか、だね」
写真部の現状について華実先輩が部長という立場から、申し訳無さそうにそう言ったが、俺は藤の花を公園へ撮りに行った時に話で聞いてわかっている。
この極端に男女の比率が偏った部活メンバーの中で、彼女は部長という立場について求める理想が高く、相手になるべく近づき寄り添いすぎただけなのだ。
しかし、春日野と二人きりで撮影旅行なんて――。目の前に付き合いたての彼女に対して、部員の女子と二人きりで行った方が良いですか? などと話すべきことではないだろう。
……可能であれば、時間を置いて今の二年生にいる幽霊部員の先輩の復帰か、同じ一年生で新部員の獲得を目指すべきこととなるかもしれない。
「部員探しでも頑張りましょうか」
「うん、そうか。春日野ちゃん以外、新規で増えなかったから悩んでいたけど勧誘しても良いのかな」
「強制入部がないから帰宅部の学生もそこそこいますからね。でも、カメラ自体はスマホで満足できないなら自身で買わないといけないので難しいでしょうか」
「うーん、まあ、でも半端に安い物を買うより持ってるスマホの方が大抵便利で性能が高いからねぇ。wifiにつなげなくても携帯のネット回線のおかげで繋げていてすぐアップロード可能。画質も綺麗。現代っ子ならスマホがあれば撮影活動も幅広いからね」
「俺も華実先輩とのデート中の写真はスマホですもんね」
「そ、そういうところだよ、もう。とりあえず、今までなら機材も買ってみよう!って人もいただろうけど、尚順君と春日野ちゃんが迷惑でなければ、スマホでもいいから人を呼んでみるのも、良いかもしれないね」
私は部長失格だからごめんねと、唇だけ動かして目をそらした彼女に俺は気づかないふりで検討してみますと笑顔で答えた。
幽霊部員という話題が出たところに、華実先輩は俺に内緒で二、三年生の部員の説得に伺った時があるのだろうと察せられた。俺は彼氏なのにその相談を受けていないのは、とても寂しかった。
俺は内心の気持ちをごまかすためと落ち込んでしまった彼女の笑顔が見たくて、努めて明るい声を彼女に向けた。
「それじゃあ華実先輩、俺テスト期間に勉強を真面目にやるので今日はこれからがっつりデートしてください」
「えぇ!? いきなりだね」
「いつだって華実先輩とはデート三昧したいんですけど」
「えぇぇ~。でも、尚順君って学校内だとすぐに誰かの手伝いに行ってしまうから、そんな風に思ってるとは思わなかった。そ、それに旅行から一度も」
もにょもにょと彼女が言葉を濁したので俺は首をかしげた。旅行か。旅行といえばゴールデンウィークから確かに新しく旅行はしていない。日帰りも少々時間を取るのが難しい。なぜなら、土日にはお互いバイトもある。平日に学校を休んで旅行に行くのも学生の本分として少々羽目を外しすぎた行動で良くないだろう。個人的にはあまりそういうのを常態化したくないのが事実だ。
「ゴールデンウィークに旅行したばかりですし、平日も土日もなかなか予定が取りにくくてすみません」
「い、いや! 良いんだよ、うん。健全なのが一番だよね。
……でもほら、男の子ってもっとこう求めてくるのかなって思ってたから想像以上に健全な付き合いだから驚いたと言うか」
彼女は健全が一番と大きな声で言ってから、またもにょもにょと小さく口の中で呟いているようで聞き取れず俺が首をかしげると、とても慌てたように何でも無いと首を振った。
俺は彼女の手を握る。うぇぇ!? ぶ、部室はダメだよ! といきなり言って慌てる彼女に、
「それじゃあ、デート行きましょう。たまには買い食いデートとかもいいですよね」
「え!! う、うーん、私、家でもお菓子出ることが多くてふ、太っちゃう。き、昨日もほら尚順君に写真で見せた桃味のパウンドケーキ食べちゃって今日は少なくしようかなーなんて」
「なるほど、じゃあちょっと運動がてら気まぐれに散歩デートでも良いですか?」
俺に手を引かれて立ち上がった華実先輩が、それなら仕方がない良いよと優しく笑って許可してくれた。俺はホッとして荷物を持って校門前で待ち合わせの約束をしてから荷物を取りに行くために、急ぎ足で部室を飛び出した。
第二部のプロローグ的な物を10/4に更新しました。(差し込みで42話の前に足しています)とても短いです。
次話は明日18時更新予定です。
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