プロローグ 落涙の彼岸花にさようなら
「文化祭に向けて、クラスの出し物を決める必要があります。内容としては――」
夏の暑さがしっかり伝わる教室。夏休みが明けて二日目のホームルームの時間に、俺は文化祭の準備に向けた打ち合わせのために教室前に鳳蝶と並んで立つ。
文化祭は例年、文化部が発表内容を中心に構築しながら活動する。クラスごとにするのは小規模な飲食の出店か、クラス合同でお化け屋敷などの体験物や、展示物を作成することになる。
「うちのクラスは、まず実現がどうこう置いてみんなの希望を取りたいと思います。今週中に何をするのか決めるので、意見があれば手を上げてもらえれば」
「はい」
真っ先に隣の鳳蝶が手をあげた。少々驚いて彼女を見れば、ニコニコと笑顔で俺を見つめてくる。
「喫茶店をやりましょう」
「うん、鳳蝶の希望ね。じゃあ、書いてもらっていいかな?」
「はいですの」
彼女が嬉々と目の前の黒板に書き込んでいく。他のクラスメイトたちもびっくりしていた。本当は否定したくなかったけど、俺は彼女がどれぐらい関わるのか気になった。
「鳳蝶は茶道部もあるよね? 喫茶店を提案したってことは率先してやりたいということだと思うけど」
「大丈夫ですわ。茶道部はお友達が多いですから、融通が聞きますもの。茶会のように茶道部だけのイベントならまだしも、文化祭ですからクラスも大事にしないといけませんものね」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、大丈夫かな?」
「大丈夫ですの」
鳳蝶の圧に俺は頷いた。彼女が大丈夫だというのだ。しかし、彼女の強い熱を聞いてしまったのは失敗だった。なぜかクラス内がもう決まったみたいな雰囲気になっている。俺は慌てて皆に声をかけた。
「えーっと、喫茶店は全クラスで三つしか取れないので、他の案も希望があればよろしく」
「でも委員長、住道さんが言うなら」
「うーん、でも、俺のくじ運が悪かったりしたら、他のになるし、そうなった場合に飲食系の出店が取れなくて去年からの先輩たちから引き継ぐ展示物とかになるけど、良いのかな?」
「まじかよー住道さんの権力でなんとかならないのかよ!」
男子が冗談みたいに言ったので俺は苦笑いを浮かべながら、首を横に振った。
「生徒会が取りまとめてくじ引きだからね」
「そりゃ残念。なら、俺は展示物でもいいかなー」
「ありがとう」
文化祭当日に時間が取られなさそうなものを選んだということでも、構わないだろう。
俺は意見をだしてもらえたことにホッとして、鳳蝶からチョークをもらって黒板に書き込む。それから比較的ポンポンと希望が出されて、投票を集める。
取りまとめた内容をメモした。
やっぱり希望は鳳蝶がまず話した喫茶店に票が集まっており、時点で出店だが、希望の飲食物はなしで、自由。喫茶店に一点張りのようなものだ。
喫茶店が取れなかったら、何になるか。少し前に焼き菓子関係で直近にニュースになったせいで、学校から衛生管理について言及された。業者から購入できる品かしっかり熱が通るのがわかりやすい飲食になるべくするようにと連絡が来ている。来年だときっと緩和されるのだろう。
放課後、ホームルームで決まった文化祭の希望実施内容を生徒会と全学年の学級委員長が集まった中でさっさと各クラスの割り振りが決まる。
雪見生徒会長が取り仕切り驚くほど手早く割り振りが進んでいく。
喫茶形式が人気が高いと聞いていたが、結局三クラスだけしか出していなかったので、俺は首をかしげながら素直に割り振りに安堵した。三クラスだけならくじ引き無しで決まるのだ。
「良かったですわね」
「……そうだね」
鳳蝶が満足そうな表情で周りを見回して、雪見生徒会長を見やった。困った顔をしながら生徒会長がこちらを見ていて、俺は愛想笑いをして目をそらした。
周りから強い視線が向けられている気がする。三年生の方向からだ。知り合いではない。
気がするだけだ。
打ち合わせはスムーズに終わり解散となる。夕暮れの学校の廊下にガヤガヤと仲の良い生徒たちが話し合っている。鳳蝶に向かって一礼する多くの学生たちに、鳳蝶は結構ですわねと穏やかな笑みで頷いていた。
隣に居て欲しいと言われた俺はつい尋ねてしまう。
「すっかり仲が良くなったんだね」
「えぇ、夏休みに尚順さんにお会いできなかったのは、皆さんにオハナシするのもありましたの」
「そうなんだ」
俺は会えなかったが他の人には会っていたと言われると、少しだけ寂しい気持ちが生まれた。俺はそれを愛想笑いで隠す。鳳蝶は気付かなかったようで声をかける学生たちに対応していった。生徒会長を差し置く姿はあたかも今回の文化祭の割り振りを決めたのが鳳蝶のようだ。
学生たちを見送る。
雪見生徒会長が副会長の女子と一緒に最後まで残っていた。
「住道様、お疲れ様です。ご協力いただきありがとうございました」
「構いませんの。去年は大変だったと聞きましたから」
「はい、私も横で見ていただけですが、やはりクラス内でメンツが偏りますので、上手く配分するのが難しかったみたいで。今年のように特に喫茶をやりたいクラスがすぐに決まってよかったです」
「時間は有限ですもの。割り振りが決まったらすぐに実行出来るなら良いことですわね」
生徒会長は一瞬困った顔をしてから愛想笑いにすぐに切り替えて頷き、俺と鳳蝶を開放する。写真部で話したような態度は見せず、終始、彼女は俺と距離を作った。俺は鳳蝶を伴って教室へ向かう。
「鳳蝶がそんなに喫茶店をやりたいと思わなかった。大変じゃないかな? 文化部はメインで動くから茶道部が大変だよね」
「部活は本来三年生方がメインですもの。私が顔をあまり出さないようにしたいと思っておりますの。そうした時に、こちらに余力を避けますので頑張りたいですから。尚順さんは」
「……ああ、最後の写真部の活動だから、どんな展示にするか頑張って考えるよ。だけど大丈夫。俺も学級委員長に自分から立候補したんだから、鳳蝶と協力してクラスの皆と頑張るよ」
「……さいご? えっと、ありがとうございますの。頑張りましょうね」
クラストークに先程の決定を速報がてら入れておく。まだ時間はある。俺は鳳蝶に別れを告げて写真部の部室に向かう。
本来であれば文化祭に向けた打ち合わせが活発だろう夕暮れの部活棟。写真部の部室は鍵がかかったたままで、やはり誰も居なかった。
扉を開ける。
『やあ、折川君、いらっしゃい』
ソファに座る彼女を期待して、自分のみっともなさに首を振る。そこに銀髪赤目の少女は座ってなどいない。
「空気の入れ替えするか」
扉を開けて入室し、窓を開ける。窓の向こうにある景色は当然入部した頃から変わらないが、部屋の中は変わってしまった。誰も居ない部室だ。
スマホを何度チェックしても未読なのは変わらない。
「……どうしたら良いんだろう」
なぜ何も言ってくれないのか。反応してくれないのか。明日の部活動の日に顔は出すのか。目の前のスマホでは何もわからない。
ずっと外を見ながら過ごし続けて、下校時間が到来したのをチャイムと放送が知らせる。俺は戸締まりをして一人帰り道についた。
帰宅して玄関の扉を開ける。パタパタと足音がする。俺は顔をあげた。
『おかえり、尚順』
……自分の妄想に自分自身への嘲笑が出た。莉念はまだ忙しいから、居ないのに。家族がいるはずなのに、空っぽに感じる家に、母の「おかえり」という声がキッチンから俺を出迎えた。
『私達、家族』
莉念の声が思い出される。うまく進まない日常が俺の時間を無価値に削っていった。
プロローグ 落涙の彼岸花にさようなら 終わり
不定期で更新していきます。完結までどうぞよろしくお願いいたします。
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https://xfolio.jp/portfolio/akasmszak7499/works/4539689




