105話 迷惑をかけたくなかった
八月の上旬ぐらい
莉念side
母はあまり強いタイプの人ではない。いつだって家の中にいる母は父に悩みを相談して、不安がっていた。だけど、外に出ればちゃんと四條畷の名前を持った淑女としての姿を見せていた。
そんな二面性のある母は、結局祖父と考えていた期間の半分に当たる今年の夏に、体調を崩して倒れた。寝不足がつづいての過労だ。
いつだって母は家の中ではか弱い女性で、家の外では穏やかに微笑み夫を支える強い妻だった。祖父と父の話を聞くと、祖父の母への印象は全く違うことに驚いた。
祖父はなんとなしに昔話をして、亡くなった本当の祖母と私達が似ている似ていないと話題にした。母は大人しくも幼い頃からずっと泣き言も言わずに、しっかりと家のために行動してきて、末妹とあまり似ずに非常に良い子だったと言った。父に聞くと、初めて婚約者として顔を合わせた時は身の上も聞いて、なんて芯の強い人だと思ったという。母に内緒で話してくれた。
だからこそ、実際に付き合いだして互いの仲が良くなった頃から、祖父の家から離れてた場所で彼女がそんなに苛烈で強いタイプの女性ではないと知った。
母はか弱い女性だった。
四條畷という名前の傍流ではなく本家筋に入った。しかし、いくら親が兄弟とはいえ、それまで親戚程度の他人だった人の庇護下に入った。そして、男が言い寄ってくる立場になったせいで困ってしまった。
拾ってもらった恩がある。悪い人を選んで迷惑をかけたくない。
そんな思いがあったから、家に迷惑にならない人を選んで欲しいと、祖父に頼んだ。
ある意味で祖父に甘えていたのだ。
しかし、祖父はそんな事は分かっておらず、自由に生きて良い。自分で探せばいいと母を放り出そうとする。
母は必死だった。迷惑をかけたくなかった。
祖父が選んだ父と仲を深めて、母はようやく自身の内心を父へ初めて吐露できた。そうして、母は本来自分が率先しなければ行けないところを、婿の立場である父にほぼすべてを委ねた。
男尊女卑が強い時代なこともあったが、母ではなく父が中心となって我が家では会社で働くのはそれが理由だ。
母はどれだけ四條畷の女であっても、婿養子の父を立てるのは、結局母はか弱い女性であった。だから、家のため、祖父からのお願いに対して、迷惑をかけたくないと、恩を返さねばと頑張ってしまった。
そして、子供の頃では向けられなかった嫌味や悪意にさらされて、どうでも良いと流していた私とは違って保たなかった。
家の中でゆったりとした服を来て、ソファに座っている母が静かに本を読んでいる。母は本を読んで時間を過ごすことが好きだ。
母はなんとなしに私に話をした。
多分、父と私以外の家族に話せる相手がいないせいだろう。
読書が自由に出来るようになったのは、父と結婚してからで、それまでは四條畷の女として習い事に奔走し、勉学に勤しみ良い成績を残さねばならず時間が足りず走り回っていた。妻として家の中へ下がるまでは、表向き四條畷の立派な女として家に迷惑をかけないように頑張っていた。
だが母の望みが徐々に破綻していったのが、父の立場が偉くなっていった影響だ。市場の変化で父の経営していた会社の規模が大きくなった結果、それまで呼ばれることのない経営層の大きな懇親会に出るようになった。懇親会の頻度は少なかった。しかし、母は名ばかり取締役の一名だったのが、会社が大きくなった影響で顔を出さねばならなくなった。
母はか弱い女だった。
四條畷という家に気を使い、祖父に気を使い、義兄に気を使い、勉学も努力し、その結果、半端に出来るせいで会社の規模が大きくなったら仕事を少しでもせねばならなくなった。
わがままな強い女であれば、家に引きこもる妻にも会社でバリバリ働く女にもなれた。
しかし、母はか弱い女であった。
外に出れば母は四條畷の娘として、しっかりとした女だった。
幼い娘への慈愛よりも、自身を育ててくれた義父への義務に、良い娘として外に出れば答えねばならなかった。
そうして巡り巡って、私は家で鍵っ子になってしまうのを、お隣さんの折川さんが、幼馴染の尚順がいるということで一緒に面倒を見てくれるようになった。
「莉念」
母が私を呼んだ。思い出から戻ってきた私は、本を閉じて高価な家具に囲まれて窮屈そうにソファに座る母を見た。
母は我が家にいる限りではこんな感じだ。祖父に家のことを話さないのは、祖父のことに気を使ってだ。家に気を使って、自分では嫌だと言えない、母はそんな人だ。
「ごめんなさいね」
「ううん、別に、良い」
「でも、忙しくて通えなくなったでしょう」
何を言いたいのか分かった。もはや生活の一部の折川家に行けなくなった。けれど、私もさすがにそこまで薄情じゃない。だが、母はそういう人だ。色んなことに気を使って、だけど、外に出れば一歩引きながら人の話を聞いてくれるしっかり者に見える。
「仕方、ない。夏休み、終われば、また、学校理由に、出来る」
「そうよね……。ごめんなさいね」
「お母さん、気にし過ぎ、大丈夫」
「でも……」
外に出る元気がなくなった母は気弱な態度が多い。本来はこちらなので、正しいのだが、外に出ないせいでバランスが崩れている。私はしょうがないなと思いつつ、母を心配しないでと慰めた。
私のわがままを聞いて受け入れてくれた母を無下にすることはない。
なんだかんだ私のわがままを受け入れるおじいちゃんを無下にすることもない。
だからこそ、私は四條畷に今、雁字搦めなのかもしれない。
中学で尚順と肉体関係を持つ前の私なら、不安で心配で、みんなにわがままを言って困らせただろう。だけど、今の私は何も不安がない。尚順に何も言わなくても伝わり分かってもらえるのを理解できているから心配は無い。
私が尚順の一番だから、私は私のすべきことを頑張って、尚順と結ばれる日まで努力するだけだ。
それを尚順は分かってくれている。
私の笑顔に母はホッとして、また新しい本を手にとって静かに読みだした。
父親が出かけるよと声を掛けたので、母に行ってきますと私は笑顔で言った。
外に出て車に乗るまでに空を見れば、晴れ渡って夏の青空が広がっている。暑いけれど爽やかな光景に感じられた。訪ねにいけない幼馴染の家を見る。彼が出てこないかなと考えたが、残念ながらそんな偶然は起きなかった。
用意された車に乗り込んで、四條畷の家に向かう。今日の夜の付き合い他のための打ち合わせと、また各地方へ移動して懇親に顔を出すためのスケジュールと荷物の確認だ。
面倒だが、仕方がない。一番大変だったのが海外に出掛けたときなので、マシな方だろう。
まだまだ夏は終わりそうになかった。
次話は明日18時更新予定です。
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