第十一話 お、お友達でして
一年生の学級委員長のランチミーティングは、一年生の教室がある階と同じフロア内にある。十組を通り過ぎていく中で、鳳蝶と並んで歩いていると時折彼女に向かって女子生徒が立ち止まって挨拶していく。彼女は簡単な挨拶だけで済ませて、足を止めないが挨拶をしてきた女子たちは気にした様子でもなく、嬉しそうに俺たちを見送ってくれる。少しだけそんな対応に、相手の女子と鳳蝶の関係に壁というか距離を感じてしまった。気さくな友人ならお互いすれ違って挨拶するだけだろうし、仲が良いのならば鳳蝶も立ち止まって挨拶して軽く一言二言言葉ぐらい交わすのではないだろうか。しかし、彼女たちの関係は少しだけ上下関係というか、そういう物で構成されているように見えてしまったのだ。
鳳蝶はそんな流れに慣れているのか、何も言わないので俺は少々訝しげな気持ちになりながらも深く聞くことはしなかった。
隣に歩く鳳蝶が風呂敷に包まれたお弁当を持っているため、代わりに扉をノックしてから入室する。代わりに持つと言っても、実際に食べるまで渡せませんと鳳蝶が譲らなかったから受け取れなかったのだ。
「一年二組学級委員長の折川です」
「同じく住道です。こんにちは」
鳳蝶が優雅にお辞儀をするので、俺の拙い動きが目立ってしまったように感じる。こういう部分は莉念と一緒に居る時によく自分が足りないのを自覚することがあった。莉念の仕草はいつだって流れるように美しい。
一年生は全体で十組まであり、すでに半分以上の12人ほど席に座っていた。さらにランチミーティングを企画した生徒会役員の学生二名が四角で構成された席の一番目立つ場所に座っている。身につけているリボンとネクタイの色が一年生の臙脂ではなく深緑なので三年生であり、入学式後の部活動紹介で司会を受け持っていた会長と副会長だ。
座る場所について組ごとに決まっており変に迷わずに済むのでありがたい。
「こんにちは、僕は生徒会会長の真桐だ」
「私は生徒会副会長の永井よ」
「「よろしくお願いします」」
改めて返事をしてから、二組が指定されている席に座る。楚々とした所作で鳳蝶が丁寧に三段重ねで小さめの重箱型のお弁当を机の上にのせた。ぐるりと周りを見るとこちらをキラキラした目で見ている女子がガタリと立ち上がった。
「住道さんも学級委員長なんですね! 一年間楽しみになりました」
「中学の時にも良く話してくれた伊藤さんが一緒なのは心強いですわ。ありがとうございます」
「!!!!! 住道さん!!!」
感極まったように席で手を合わせる伊藤さんに俺は一歩引いてしまったが、鳳蝶は見慣れているかのように仕方ない人ですねと言った態度を見せている。心が広いなと思えば、伊藤さんに続き、たった今室内に入ってきた男性学生が他の人への対応もそこそこに鳳蝶へ声をかけてくる。
メガネをかけた少々神経質そうな顔をした彼は、伊藤さんの姿を見た時にはまたかと言った表情をしており、同じ中学出身で見慣れた光景だったのかもしれない。
「こんにちは、住道さんも学級委員になったんだね。家も含め、ぜひ一年間良くしてほしい」
「御機嫌よう、棚田さん、学生の時分として一年間、同じ学年の学級委員長としてよろしくお願いいたしますね」
「先日のパーティーでは住道さんにあいさつの機会が恵まれなかったため、このようなタイミングですが今回顔を合わせて挨拶ができて喜ばしく思っています。数少ない年の近い者同士、次は是非大きな集まり以外の機会を作りたいと」
「棚田さん、皆さん揃ったようなので棚田さんも席へ向かわれるべきだと思いますの。今日も個人とではなく全体での親睦と、私、認識しております」
「あ、ああ、そうだね。話ならいつでもできますし、今日は皆さんと親睦を深めさせてもらおう」
何か口を挟むべきかと思ったが、鳳蝶が機先を制したので俺は口を閉じる。彼女自身、俺が椅子をずらして立ち上がろうとしたのを察知したのだろう。彼女自身聡く無難な対応で終始したことで、生徒会長がニコリと笑顔を鳳蝶へ向ける。生徒会長は名乗ってから集まった俺たちを見回し、一学年全員がさっと名前を述べて行く。これで最低限、顔と名前は一致できた。
「さて、ランチミーティングを始めさせてもらおう。とは言っても、こんな形で顔と名前を一致させてもらって、お昼を食べる気楽な集まりだよ。まずは皆でそれぞれまずお昼に手をつけようか。お昼の時間は有限だからね」
「わかりました」「はーい!」「いただきます」
生徒会長に言われた一年生たちは早速お弁当や持ってきたコンビニおにぎり、菓子パンなどそれぞれのランチを手に取る。そうすれば自然と近くにいる人と和やかな会話が始まっていた。
鳳蝶も生徒会長の言葉を聞いて、早速机の上に置かれていたこじんまりとした重箱を広げた。おにぎりに和食を中心としておかずとなっており、着物が似合いそうな鳳蝶のイメージにあった重箱の中身だ。想像していたよりも普通だったので、彼女の常識を疑った自分を少々恥じる。
それを覗きこんでいた隣の三組の女子が重箱を見て口を開いた。
「わぁ、住道さんお弁当で重箱! さすがお嬢様! でも、そんなに広げたらそっちの彼のお弁当置けなくなるんじゃないですか?」
「大丈夫ですわ、私たちはこれを二人で食べるので。やはり少々多いので二人分で丁度ですわね」
「へ?」「は?」「ほえ?」
「お箸をこちらと、取皿は必要があれば使ってください。こちらです」
「鳳蝶は準備万端だね、助かるよ」
「お、お弁当は家の担当がほぼ作ったので、私は別に」
照れ照れとする鳳蝶から受け取った箸で煮物を取皿によそってから、食べやすくされた一口サイズの小さなおにぎりを食べる。小さいながらもしっかり中身が入っており、梅の味が口の中に広がり俺の食欲をさらに肥大させる。
煮物はごぼうの歯ごたえが程よい硬さをしており、技術の高さを感じられる。卵焼きを取ろうとしたら、俺と同じように取皿に煮物を取っていた彼女の動きがピタリと止まった。
俺はしっかりそれを見とがめたが、気づいていないふりをして卵焼きを口にする。だし巻き玉子は出汁の味がふんわり香る。重箱内の他のおかずのレベルが高すぎるせいで見た目について比較するとあたかも荒があるように見えてしまうが、これが通常のお昼に出てきたら高いお店で買ってきたのかと信じてしまうだろう。
お嬢様な鳳蝶が作ったと素直に信じがたいが、彼女の緊張を見ればそんなことはありえないだろう。俺は食べ終わったから、彼女へ顔を向ける。
「だし巻き玉子、美味しいな。好きな味だ」
「あ、ありがとうございます」
「ああ、あ、あのー、住道、さん」
「はい?」
ようやく時間が動き出した人たちの中で、勇気ある女子が手をまっすぐ上げながら鳳蝶に質問を投げかける。小さく囁いていた周りも静まりかえりごくりと唾を飲み込む音さえ聞こえてきそうだ。
「お隣の彼とはどのようなご関係で?」
周りが勇気ある女子を唖然として見つめた。俺ももう少し違う聞き方があると思う。ストレート過ぎるのだ。鳳蝶がこちらをちらりと視線を投げかける。俺のスタンスは変わらないので彼女に任せると頷くと、伊藤さんがひょぇひょぇぇぇぇという謎の声を上げていた。
彼女は問題ないと言った具合で、口を開こうとして名前を言い慣れてないのか一瞬詰まった。
「ひ、……。尚順さんとはお友達です」
「キャーーーー!」
そんな風に少し恥ずかしそうに鳳蝶が言ったために、思い違いした女子から一斉に黄色い声が上がる。俺は騒ぎが落ち着くまで少々時間がいるだろうなと、だしまき玉子を追加でもらって、他の煮物などもついばんでいく。
こんな姿は幼馴染と冷たく応えるだけでピシャリと切り捨てる莉念とは全く違う態度だ。
「あ、住道さん、ど」
ランチ開始前に鳳蝶と話していた棚田さんが口を開いても、立ち上がって鳳蝶の近くへ寄ってきた女子たちにかき消されてしまう。
「住道さん、まだ入学してから二日目だよ!? もしかして前から知り合いだったとか!?」
「え、えぇぇ、まさかまさかこれがお嬢様の許嫁とかじゃないかしら!?!?!」
「な、なんてことなの!?」
「一年生は賑やかで良いですね、会長」
「ああ、そうだね。ぜひとも仲良くやってほしいね」
そんな喧騒の裏で同じ形で色違い弁当箱を並んで食べていた生徒会長と副会長はそんな呑気なことを言っていた。鳳蝶が箸を持ったまま、すごい熱意で来る女子におろおろとしながら、彼女たちの質問にうまくあしらいが出てこないのか、素直に答えていってしまう。
「いえ、その、尚順さんとはですから、お、お友達でして」
「お互いのことは名前で呼び合ってるんですか!? いつから!?!? ぜひ!?」
「あのあのあの、き、昨日の夜、電話をしている時に」
「キャーーーーーー!!!」
周りがきゃっきゃきゃっきゃと盛り上がり鳳蝶への追撃がわずかに緩んだこと、彼女はこちらへ少々困った顔を向けながら
「ひ、尚順さん、助けて下さいまし」
「女子は鳳蝶に聞いてるんだし、おまかせするよ。だし巻き玉子をほとんど食べてしまってごめんね、とても美味しかった」
「え、その、尚順さんの口にあってほんとうに良かったですわ」
「キャーーーーーーー!!」
美味しかったというと鳳蝶は嬉しそうに口元を緩ませる。彼女がそんな態度を見せるせいで、小柄ながら力強く割って入った伊藤さんが周りの黄色い声に負けじと大きな声を出す。
「もしかして、住道様が作られたのですか!?」
「あの、その」
と、顔を赤くしながら、言うつもりはなかったので口に出したくないけど、咄嗟に別の言葉が出てこない彼女が困っている。
俺は箸をおいてから、しっかり声を発するために腹に力を入れた。
「鳳蝶が困っているので、一旦落ち着いてくれないかな」
「キャーーーーーー!!」
落ち着くと期待していた鳳蝶が、またさらにヒートアップした周りの女子にどうして? と言った具合で、どうしましょうどうしましょうとつぶやいているのを、俺も無理だよねと苦笑いして、彼女らが落ち着くのを待つのだった。
次話は明日18時更新予定です。
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