87話 春日野「彼氏に喜んでもらいたい」
春日野side
「撮影旅行先の変更?」
終業式前の部活日、私は写真部の部室に顔を出したらいきなりそんな話題になった。旅行先は山の予定だったのに、コテージなどが併設されているホテルのある海に急遽変わった。
「どうしたんですか?」
「そのね、尚順君がいい場所を見つけたので行きませんかって。すごく説得されてね」
内心で嫉妬に燃えながらも愛想笑いを向ける。
いつ頃だろうか、部長は自分が尚順の恋人だとあけすけな態度で示すようになった。事実そうなんだろうけれど、それまでは線引きしていたはずだ。部活動では写真部の部長として、プライベートな関係をあまり持ち込んでいなかったと思う。
尚順もそれに文句を言わず、仕方ない人だなという眼差しをするだけだ。私はそれが不愉快だった。良い先輩だと思ったのに、どうしてこんな事をするようになるのか。
けれど、嫉妬に燃える毎に恋人の目を盗んで、尚順にキスをねだると気持ちよかった。あの四條畷を遠巻きにしながら、今恋人は私だぞと内心で思っていたのと同種の優越感と気持ちよさだ。
「私としてはほぼ部費から出るし、結局泊まる場所も詳しく決まってなかったので、構いませんよ」
「春日野ちゃん、良かった! ありがとう!」
屈託のない笑みを浮かべる部長にゾクゾクする。しかし、今度はもじもじと言いにくそうな顔をしていた。どうしたんだろう。
「どうかしたんですか?」
「その、ね。海だから、水着が居るけど、大丈夫? 山に行く前提だったから、水着が無いなら出費になってしまうんだけれど」
「ああ、なるほど。買ってきますよ。今教えてもらって良かったです」
「本当に良かった。よろしくね、春日野ちゃん」
「せんりにも言わないとダメですね。俺から伝えておきます」
尚順が今日来れないと言っていた井場さんに伝えるとするりと割り込む。私は言わなくても良いんじゃないかと思うけど、兼部してくれているからと尚順は、あの子へいやに優しい。
だが、目の前にいる尚順の恋人である部長は、にこやかな笑顔でそんな彼へ答えた。
「そうだね! よろしく」
自分から伝えるって言わないんだなと思った。
「それじゃあ、今日は夏休み前最後の校内撮影と行こうかー! 実は運動部でちょうど三年生が引退の部活から、最後の記念撮影を頼まれてるんだ」
「えぇ! そんな大事なことならもっと早く言ってくださいよ!」
私がそんな不満を口にすると、ごめんごめんと部長は気楽に言う。今日もちゃんとカメラを持ってきてよかったと私はホッとして、部長の先導に従って進む。
夏の廊下は蒸し暑く、私はじわじわと汗が流れてくる。炎天下の下で今日も運動部が活動しているのがあまりにも眩しい。
部長たちに話しかける。
「運動部が眩しいです」
「そうだねぇ。でも、写真部だってやる時はやるんだよ? 炎天下の中、撮影を」
「かなり体力勝負ですよね。しかも、日差しが強いから自由な光源でもないし」
「でも、光が強い分、モデルが映えるんじゃないかな。春日野ちゃん、モデル頑張ってみる?」
「ただただ制服で汗だくの姿を写真に撮られると恥ずかしいので、ちょっと困ります」
「うーん、たしかに。それだと私もいやかなぁ」
私と部長の意見が一致したところに、寂しげに笑う尚順がカメラを持った。
「夏休み前の大事な写真部の活動ですし、華実先輩と春日野の写真撮りたかったんですけど、ダメですか?」
私と部長が顔を見合わせる。私は迷ったが、恋人という立場の部長に躊躇は無かった。
「尚順君が撮りたいなら私は構わないよ。大切な思い出、だもんね?」
わかり合っているという態度が羨ましくて妬ましさがあった。私も遅れて尚順に許可を出した。
「私も大丈夫だよ! でも、汗だくでへろへろなのは撮らない、で!」
「いや、それも活動頑張った姿だから、写真に残すのが大事じゃないかと思うんだけど」
「尚順君、女子の気持ちを考えて」
「すみません。でも、二人共綺麗だから、どんな姿でも写真に撮りたいんですよ」
こんなセリフを恥ずかしげもなく言える尚順に顔が自然と熱くなってしまう。外で活動する前に私達を熱中症にするつもりだろうか。ちらりと見れば、部長さえいきなり言われたせいか顔を赤くしていた。
だけど、私と違うのは、冗談はやめたまえと、尚順を指でつっつきながら笑い合えるところだろう。羨ましかった。
だけど、私はまだその立場になれずに居る。
運動部の部員たちに声をかける。待ってたぞという反応を見せて、グラウンドの一角にあつまった。私達が声を掛けるとデレデレと集まるのだが、尚順が声を掛けると途端に動きが悪い。尚順はそんなの慣れていると言った具合で、お願いしますとぺこぺこ頭を下げていた。
「それじゃあ、撮りまーす!」
ようやく写真に収まる範囲に部員たちが並んだ。尚順の掛け声に、イラッとしていた男子学生たちも笑顔を向けている。あの男子は同学年で中学に居たなと、なんとなく思い出すことが出来たのは、尚順とよく近くにいた人だからだろうか。
近くに居たが、仲が良かったという記憶はない。
真剣な表情の尚順の横顔を見ていると、カッコ良かった。私はぼーっとしていて、少ししてから気づいた。自分はきっとこんな顔をしているのだろうと、部長を見て理解した。
終業式が終わり、私は一人買い物へ向かう。水着を買っておこうと思ったからだ。今手持ちにあるのは、中学時代に授業があったスクール水着しかない。
……中学三年生で尚順と付き合い出したのが、夏だったら私はきっと水着を買っただろう。
最近濃いと思っていたが、よくよく考えると尚順と出会ってまだ一年経つか経たないかだ。私の人生の十六年で、たった一年の方が小学校から中学二年生よりも遥かに人間らしく生きている気がした。
好きになって、傷ついて、なのに彼にたくさんもらっている。
ぼやっと生きてきた中学二年生までの私が、中学三年生からの自分を見たらきっと笑ってしまうだろう。
店員がすすっと私に近寄ってくる。昔なら逃げ回っていた。尚順とのデートで尚順が店員と話すのになれさせてくれた。だから、私は笑顔で尋ねる。
「彼氏に喜んでもらいたいんですけど、おすすめありますか?」
尚順に私を見てほしい。ドキドキしてほしい。そのために私は頑張ってしまう。
100話分に該当する部分まで連載できました。モチベが続いているのも、読んでいただいた皆さんのおかげです!! まことにありがとうございます。
次話は明日18時更新予定です。
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