第十話 私のお弁当を一緒に
朝のランニングをしていると、犬の散歩をしていた唯彩さんに出くわした。彼女が嬉しそうに手を振る姿は彼女の隣で俺に駆け寄ろうとする柴犬のコンタロウのしっぽの動きとよく似ており頬が緩んだ。
明るい挨拶をお互いに交わして、俺は走るペースを落として彼女に合わせる。散歩のペースが上がったからか、コンタロウの動きが軽快になっていた。トントンと飛び跳ねるように俺たちの前をコンタロウが歩いている。
「ランニング中にごめんね! ペース早くてびっくりした!」
「距離を伸ばさずに日課にしてたら、少しずつ速くなっていったんだ。散歩ルートはいつも一緒なの?」
「そうだねー。コンタロウに任せてると、今はもう一緒の道が多いかも!」
コンタロウが呼んだ!? といった具合にこちらをちらりと見て来たので、唯彩さんが可愛いかわいいーと言うと満足したようにまた前を向いて俺たちを先導していく。
いつもとは異なるルートになったが、途中で曲がればいいだろうと決めた。
それから彼女と雑談しながら短い距離を一緒に軽くジョギングして途中で別れる。彼女は名残惜しそうにしたが、日課のペースを守らせてほしいといえば、素直に引いてくれた。彼女ともっと仲良くしていくのは大事だと思うが、この日課を緩めたりするのは違うのだ。なぜなら。
景色が流れていく。色合いだけが変わり続けるこの道を俺は今日も走り抜けた。
家に戻る途中でちょうど門から出てきた幼馴染の莉念の姿があった。速度を落として、彼女に挨拶をして立ち止まる。
「莉念、おはよう」
「尚順おはよう。今日は、いつもと一緒なんだね」
「今日はイレギュラーが特になくペースを守れたからな」
「そう。じゃあ、お先に」
彼女はそう言って、そのまま目の前に止めてあった黒い車に乗り込む。中学までは普通の学生のように通学していたが、高校に入ってから両親からの指示で行き帰りともに車になったと彼女から言われている。
これも中学から変わった部分だ。運転手は昨日の夜に会った女性とは別の、もう少しだけ若い女性だった。女性だとは思うが、服装はパリッとしたスーツを着用して、綺麗と言うよりはかっこいいと表現するのがピッタリな女性だった。彼女は俺を見てから小さく頭を下げて、莉念を後部座席に載せた車を発進させる。
車を見送って、俺も学校に早く向かうためにさっさと自宅に戻った。
少々早い朝の学校はまばらな人の声があたかもいたずらな妖精が小さく騒ぎ立てているような雰囲気を作り出していた。教室までの道のりで、人が集まった近くを通れば会話を盗み聞きするような状態になり、そして最後まで聞き届けること無く俺は通り過ぎていく。
あの子かわいかった、昨日見かけた先輩がかっこいい。八組の男子が、等など。そしてそれ以上に踏み込んだ下世話な会話、思い思いに形成されているスクールカーストについて。俺にとっては立ち止まる必要はなく、歩み進めば雑音は置き去りにされていく。
三階にある一年二組の教室に入れば、すでに鳳蝶が席について静かに本を呼んでいた。朝の日差しを柔らかく受ける鳳蝶の姿は、そこだけ切り取られた絵画のように麗しく朝の教室に飾られている。背中に持ったバッグの中にあるカメラを構える許しがあれば、一枚撮影していたことだろう。しかし、それは流石に非礼すぎる。俺はアーティストなカメラマンではない。
「鳳蝶おはよう。昨日は遅くに電話ごめん、しっかり眠れた?」
俺があいさつの声をかけると、彼女はゆっくりと本にしおりを挟んでパタンと閉じて、にこやかに俺を見上げてから口を開いて素っ頓狂な声を発した。
「お、おぉお、おっ! おは」
「お?」
俺が首を傾げると、彼女自身も自分が発した声にひどくびっくりしたようで恥ずかしげな表情をしてから、仕切り直す。
「こほん。おはようございます。ええ、睡眠をしっかり取るのは大事ですから。そちらこそ遅い時間でしたが、ひ、尚順さんはしっかり眠れましたか?」
「分かるな。睡眠不足だと簡単なことにも手が止まって考えないと動けなくなってしまうから。俺は今日も日課のランニングをしっかりこなせるぐらい眠れたよ」
「そ、そうですか」
鳳蝶は俺の返答にちょっとだけ拗ねたような表情をしてから、すぐに昨日からよく見る落ち着いた表情を浮かべる。俺は鳳蝶に思い出したように話した。
「今日は学級委員の係の仕事だと、学年内でのお昼に顔合わせがあるんだよね」
「ええ、そうですわ。放課後ではなくお昼休みに顔合わせと言うのは、変わっていますわね」
「そうだね、放課後のほうが自由な時間がありそうだけれど」
「私は放課後に茶道部へ行きますので、終わる時間が明確でない集まりで埋められるよりは助かりますの。ところで、お昼のお弁当は用意されましたか? ランチミーティングという体で親睦を深める形らしいですけれど」
「昨日の今日で急に親へお弁当は頼めなかったから、お昼休みの前にコンビニか購買にあるパンでも買っておこうか考えているんだ」
俺の言葉に鳳蝶が少しだけ会話を途切れさせて、おずおずと言った具合で口を開いた。
「その、お弁当を頼んだら私の家の者が少々多い量を用意してしまって。よろしければ、私のお弁当を一緒にいかがですか?」
「それは助かる。よかったらご一緒させてほしい」
「! 良かったですわ! 私一人で食べきれなくなってしまうのを残してしまうと申し訳ないですもの」
「こちらこそ鳳蝶の家のお弁当なんて、期待しかないからありがたい」
「そ、そこまで期待されてしまうと。い、至って普通ですのよ?」
「住道鳳蝶」の至って普通はきっと普通じゃないだろうと、心の中だけで言いながら俺は彼女が読んでいた本についての話題や朝のニュースについて話す。鳳蝶は家のこともあり時事についてもチェックしているようで、俺の見聞きした内容について鳳蝶自身がさらに深掘りしたことや意見なども交えて話してくれる。それで高校生らしからぬ話題で花を咲かせたのだった。
少しだけ余裕のある時間に登校した唯彩さんが混ざってきた時には俺たちの会話について大人っぽーという感じで流して乗れてこなかったので、俺たちが彼女の好きなものについて知ろうと話題をもらうことになった。
特に彼女はドラマを見ることもあるが、合わせて動画サイトで可愛い犬の動画を見るのが最も好きだというのを力強く説明し、鳳蝶が柴犬のコンタロウの画像と動画を時間いっぱい見せられて柴犬の可愛さを唯彩さんから説かれていた。
次話は明日18時更新予定です。
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