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店員が人を襲い始めていた。周りの人が取り押さえようとしていたが一人なのにも関わらず、引き剥がせないようだった。
異常は次の瞬間だった。地面にへと赤いものが散布されたのだ。
頭が真っ白になった。音と視界が消えた。
「こっち」
どうやら足は動いてくれたようで、美羽に引っ張られ、建物へと逆戻りすると来た方向も含めて、悲鳴がちらほら聞こえることに気づく。
夏代子も私と同じように動けてなかったようだが、美羽に引っ張られる。
「この先の非常階段は防火扉になってたはず。とりあえずそこまで逃げよう」
流石美羽。頼りになる女ナンバーワン。
おおよそ目の前に見える防火扉までは十数メートル。見通しのいい直線で、私たちを遮るものはない。
しかし、背後には2、3人ほどが追ってきている。明らかに様子がおかしく、まるで私たちを追いかけてきているようだった。
「未来、夏代子。先に行って。私が食い止める」
私たちを引く手を離し、反対の方向へと駆ける美羽。あまりの一瞬のことで止める暇さえなかった。
だから、私も防火扉を閉める準備も兼ねて、急ぐことにした。
夏代子はもう体力が尽きたのか、少しゆっくりになっている。だから、美羽も足止めに行ったのだろう。
防火扉というよりは防火シャッターも含まれていた。たしかにここの階段は入り口が大きかった。
夏代子が防火扉をくぐるのを確認し、美羽の援護へと向かう。
振り向いて、美羽の方を見ると1人は倒していて、残りの2人もうまく相手をしていた。
「あとは美羽もこっちに来て!」
その言葉を聞いた美羽は、1人に回し蹴りを決めながらこちらへ振り向く。
「オーケー、今行く...!」
その言葉をちょうどいい終えた瞬間に美羽の表情は一転し、視線が私ではない方に向く。視線は下へ床の方へと。遅れて床を見ると美羽の足には手がかけられていた。さっきの倒れていたはずの人喰いだ。
「美羽ッ」
慌てて美羽の方に駆け出すとともに、美羽のあまりに小さい悲鳴が聞こえる。人喰いが美羽の靴の上の部分、弁慶の泣き所の反対部分に嚙みついていた。
衝撃な光景を前に頭は上手く働いていないようだった。気づくと、噛みついていた人喰いに思い切り、蹴りを入れ、美羽を起こしていた。
いうてもゴールまでは10数メートル。肩を貸しても十分にたどり着くことのできる距離。焦らなくても大丈夫。間に合う。逃げ切れる。
数歩歩いただけのところで肩の重みがふっと軽くなる。同時に耳に入ってくる呟き。
「ごめんな。守ってやれなかったわ」
背中に軽い衝撃。勢いで歩みが進む。と、同時に悪寒が襲い掛かる。
振り返る。美羽は数人の人喰いへと飲まれこみかけていた。すでに体の半分が人喰いに隠れ、その顔は印象的だった。苦しい顔をしつつも、私に微笑みかけ口だけで「逃げて」と伝えてくる。
私は何も出来なかった。美羽の最後の言葉に突き動かされたのか、体だけは防火扉へと向かっていた。
扉にはたどり着いた。
しかし、開かない。ガチャガチャとドアノブを引いたり、押したり。
「夏代子。開かないんだけど、そっちから開けてもらえる?」
嫌な予感が頭をかすめながらも夏代子に助けを求める。防火扉を挟んでいるからか声は聞こえにくかったが私の耳には確かに聞こえた。
「無理無理無理無理。だって開けたらあいつらが入ってくるんだよ。無理無理無理。それに」
まずい。あいつらが私に近づいてくる。本格的に間に合わない。
「美羽も未来もずるいじゃん」
?
「私の好きだったサッカー部の先輩。私じゃなくて未来が気になっているんだって。しかも、よりにもよって私に取り持ってほしいとかいうんだよ」
?
「美羽だって、剣道部だけじゃなくてもたくさん告白を受けて、全部断っているんだよ」
肩に手が届いた。届かれてしまった。
「ずるいじゃん。死んでよ」
あぁ、友達だと思っていたんだけどなぁ。
肩の手を振り払うと同時に振り払った手に痛みを感じた。どうやら嚙まれたらしい。いや、すでにどうでもいい。早く終わらせてほしい。まだ、夏代子は恨みつらみがあるのか声は聞こえるし、段々ヒートアップしているのか声も大きくなっている。
「いやぁぁあああ。来ないで。こないでぇえええぇ」
薄れゆく意識の中、夏代子も襲われているのだろうことを察した。