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六話


 ヘクトールさんの話を聞いてから数日。

 楽しみにしていた人物は待てど暮らせどやってこない。

 正直どんな移動販売をするのか、どんな物を売るのか楽しみにしていたので非常に残念である。


「訓練の途中で考え事なんて余裕ですね」


「いや、そんなつもりは、っうおう!?」


 気付いたら足を払われ、宙を待っていた。

 エメリーさんの脚が見事なまでに美しく俺の足を刈り取り、空中で一回転。

 そんなに痛くはないのに人間ってこんなに回るものなのかと驚き、そのまま地面に叩きつけられて悶絶する事になる。

 出会った日の足払いを思い出すよ。


「いっ~~~!?」


 背中を強打した痛みで言葉にならない悲鳴のような息が漏れる。


「なんというか……ハルさんは身体の動かし方がまるでなってないですね。 戦いの無い世界で育ったならそうなるんでしょうか?」


 悶える俺を見て溜め息をつくエメリーさん。

 木剣をポイッと投げ捨て隣に座って、背中をさすってくれる。

 誰かに背中をさすってもらうなんていつ以来だろう。

 なんかちょっと嬉しい。痛いけど。


 そもそもなんでこんなことをしているのか。

 理由は簡単で俺が弱いから。

 それなのにアロスフィアさんやエメリーさんにとって有用な能力を持っている。

 万が一、何かに襲われた時に自衛の手段を持たなければ折角の能力が失われてしまう。

 ということでエメリーさんに木剣を渡されて昼の日も高い時間からこうして中庭で訓練……の前の前段階で基礎を確認されていた。

 結果、酷い有り様である。


「殴り合いのケンカもまともにしたことないんだからこんなもんですよ。 しかしエメリーさんはすごいですね。 なんというかぶれないって言えばいいのかな?」


 何をしても体幹が揺れないというか、まるで岩のように動かず、かといって攻撃に対してはまるで空を切るようにすり抜ける。

 剣道の試合を見たことはあるけど、素人目に見てもそんなレベルじゃない。

 

「あら、そういうことは分かるんですね。 私は魔法がまともに使えなかったので、とにかく剣の腕と身体を鍛えぬきましたからね。 まだまだ道半ばではありますがそこには多少の自信はありますよ」


 ちょっと得意気なエメリーさん。

 剣の腕か。誇れるものがあるのはちょっと羨ましいな。

 ……俺が誇れるものってなんだろ。知識はそんなに無いし、何か趣味があったわけでもないから特筆すべきものも無い。

 うわー、なんか恥ずかしくなってきたな。

 せっかく異世界で再出発してるんだし何かしら見つけたいな。


「……エメリーさんは格好いいですね」


「あら、突然どうしたんですか?」


「いや、なんというか自分に芯があるというか。 信念っていえばいいのかな? ぶれない自分を持ってるみたいで格好いいです」


「……あまりそういうことを言われたことはないのですが、思ったより嬉しいものですね」


 いやそれは嘘だろ。

 アロスフィアさんもエメリーさんも超絶美人な上にたぶんめちゃくちゃ強いじゃん?

 そんな二人はこの世界でも普通に憧憬や崇拝されるに値しそうだろ。

 流石に格好いいくらいはめちゃくちゃ言われてるだろ。


「……答えにくいかもしれないと聞いていいですか?」


「ものによっては答えませんが、どうぞ」


「ここに来て思ったんですけど、ここでの生活ってなんというか人との関わりと隔絶してるような気がするんですけど……もしかしてお二人、いやアロスフィアさんは人との関わりが嫌いなんですか?」


「……本当に真っ直ぐに答えにくい事を聞いてきましたね。 答えはどちらとも言えませんね。 スフィア様は人間を嫌っている訳ではありませんが人との禍根が無いわけでもありませんし。 とある理由で人との関わりが難しいのです」


「とある理由?」


 今のところ接していてもなんの不自由も無いけど。

 美人すぎて直視出来ないなら分からんでもない。

 ジッと見つめているとこっちの心臓がどうにかなりそうなくらいにドキドキするからな。


「貴方にはどうも効いていないようですが、スフィア様にはとある呪いがかかっているのです」


「え? 呪い?」


「あらゆる生き物に嫌悪される呪いです」


 少し寂しそうな表情を見せるエメリーさん。

 あらゆる生き物に嫌悪されるって……なんだその理不尽な呪い。

 いくらなんでも陰湿すぎるだろ。

 誰も近寄れないんじゃないか?

 

「……胸糞悪い呪いですね。 どうにか呪いを消せないんですか?」


「スフィア様もあらゆる手を尽くしたけれども無理だったそうです」


 思っていた以上に重い話だった。

 正直自分の世界の感覚で話していたから、そんな理不尽なものだとは思ってもいなかった。

 ちょっとした人嫌いとか、差別程度なら時間が解決してくれるかもしれないけど、呪いなんて訳の分からないものだと対処のしようがない。

 

「あれ? それならエメリーさんやスレイプニル達はどうして大丈夫なんですか?」


「ああ、それは私もスレイプニル達もアロスフィア様の造った物だからです。 私はホムンクルス、スレイプニル達もそうです」


 ホムンクルス?

 なんか漫画やゲームなんかでたまに聞く言葉かな。

 たしか錬金術で造られた人造生命体だっけ?

 生物として分類されないから呪いは発動しないってことかな?

 ……どう見ても人間だしスレイプニル達もどう見てもちゃんとした生物っぽいけど。


「そうなんですね。 だとすると俺に効かない理由はなんでしょうね? 俺は普通にアロスフィアさんもエメリーさんも嫌いじゃないですよ」


「……これはスフィア様とも話していたのですが、貴方が違う世界から来たからではないでしょうか? スフィア様に呪いをかけたのは一柱の神ですから、アレの力の対象外だからかと」


「え、神様? アロスフィア様って神様と敵対しているんですか?」


 ちょっと予想の埒外の言葉に頭が受け入れるのを拒否してるんだけど。

 この世界神様なんているの?

 ただの宗教の偶像じゃないの?


「ええ。 この世界の根幹に関わる神は多くいるのですが、その内の一柱が暴走した時にスフィア様が倒したのです。 しかし死の間際にスフィア様に呪いをかけられたのです……忌々しい」


 なんか話が壮大すぎてもはや想像もつかないけど……その話でいくとアロスフィアさんって神様より強いってことか?

 あんな儚げな美女が?なにそれ怖い。

 強いんだろうとは思ってたけど神様より強いとかもう次元が違うし想像もつかないんだけど。

 

「……うん。 俺のキャパオーバーなので一旦この話は終わりしましょう! 頭が剥げる!」


「そうですね。 私達はいくつかの神と敵対していると覚えていていただければ結構です」


「了解しました……あと一個気になったんですけど、エメリーさんやスレイプニル達はアロスフィアさんが造ったホムンクルスなんですよね? 他にもホムンクルスっているんですか?」


「ええ、私のような人型が他に三人ですね。 今は皆外に出ていますが」


「へー……どんな方達なんですか?」


「一人は女好きの変態。 一人は酒にしか興味のない酔っぱらい。 一人は魔法バカです」


「いや言い方」


 めちゃくちゃ毒混じりの言い方だな。しかも全員一言ずつの紹介なのにろくでもない連中だとすぐ分かる。

 アロスフィアさんが造ったからといって皆同じような性格って訳じゃないのか。

 俺もそこそこ程度ならお酒は好きだし酔っぱらいさんとは仲良くなれそうだけど。


「お屋敷にはいないみたいですけど、離れて暮らしてるんですか?」


「変態は町の人に手を出しすぎて追放されました。 酔っぱらいはここから少し離れたところでお酒造りに勤しんでますね。 魔法バカはイプセム魔法学園で講師をしつつ魔法の研究に明け暮れています」


「なんか一人だけどうしようもない人がいますね」


「ええ、容姿も実力もあるだけに厄介事になりやすくて。 一度貴族の娘との火遊びで、娘が本気になってしまいスフィア様をも巻き込む大騒動に発展してしまいましたから」


 うわぁー……俺仲良くできる自信ないなそれ。

 それと大騒動がどうなったのかちょっと気にはなる。

 ちゃんと解決出来たんだろうか。


「……とても個性的ですね。 でもちょっと意外でした。 ホムンクルスってなんというか創造主に仕えるイメージでしたから皆独立させてるのは予想外でした」


「確かに私達は特殊ですが……? ハルさんの世界に魔法は無いのでは? なぜホムンクルスが分かるんですか?」


「えーっと……なんて言えばいいんだろ? 漫画とかゲームっていう、空想というか妄想というか。 まあ非現実的なものとして魔法や錬金術とか魔物はいたんですよ。 現実には存在しないけど情報はある、みたいな?」


「そんなことがありえるのでしょうか?」


「そう思いますよね。 俺もこの世界に来てちょっと戸惑ってます。 あっちでは神様は崇められていても誰一人その存在は知らないから、ぶっちゃけ神様なんていないと思っていたので、さっきのエメリーさんの話も想像も出来ない話なんですよね」


 日本人だと宗教に興味ある人なんて少なくとも周りではまったくいなかったからな。

 せいぜいクリスマスで騒ぐくらいのもんだ。

 実物の神様ってどんな存在なんだろうか。

 怖いのは勘弁してほしいけど。


「ハルさんのいた世界はなんというか……不思議な場所ですね。 魔法もない、争いもそれほどないし魔物もいない。 だからハルさんはそんなに穏やかというか危機感を抱かせないんですかね」


「そんな風に見えます?」


「ええ。 今まで見た人間の中でも一番危険を感じません。 赤子みたいです」


「…………それはどうなんだろう」


「良いことですよ。 私は……私達は争いを好みませんから」


 エメリーさんが微笑んだ。

 それはいつもの表情の薄いエメリーさんからは想像出来ない程に穏やかで、優しくて、普段の表情が仮面だったんじゃないかと思うくらいに綺麗な笑顔だった。

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