五話
魔道書からスマホを手に入れて数日。
色々と分かったことがある。
ある程度使うと実績解除というか経験値でレベルアップというか、まあそんな感じで使える機能が少しずつ解放されるようだ。
菓子パン系を購入していたら野菜の項目が拡張された。
スマホに健康を気にされたんだろうかと思ってしまった。
次に購入限度個数。
一度に購入できるのは種類に関係無く総数十個まで。
そしてクールタイム。
これは今のところ十二時間固定のようだ。
ルールのせいでもどかしい部分もあるけど、元の世界との繋がりを感じさせるこの魔道書によるスマホくんの存在は非常に嬉しいしありがたい。
実際に前の世界の文明の利器が使えないのは現代っ子な自分には辛いものがある。
と言うわけで生活を潤すために色々と購入して機能を拡張させたいので買うものも検討しているのだけど、十個という制限の中で取り分がアロスフィアさんが五、エメリーさんが四、俺が一しかない。
アロスフィアさんはとにかく甘い菓子パン。甘味は麻薬足りうるというけどまさにそれ。
アロスフィアさんの血糖値大変なことになりそうなのだけど、本人曰く絶対に病気にならない身体らしいのでそれを信じよう。
エメリーさんはお肉とたまに甘いもの。
リブロースステーキがとてもお気に入りらしい。
必ず一枚は購入される。
皆喜ぶ万々歳のこのスマホなのだが、実は一つ問題がある。
チョココロネ一個三百円でも思ったのだけど、相場が頭おかしいぐらい高いのだ。
例えばアロスフィアさんの菓子パン五個でだいたい二千円から三千円くらい軽く飛ぶ。
リブロースステーキはなんの品種か分からないけど、一枚三百グラムでおおよそ三万円。
どれも品質は最高級な気がするので味には大変満足出来るのだけど、この勢いだと恐ろしい速度で金が消えていく。
アロスフィアさんが金持ちだとしてもこの勢いで消えるのはさすがにまずいと思う。
と言うことを相談に来たのだが……。
「お金ですか。 今まであまり気にしたことはありませんでしたけど、確かに減るのに補充をしないのは問題かもしれませんね。 エメリー?」
「はっ。 地下宝物庫にある貨幣は総額でおよそ三千二百億エルク程、宝物を売り払えば時価変動もありますがおよそ五千億エルクはくだらないかと思われます」
………………ふぁ?
なにそれ国家予算レベルじゃないの?
個人で所有する額とは到底思えないし、そんな額をよく数えて管理してるね?
エメリーさん出納管理完璧にこなしてるのかな?
めっちゃ有能さんだね。見た目もそんな感じだもんね。
とりあえずこの屋敷に侵入して屋敷に殺される人間が後を断たない理由がなんとなく分かっちゃったよ。
屋敷の護りを突破してお金盗めたら一生安泰でしょうよ。
「ん? ……それ宝物って換金出来るんですか? そんな大金質屋に持っていっても質屋に金がないんじゃ換金出来ないような気が」
「え? そうなんですか? アロスフィア様?」
「……え、えっと……さぁ?」
おっとここで二人のちょっとポンコツ的な臭いがしてきたぞ。
いやあんまり人のこと言えないけど。
なんか二人からは浮世離れしたしたような感じはあったけど、もしかしてあんまりこの屋敷から外に出たことがないとか?
いやでもエメリーさんはこの屋敷の管理とか食べ物の調達とか色々とやってるだろうし、流石に世間に疎いとかは無いと思ってたんだけど。
「ちょっと聞いていいですか? 金銭管理はエメリーさんがやってるみたいだけど、日用品とか食材の買い物とかどうしてるんですか?」
「基本的には契約している商人が来て、それを購入する形です」
エメリーさんが応える。つまり町には行かないのか?
「お金とかどうやって稼いでるんですか?」
「それはほら、私が実質この町への魔物の侵入や他の国からの侵略を防いでいて、その対価を町から頂いているわ」
応えるアロスフィアさん。
なるほど。所謂防波堤の役割をしていて、その報酬で生活していると。
そう言えば町に防壁が無い理由がどうとかエメリーさんが言ってた気がする。ちゃんと聞いてなかった気もするけど。
この屋敷のなかでほとんどの事が完結してるから外に出る理由も無いのか。
…………まあ収支のバランスさえ取れていれば大丈夫か?
流石に俺が生きている間で使いきるような額ではないし。
売ってはいないだろうけど、それこそ戦闘機とか近代兵器とか家なんかを買おうとしたりしない限りそうそう減るものでもないよな?
何が買えるようになるのか分からない部分もあるし、そこは気をつけておかねば。
「……節約する程ではないですけど、あんまり使い方が荒いと心配なので程ほどにしておきましょうね」
「荒いのはエメリーだけですから。 私の菓子パンは今のままでいいですよね?」
「ず、ずるいですスフィア様! わ、私も多少安いのでもいいからお肉だけはそのままお願いします!」
なんかアロスフィアさんには絶対服従くらいのイメージだったエメリーさんがささやかな抵抗してるのが面白いしなんか可愛い。
最近この二人との距離感が縮まってきてるせいか、どうも可愛いと感じることが多くなってきた。
そして威厳のようなものが大変薄れてきている。
最初に出会った時の二人は超然とした実力者というイメージだったのに今や食べ物に踊らされる可愛い女性である。
どちらかと言えば付き合いやすい今の感じが好ましいけど。
最初のイメージのままだと緊張感と張りのある生活になって、気を引き締めるのにはいいけど精神が持たなさそうだったから。
「二人のご要望には勿論応えるようにしますけど、あんまり依存しすぎないでくださいね。 俺がいない時とか死んだ時は使えなくなるんですから」
ためしに二人に使わせてみようとしたけど、そもそもスマホに触れることすら出来なかった。
完全に俺のワンオフ能力のようで、つまり俺を殺してスマホを奪っても使えないのだ。
俺の立ち位置がこのスマホ……ひいては魔道書のおかげで出来たとも言える。
「そう言えばハルさんは何を購入されているのですか? 私達が枠を奪っているとはいえ、一種類しか買えないのですよね?」
「一種類しか買えませんけど、いま手に入るもので心から欲しいっていうものも少ないので、今はスレイプニル達が喜びそうなものを買ってます」
そう、あの可愛い可愛いスレイプニルさん達。
この屋敷に来てなかなか見かけないと思ったら、基本的に放し飼いだった。
アロスフィアさんが必要な時に呼べばいつでも来るようになっているみたいだったのだけど、俺も気を許してもらえたのか試しに呼んだら来てくれた。
特別な方法なんて使っておらず、ただ呼んだらすぐに来てくれる。一体どうやって察知しているのか謎である。
この屋敷に来る道中で仲良くなった……つもりなのだけど、彼等にはとても癒されたのでその恩返しがしたかった。
試しに高級ニンジン詰め合わせセット十本入り、計三千円のものを渡したら大変喜んでくれた。
ゆえに二回に一回はニンジンを購入して渡している。
ふふふふ……餌付けは順調だぜ。
「そういえばあの海岸から屋敷まではずっとスレイプニルと共にしていましたね」
「あの時のハルさんは汚物そのものだったので馬車にいれる訳にはいけませんでしたから」
おっとエメリーさん?その言葉のナイフなかなかの威力ですよ?傷ついちゃいますよ?
あの状況で身綺麗でいられる筈がないじゃないですかやだー。
「……あれ? そう言えば、さっき商人が来るって言ってましたよね? 屋敷に呑み込まれないんですか?」
「ああ、それは私の魔力を纏わせた許可証を持たせてますから。 許可証があれば行き来は可能なのです」
「アロスフィアさんはいろんな人から狙われてるんですよね? その商人さんが許可証目当てに狙われたりしないんですか?」
今更気になった部分である。
ちょくちょく襲いにくる人間の数を考えると、そういう手段に出る人間がいてもおかしくはないと思うのだけど。
「狙われてはいるけど、町の人達からは感謝されていますからね。 商人には町から専属の護衛がつけられています。 ヘクトールという商人なのですけど、本人も強いですから狙われてもまず負けることはないでしょう」
ヘクトールさんか。
どんな人なのか分からないけど、エメリーさんが強いって言うってことは本当に強いんだろう。
会うのがちょっと楽しみな反面、怖い人だったらどうしようなんて考えてしまう。
「へー……そのヘクトールさんはどんなものを売ってるんですか?」
「日用品や生活雑貨、食料品が主になりますね。 後は必要なものを毎回来る時にメモとして渡し、次に来た時に持ってきてもらう形をとっています」
なるほど。向こうの世界でいう移動販売みたいなものか。
お年寄りには便利なシステムなんだよな。その分なかなかのお値段になるけど、移動の費用とか在庫かかえるリスク考えればあんまり儲からないって話だったっけ。
この人達ならどんな値段でも普通に買いそうだな。金銭感覚バグってるもん。
「そのヘクトールさんってだいたいどのくらいで来るんですか? ここに来てそこそこ経つけどまだ来てないですよね」
「二週間に一度ですね。 何もなければ明日あたりに来るはずですよ」
「明日か。 この世界に来て三人目の出会いか。 ちょっと楽しみですね」
「あー……まあ大丈夫だとは思いますが、あんまり期待しない方がいいですよ」
人との触れ合いから離れていた俺にとって出会いは素晴らしい楽しみだというのに、なんとも歯切れの悪いエメリーさん。
アロスフィアさんもなぜか苦笑いしている。
もしかして一癖も二癖もあるような人物なのだろうか。




