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三話


 庭師に任命された翌日。

 風呂に入り普通の食事をしてベッドで眠るという人間らしい生活って素晴らしいと実感した朝。

 いったいどんな仕事をすればいいのだろうかなどと考えていたのだけど案内されたのは、最初に来た綺麗な庭園ではなく裏庭だった。

 裏庭は整えられた芝が広がり、バラに似た綺麗な花が切り揃えられた植木のようなものに咲き誇っている。

 黄金の海を思わせる広大な小麦畑は壮観だったけど、こちらも方向性は別ながら感嘆の吐息が漏れそうになる程に綺麗だ。

 どこか暗い雰囲気の中に咲き誇る血を思わせるような深い赤い色をしたバラのような華は、美しさの中に悍ましさも感じさせる。

 近寄りがたい妖艶さとでも言えばいいのかな?

 

 「さてハルさん。 貴方にお願いしたいのは、この裏庭で出てくるゴミの掃除です」


 「……ゴミが出てくる?」


 「ええ。 この庭、というよりこの屋敷全体は生きているといったら信じますか?」


 エメリーさんに案内されてこの場所に来たのだけど、一体この人は何を言っているのだろう?

 屋敷が生きている?


 「信じる……いや分かりません。 屋敷が生きているとかいう状態の想像がつかないというか」


 「まあ、ここはこの世界でも特におかしな場所ではありますね……この屋敷は悪意あるものの侵入を防ぎます。 防ぐというよりは呑み込むといった方が適切ですね」


 「呑み込む?」


 「この屋敷は町から離れた位置にありますが、こんな目立つ屋敷が防御壁も無いのに魔物の脅威に晒されていないことを不思議に思いませんでしたか?」


 「……そもそも魔物が何か分かりません。 多分俺が知る限りそんなのいなかったので」


 そんな知っている前提で話されても……スレイプニル達みたいなのを魔物っていうのかな?

 この世界独自の生き物とか勝手に思ってたんだけど。

 それともスレイプニル達とはまた別の区分として魔物がいるってことか?

 

 「魔物がいないなんて……そんな世界があるなんて信じられません。 貴方の警戒心の無さは争いが無い世界から来たからという事でしょうか?」


 「あー……まぁそうですね。 俺が住んでいた世界では、多少はまあ戦争とかも無い訳じゃなかったけど、少なくとも俺の周囲は平和でした。 殴りあいのケンカもしたこと無いですし」


 「……よい世界だったのですね」


 「どうなんでしょう。 直接的な争いは減っていたけど無くなった訳じゃないし、別の問題も色々と山積みではありました。 いやでも命の危険を感じる問題が身近には無かったから、良い世界ではあるのかも?」


 前の世界……現代日本は平和といえば平和かもしれないけど生きやすい世の中だったかと言われれば、首を傾げたくなる部分はある。勿論生命の危険なんてほぼほぼ無いし、やり抜く意思があれば多くの人が自分の生を全うできる世の中ではあると思う。

 でもその中で不平等に苦しむ人達も確かにいた。

 直接的な命をかけた争いが無い世界が平和なのか、と言われてもハッキリと平和だと言えないのはちょっと悲しいことかもしれないな。


 「なるほど。 世界は違っても人が争うのは常なのかもしれませんね。 おっと話が逸れてしまいましたね。 この屋敷が侵入者を呑み込むというのは文字通りこの屋敷が悪意ある者を惑わし、誘い喰らうのです」


 「……どうやって?」


 「私も具体的な方法は知らないのですが、悪意を持ってこの屋敷周辺に入れば、大半の魔物や人間は裏庭に骨や衣類を残して消えます。 貴方にお願いしたいのは遺品の整理と骨等の処分です」


「…………うわぁ」


 なにそれ。

 B級ホラー映画も真っ青な展開じゃないか。

 え、ちょっと待って。俺が来た時受け入れられ無かったら俺も骨と衣類だけになってたって事だよな?

 知らないうちに生か死かのライン越えさせてくるの止めてほしいんだけど。


「使えそうな物は回収、骨や不要な物は焼却炉に入れておいてください。 一週間に一度スフィア様が塵も残さず消し去ってくださいます」


「……それ焼却炉って言うのかな?」


「そう言われるとそうですね。 消滅炉の方がしっくりきそうですね」


 消滅炉って。

 というか塵も残さず消し去るって何それ。

 この世界にはそんな特殊な魔法みたいなものがあるのか?

 ……ありそうだな。あのアロスフィアさんへの印象ってゲームのラスボス、いやDLCの頭おかしい裏ボスぐらいのものがある。

 そのぐらいは余裕でやりそう。

 

「エメリーさんもそのぐらい出来そうなイメージですけどね」


「私などまだまだです。 私は身体能力は高いですが魔法のような繊細なものは難しくて苦手です。 使えないわけではないですが、下手に失敗したら周囲十メートルは吹き飛びますからね」


 ………………?

 なにそれ自爆するってこと?

 魔法って聞いてちょっとワクワクしたけどそんな事になるなら俺無理じゃん。死んじゃう。


「ナチュラルに話してたから素通りしそうでしたけど、この世界には魔法があるんですね」


「ハルさんの世界には魔法も無いのですか?」


「うーん……言葉はあるけど、どれも御伽噺というか想像上のものでしたね」


「魔法も使えない世界とは不便ですね。 想像もつきません」


「その代わり科学とかが進んでいて文明レベルはかなり高かったんじゃないですかね。 例えば……あの空にある星に行けたり、星の裏側にいる人ともお話出来たり」


 いざ説明しようとすると中々言葉が出てこない。

 相手に分かるように説明するとなると難しいものだな。

 医療や経済、科学なんかを口で説明しようと思うとどう説明すればいいのかまったく分からん。自分の語彙力の無さに情けなくなるばかりだ。


「星の裏側? そんな遠距離の人間と会話するなんてそれこそ魔法なのではないですか?」


「うーん、何て言えばいいんだろう? 電波を中継させてとか……よくよく考えたら詳細な方法は俺も分からないですけど、とにかく合理的な説明がつく方法で道具があれば誰でも使えるものなんですよ」


「魔導具のようなものですか。 誰でも使えるというのは便利で良いですね」


 お堅そうな表情が少しだけ和らぎ、優しげな微笑みを見せるエメリーさん。

 美人の微笑みは女性に慣れていない男には刺激が強すぎますはい。顔を直視出来ません。

 アイドルとかにはあんまり興味ない方だったけどアロスフィアさんやエメリーさんは推せるな。

 この二人になら給料の一部を捧げてもそこまで後悔は無さそうだ。


「あ、丁度いいタイミングで出てきましたね」


「え? ……うわ、あれか」


 植木の中から吐き出されるように衣類や骨、あと幅広で肉厚のナイフが飛び出してきた。

 人間の骨って火葬場で二、三度見た程度で慣れていないから違和感が凄い。特に骨は焼けてもいないし形も綺麗に残っているからなんとも生々しい。肉片とかがまったく付いていないのが救いか。


「俺のいた世界だとこういうナイフ……ナイフか? こういうのも見ること自体ほぼ無いんですよね」


「これは割りと一般的な護身用のナイフです。 子供でも扱えるから幅広く普及しているのですけど、ハルさんの世界では子供はどうやって身を護るんですか?」


「護るも何も、そもそも基本的に襲われる事が無いから、武器なんて大人でも持ちませんよ」


「え!? 魔物がいなくても人間がいるなら襲われることだってあるのでは!?」


「まあ、あるけどごく稀にですね。 そういう時は治安維持のための組織があるからその人達が犯罪に対応するようになってます」


「それで平和が保たれているなら……本当に凄い世界ですね。 一度見てみたい気もします」


「ははっ! その時は案内しますよ」


 この世界がどんなところかはまだ分からないけど、東京みたいな都会に連れていったらどんな反応するんだろう。

 まあ帰れないと考えた方がいいらしいから無駄な妄想になってしまうけど、夢くらい見てもいいだろう。


「さて……衣類はまだ使えそうですね。 ナイフと衣類、財布は回収。 骨を焼却炉に捨てに行きましょう」


「分かりました」


 分かりましたなんて言ったけどこれを触るのか。

 慣れるかなぁ……慣れるといいな。

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