二十七話
それぞれがマーケットアプリの恐ろしい程に洗練された味に魅了され、その余韻に浸っていた時。
奴はやってきた。
「聖女アルメテル! 我との婚約の話の最中に男を連れ込むとはどういう事だ!」
ノックもなく突然扉をぶち開けて入ってきた一人の男性。
パッと見た感じなんというか……普通?
軍服にも見えなくはないけど、どちらかと言うと式典とかで着用しそうな堅苦しい服を身に纏った男性。
栗毛色の髪を丁寧にオールバックにまとめているが、どうも幼い顔立ちにぽっちゃりしているせいかあまり似合わない。
服も内側から押し上げる肉のせいでパッツンパッツンである。
顔のパーツだけみるとかなり整っているから痩せれば間違いなく美男子だ。痩せれば。
突然の訪問だけどヘクトールさんやリフェル、アルメテルさんやペレグリンさんは欠片も驚いた様子を見せない。気配とかで接近に気づいていたのかな?
俺は心臓バクバクしてる。
「ニゲル殿。 関係者ですらない貴方が、来客対応中の応接室に許可も無しに入ってくるのは失礼だと思わないのですか?」
アルメテルさんの表情と言葉と態度が氷点下を下回っている気がする。
普通に怖い。
こいつが噂のニゲルか。どうやって嗅ぎ付けてきたんだ?ストーカーか?
「婚約者が不貞を働いている可能性があると聞けば夫が怒るのは当然であろう! なんだこの男は!」
「婚約者ではありません。 貴方は婚約を申し込んで断られた人、です。 私と貴方は無関係ですよ」
切り口鋭すぎる反論だけど、普通にただ振られた人なんだよな。
さすがに振られたのに気づいてない訳じゃないと思うんだけど。
あ、リフェルとペレグリンさんがめちゃくちゃイヤそうな顔してる。
たぶんヘクトールさんも着ぐるみのなかで相当渋い表情をしているんじゃないだろうか。
「我に婚約を申し込まれたのなら、答えに否など存在せん。 貴様は我の婚約者で妻なのだ。 何をこんな男を連れ込んでおるのだぁ!」
誰もが「なんだこの馬鹿は?」くらいの気持ちでいたのか反応に遅れてしまうのも無理はない。
突然俺の背後から髪を掴み、無理矢理ソファから引きずりおろされた。
こんな見た目の割に力が強い。
ていうか痛いよ!?禿げちゃう!?
「どこの馬の骨とも知れん下賎な者が! 我の妻に近寄るな!」
髪を掴まれたまま背中を蹴られ、頭と背中がとても痛い。
けど色々と経験したせいか痛みにはだいぶ強くなった気がする。
でも頭皮へのダメージは止めてほしい!
頑張れ俺の毛根!
「……貴族だかなんだか知らねぇが、ずいぶんな振る舞いだなおい。 殺すぞ」
いつの間にかククリ刀を取り出したリフェルが刃先をニゲルの首に押し当てている。
顔がめちゃくちゃ怖い。
「ちょっとやりすぎかなぁ。 私はちゃんと手加減出来るけど、その人を傷つけて怒らせたらヤバイ人が来ちゃうんだよ。 その手を離さないとぶん殴っちゃうゾ☆」
手をパンパンと打ち鳴らした後にシャドーボクシングのような動きを見せる。
素人目にみても動きがおかしい。
空間を爆ぜさせるような音がやばい。
「なんだ貴様らは。 ……いや、そっちの着ぐるみは知っているぞ。 頭はおかしいが才能はある戦う商人だったか?」
「あん? 誰の頭がおかしいって? さすがに常識の欠片もないあんたに言われたくないんだけど」
頭がおかしいの部分はちょっと否定出来へん……けど、この男よりは絶対マシではある。
腹立ったのかヘクトールさんの声がガチトーンに変わってる。
「はん、こんな男を我がどう扱おうが勝手だろう。 我はカルニゲル家の次期当主。 貴様等とでは人間としての価値が違うわ」
うそん。
この状況で強がるとかこいつなんなの。
リフェルとヘクトールさんだよ?
死にたいのか?
ニゲルがそう言い終わるや否やリフェルの手が動いた。
ククリ刀を押し当てた状態からそのまま横に薙いだ。
薙いじゃった!?
同時に頭皮に感じていた痛みが消えた。
……ああ、教会の中で殺人……クレリオ教の神様許してくれるのかな。
「あの静止した状態からの振り抜きで首を落とす一撃を放てるとは。 やるな小娘」
生きてる!
振り向くとニゲルがバックステップして避けていたようだ。
上から目線の強気な感じは腹立つけど、生きてて良かった。
というかそんなぽっちゃり体型でよく避けられたな。
俺は無理だ。
「うぜぇ奴だな。 その育った腹を魔物のエサにしてやんよ」
キレたリフェル、メチャクチャ口が悪いな。
しかしAランクとBランクを前にして動じないこの胆力……もしかしてこのニゲル強いのか?
自分が弱いのは自覚してるけどちょっとこれに勝てないのは俺、悔しいかもしれん。こんなぽっちゃりに。
「いい加減にしてください! 貴方との婚約は御断りしているでしょう! こんな所まで来てハルさんに無礼を働くなんて失礼にも程があります!」
「ハルさん……? まさか、貴様がハルだと? あっはっはっはっは! 我との婚約を断るからどんな男に傾倒しているのかと思えばこんな冴えない見すぼらしい奴だとは」
別に傾倒はされてないけど、見た目でどうこう言える立場かお前。
その腹たぷたぷして遊んでやろうか?
……と思ったけどリフェルの一撃を避けるあたり俺より身体能力は高そうなんだよな。
「貴方はそんな見すぼらしい相手よりも魅力で劣っていると理解出来ないのですか? さっさと帰ってください」
アルメテルさん?フォローするならちゃんとして?
微妙に俺に攻撃してるよ?
「はん。 そんな男が相手なら何の心配もないわ。 我を遠ざける為の嘘だと理解したわ。 箱入りの聖女では偽装の逢引すらまともに出来んだろうしな。 だが、いずれ我の妻になるのだ。 不貞は許さんぞ」
「ウザいなぁ。 いっぺん死んでみよっか☆」
高らかに宣言し何故か勝ち誇ったような様子のニゲル。言葉は通じるのに会話が成り立たない典型って気がする。
そんな奴にヘクトールさんが我慢の限界を超えたようで着ぐるみが拳を振り上げていた。
これは流石にヤバイ。
明らかに遠慮とか手加減とか忘れてそう。
ヘクトールさんの拳がニゲルの顔面に放たれた。
流石に死ぬかと思った瞬間。
ニゲルとヘクトールさんの間に光のような障壁が展開され、ヘクトールさんの拳を受け止めた。
なんかぶつかった瞬間エグい音がしたけど、どんな威力で殴ったんだ?
「ふ、ふん。 Aランクと言えどこの障壁は破れまい。 我は力を手に入れたのだ!」
なんか知らんがただ一発受け止めただけで勝ち誇るのは早くない?
お前の前にいるのは狂った熊なんて名づけられる変態だよ?
「へー! 面白いじゃん! だったら意地でもぶち抜いてあげるよ☆」
一発、二発とエグい音のする拳を打ち付けはじめるヘクトールさん。
拳が障壁にぶつかる衝撃波が部屋の中に広がり、立っているのもままならない。
……他三人は余裕そうだけど。
まだ十数秒しか経っていないのに一体何発打ち込んでいるのか。
やがて、障壁からガラスにヒビが入るような音が響いた。
「ば、バカな!? ちっ、ここは一旦退かせてもらう!」
「ああ!? なに逃げようとしてんのかな!?」
障壁を展開したまま、ニゲルが部屋の外へと逃げていった。
めちゃくちゃ足速いな。
障壁があとちょっとで割れるというところで逃げるその慧眼は恐れ入る。
破壊したあとには荒れた部屋とお怒りの四人だけが残された。
「なんというかヘクトールさんとペレグリンさんが鬱陶しいって言ってた意味がよく分かったな」
「ハルさんごめんね! いくらなんでもあんな暴挙に出るなんて思わなかったから、反応遅れちゃったよ。 次はあんな障壁もぶち抜いて顔面破壊させるから」
「いやいや。 そこまでしなくていいですよ」
「ごめんなおっちゃん。 次は見つけた瞬間に首を跳ねとばしてやっから」
「そこまではいいよ」
めちゃくちゃ悔しそうな二人。
二人とも言っている事が物騒だけど、本当にやりかねないから怖い。
痛い思いはしたけど、なんかあんまり怒る気にはならんのはなんでだろ。
ふとアルメテルさんの方を見ると顔を真っ赤にして振るえている。無理もない。
あんなクズに言いように言われて好き放題暴れていかれたのだ。
腹の一つも立つだろう。
「ハルさん!」
「え、あはい」
「あの人は私を逢引一つ出来ない女だと言っていきました! 箱入りでそんな度胸もないだろうと!」
「ん? あ、そういう意味なんですかあれ?」
「そうです! ですから見返す為に行きましょうハルさん! 私にお付き合いしてください! 皆に私達が仲良しだと見せつけてやりましょう! 逢引? 余裕ですよ!」
「ふぁ?」
………………ふぁ?
※この勢いだと目標の100ポイントまで直ぐなんじゃないかとwkwkしてる(*´∀`*)




