二十一話
ナイフが迫ってきている。
何度も皮膚に突き立ち、眼を抉り、嘲るような嗤い声が聞こえる。
痛いし怖い。隣では俺を庇って同じように痛めつけられるヘクトールさんがいた。
着ぐるみを奪われた彼女は怯えていた。
対人恐怖症のような感じで、着ぐるみが無いとまともに会話も出来ないようだった。
彼女に裏切られてこんな状況になったのに、不思議と恨む気持ちは無かった。
アロスフィアさんを裏切れば助かる。
この痛くて辛くて苦しい状況から抜けられる。
何度も心が折れそうになった。
何度も裏切りそうになった。
……それでもアロスフィアさんの笑顔を壊したくなかった。
最後にはもうよく分からない状態だった。
「……はっ?」
二日酔いの時のような頭痛で目が覚めた。
ここは……あれ?
アロスフィアさんの屋敷?
今までのは夢だったのか?だとしたら随分リアルでめちゃくちゃ嫌な夢だったな。
「まだ休んでいていいですよハルさん」
「おぅわい!? ま、また潜り込んでるんですかアロスフィアさん!?」
「ちょっと様子を見に来たらうなされていましたからついつい心配で。 大丈夫ですか?」
うなされて?
ああ、でも確かにちょっと気だるいし汗びっしょりだ。
風邪引かないように着替えないと。
っていうか夜中じゃん。こんな時間に様子を見に来るとか淑女としてどうなのアロスフィアさん。
俺がイケイケ君だったら今頃アレしてコレされてピーものだからね!
「変な夢見ちゃって……子供みたいで格好悪いですね。 ちょっと着替えます」
シャツを脱ぎ、着替えようとすると身体のあちこちに傷痕がある。
……おかしいな。こんな傷痕今まで無かったのに。
瞬間。
夢でのイメージがフラッシュバックしてきた。
手が振るえる。
あの嗤い声が聴こえてくる。
息がしにくい……なんだこれ?
「思い出してしまったんですね。 大丈夫ですよハルさん。 貴方はもう大丈夫、大丈夫なんです」
後ろからアロスフィアさんが抱きしめてきた。
柔らかい声と身体がなんだか心を静めてくれる。
まるで壊れ物を扱うように優しく抱擁されるなんて、いつもの俺なら間違いなく狂喜してるのに、今はとにかく安心してしまっている。
「……あれ、夢じゃなかったんですね」
「そう、ですね。 ハルさんがどれだけ苦しめられたのかは分かりません。 けど、貴方の身体を見れば酷いことをされたのは想像に固くありませんでした」
「結構、辛かったですね。 けどやっぱり助けに来てくれたんですね」
「当然です。 は、ハルさんは私にとって……私達にとって大切な人ですから」
後ろからハグされてるから見えないけど、なんか恥ずかしそうに言ってる。ちょっと可愛いなんて思ってしまった。
しかし、あのクソ野郎本当にやりたい放題だったな。
マジでトラウマというか……しばらく病みそう。
これがあれか、PTSDってやつか。
「ん? そう言えばその、俺が気絶したのかどうか分からないですけど、その後はどうなったんですか? なんかアトレイユ公国とやらの連中がいっぱいいて、アロスフィアさんを狙ってたって事だったと思うんですけど……」
「それなら大丈夫です。 二度と刃向かえないようにお仕置きしておきましたから。 下手したらあとは勝手に公国も滅びるかもしれませんね」
めちゃくちゃ明るく楽しそうな声だけど、言ってる内容ヤバすぎますよアロスフィアさん?
い、一応相手は国なんだよね?
お、お仕置きってなんだろ。
聞きたい気もするけど、しばらくはバイオレンスなものから離れたいから止めておこう。
「そ、それなら良かったです。 もうあんな思いはこりごりですから」
「はい。 私ももう二度とハルさんをあんな目にあわせたくないです。 ですから今度から私が出来るだけ傍にいますね」
「それは……安心しますね」
アロスフィアさんが傍にいればもうあんな怖い目にあう事はないよな。
今回も助けに来てくれたし、なにより強いから安心していられる。
こうして抱き締められているとさっきまでの不安もなんだか消えていってるような気がする。
「私がずーっと護ってあげますからね」
囁くような言葉が心地好すぎる。
これはいかんなぁ。
前にも似たような言葉を囁いてくれたけど、今度は本当にその言葉に落とされてしまいそうだ。
「もーしわけございませんでしたー!」
翌朝。
部屋に着ぐるみ……の頭部分だけを脱いだヘクトールさんがやって来て早々に頭を下げてきた。
拷問されてる時はそれどころじゃなかったけど、こうして見るとくっそ美人だ。
初対面の時に自分が可愛すぎてみんな虜になるとか言ってたけど、冗談じゃなかったのかもしれない。
貢ぐやつが出てきそうだなと思うくらいの美人だ。
濃紺のサラサラとした髪に、同じような色合いの深い紺の瞳。
少し幼さを感じるあどけない顔つきにぷっくりとした鮮やかなピンク色の唇がなんとも蠱惑的だ。
身体の方はまだ着ぐるみ着てるからどんなスタイルかは分からないけど、この人の顔面は凶器だな。
確かに隠してた方がいいわ。
「まあ、しょうがない理由もあったんですし、ヘクトールさんも……その、嫌な思いしたんですし、今回の事は仕方無いですよ。 それより、部下の方々は?」
「ありがとー。 部下は……駄目だね。 そもそも見つからなかったよ。 あのクソ野郎の言い方だとまだ生きてると思ったんだけど」
ああ、そういや仲間を助ける為に誓約がどうとか言ってたもんな。
確かにあの言い方だと生きていると思ったけど、もし殺していたならあいつが先に誓約を破ったことになるから、あいつが誓約を破棄した報いを受けそうだけど、どうなってんだ?
アロスフィアさんとエメリーさんが知ってるかもしれないし、後で聞いてみるのもいいかもしれないな。
「そうですか……残念でしたね。 これからどうするんですか?」
「あはー、この前も言ったけど商人は廃業かな。 傭兵としてもやっていく自信が無くなっちゃったから、今後はここで私も雇ってもらう予定だよ。 よろしくねハル先輩☆」
「……なんだろう、あんまり嬉しくないですね」
「え、酷い! こんなに可愛い後輩が出来るんだよ! もっと喜んで☆」
この星を飛ばしてくるような軽い感じがなんともギャルっぽくて苦手……いや苦手とまでは言わんけど。
「ハルさんにはいっぱい迷惑かけたし、一回だけならなんでも言うこと聞いてあげるよ」
「いまなんでもって言った? いいの?」
「いいよ。 なんだったらエッチな事でも全然いいんだよ」
なんでもっていう言葉に反応しちゃったよ悔しい。
チラチラと見てくるけどヘクトールさんはなぁ……顔はめちゃくちゃ良いけど中身がなぁ。
あんまり性欲が刺激されるタイプじゃないし、折角童貞を捨てるならちゃんと好きな人とがいいしそういうのは無しだな。
……決して日和ってる訳じゃないんだからね!
「それは遠慮しときます」
「へたれ」
「身持ちが固いんです」
そんな面白くなさそうな顔をされても俺も困る。
というか本当に手を出そうとしたら絶対慌てるタイプでしょ。
おっちゃんそういうの何となく分かるんだからな!
……たぶん!
「あら、来ていたんですね。 おはようございますハルさん。 お身体の調子はいかがですか?」
「おはようございます。 万全! って訳にはいかないですけど、動く分には問題ないです」
「おはよーエメちゃん! 今日から私もバリバリ働くからね!」
エメリーさんも部屋にやってきた。
元々広い部屋だからいいけど、人口密度高いな。
ここにアロスフィアさんまで来たらさすがに狭苦しい感じになりそうだ。
……あ?
「ヘクトールさんはここで働くとして、アロスフィアさんの呪いはどうするんですか? 嫌でもどこかで鉢合わせたりしそうですけど」
「そこはまぁほら。 何とかなるんじゃないかな!」
適当だな。
本当に大丈夫なのか心配になってきたよ。
「そう言えば、着ぐるみはいいんですか?」
「ん? ああ、まだ全部取るのはちょっと恥ずかしいけど、エメちゃんとハルさんなら見せても大丈夫かなって。 二人のことは信頼してるから」
そう笑うヘクトールさんの表情はどこかスッキリしている。
……美人の笑顔は破壊力が凄いな。
この笑顔を見られるのが自分達だけなのかと思うと、優越感のようなものがある。
俺の生活にどんどん美人が増えているなぁ……サイコパスっぽい部分はあるけど。
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