十九話
※割りとシリアスな雰囲気になって微グロ表現もあるから、その辺り苦手な人は斜め読みか、いっそその辺は飛ばしちゃって!
漫画やゲームなんかでよく拐われるヒロインがいる。
見てる側としては「またかよお前」なんて笑ってたけど、今は笑えない。
むしろ同情するよいやマジで。
俺もそろそろヒロインポジションなんじゃないかと思い始めてきた。
なんて可愛くないヒロインだ、なんて野暮な突っ込みは無しだよ!
「……こいつがアロスフィアの弱点? こんな一般人が?」
「間違いないよ。 エリクシルまで使うぐらい大事にされてるから」
目の前には着ぐるみとドチャクソイケメンの二人。
ちなみに俺は両手を後ろ手に縛られている。結構痛い。
周囲にはあり得ない数のテントのようなものが広がり、兵士達っぽいのが忙しなく動いてる。
何かの作戦行動中なのかな。
「ハルさんを使えば少なくとも屋敷くらいは手放すはずだよ」
「……貴様の憶測だけでは根拠としては薄いな。 そんなことで貴様の部下を離してやる理由にはならん」
「ああ? これ以上無いくらいの弱点を持ってきたのにどういうつもり? ボクにやったみたいに人質にして脅せばいいじゃん。 こんな弱点でもつかないとあの二人に隙なんて無いよ」
ヘクトールさんがヤンキーみたいなキレ方してる。
俺が弱点になるかはさておき、確かにあの二人に弱点なんて無さそ………………いや、お菓子とか食べ物で全然操れそうな気もする。
特にアロスフィアさんは甘いものに目がないからなぁ。
しかしこのイケメン……マジもんのイケメンだ。
たぶん俺の人生の、それこそこの世界の人達も含めて最強レベルの顔してる。
王子様系が好きな人は一発で落ちるだろこの顔。
ふんわりとした髪質の金髪に少し日に焼けた健康的な肌でシミどころかシワも傷もない。
端正な顔立ちにたぶん百八十センチくらいの高身長。
体格もがっしりとしてるけど太すぎず、見ていてちょっと安心感のある雰囲気は女性受けが良さそう。
……さっきの言葉遣い聞く限り相当性格悪そうだけど。
「この男はあの化物達の……まさか恋人のようなものなのか? いや、それは無いか。 あんな化物達に好意を寄せるなど正気の沙汰ではない」
「……それは言い過ぎです。 あの二人は容姿も綺麗だし、人としても尊敬出来るレベルの方達です」
あの二人をそんな風に悪し様に言われるのは気分が悪い。
あんなに優しくて可愛くて若干ポンコツ味のある実に人間味溢れる二人が化物なんて言われるのも正直腹が立つ。
出切ることならこの男の顔面に一発拳をお見舞いしてやりたい。
「まさか本当にあの化物達と親しいのか? 神の呪いはどうしたんだ? 効いていないのか?」
「そんなもの知りませんよ。 それより、神をも倒せるっていうアロスフィアさんに人質なんて効果があると思っているんですか?」
「効果はあるよ。 アロスフィアさんもエメちゃん……エメリーさんも情に厚いからね」
うーむ……そこまで分かっているヘクトールさんがいるのは厄介だな。
でもあんまり危機感湧かないんだよな。
なんでだろ。あの二人ならこんな状況でも余裕で覆しそうな気がするんだよな。
妙な安心感がある。
「随分と余裕そうだが状況を理解していないのか? 言っておくが私はアロスフィア達に屋敷を破壊させたら貴様を返さずにそのまま戦うつもりだ。 貴様を盾にアロスフィアを殺すつもりでいるんだぞ」
「……まあそうだろうなぁとは思ってましたけど……屋敷を破壊させたとして、その後報復される可能性も高いのにどうするつもりなのかと。 しかもこんなに人を集めてるって事は争う前提だったんだろうし」
そこが気になってたんだよな。
俺を人質にしたとして引き換えに屋敷を破壊しても俺をそのまま返すとは思えないし、返したとしてその後はどうするつもりだったのか。
アロスフィアさんが強いのは分かっているのなら報復されることも考えないといけない。
そうなった時にちゃんと抗えないなら、ただ虎の尾を踏んで返り討ちにあうっていう間抜けが出来上がるだけだ。
ハッキリ言って損しかないと思う。
失敗する可能性を考えてもこうやってアロスフィアさんを害する方向で行動しているって事はある程度の勝算もないと出来ないと思う。
最初にヘクトールさんがこの人達と出会ったのはイレギュラーで、たまたま手に入れた駒としてヘクトールさんを使っているけど、元々アロスフィアさんを攻めるつもりで集まっていたならこの準備の良さも分かる。
「自分が足を引っ張ると分かっているのにそこまで余裕そうだと腹立たしいな。 なぜそこまで落ち着いている?」
「アロスフィアさんとエメリーさんが必ず助けてくれると信じてるからですね」
今回はなんというかあの二人が護ってくれる。
護ってくれているような気がする、って言えばいいのかな。
妙な安心感があるせいか、どうも自分でも捕らえられているという実感がない。
そんな態度が気にくわないのか男の表情が少し歪んだ。
「自分が捕らえられている立場だということを理解していないようだな」
硬い、まるで岩のような物が頬を打ちつけ身体が後ろに吹き飛ばされた。
首から上が不意の一撃で弾けとんだかと思うほどだ。
めちゃくちゃ痛いし、これ絶対ムチ打ちになるやつだ。
自分の首からゴキっという音が聞こえて血の気が引くような感じがした。
「あまり図に乗るなよ。 貴様はあったら便利な駒程度の存在だ。 必需品ではないんだよ」
「いって……くそっ、首が折れたらどうしてくれるんだよ……」
「手荒に扱わない約束だろ! だ、大丈夫ハルさん!?」
お前も結構手荒なことしたやろがい!
って突っ込みたいけどそんな余裕がない。
頬も首も痛い。
暴力でしか解決出来んのかこいつらは。
ヘクトールさんはまだ痛くないように気絶させようとしてきたけど、この男はただの暴力だしこいつの方がタチ悪いか。
「どうも貴様には危機感のようなものが足りていないな……そうだ、良いことを思いついた」
男は懐からナイフを取り出し鞘から抜いた。
何をするつもりだこいつ。
「今から貴様を拷問するとしよう。 貴様がアロスフィアを売ると言うまでな。 まずは足の指からだ。 痛い思いをしたくないなら早めにした方がいいぞ」
なんだこいつ?
いやいや、ちょっと待てなんでそういう考えになるんだよおかしすぎるだろ。
もう痛いのは本当に勘弁してほしいんだが。
「ちょっと待ってよ。 それ以上やるなら私は全力で止めるよ」
「ふぅ……誓約は部下達の命と引き換えにアロスフィアの討伐を補助、並びにその誓約を本人に漏らさない事だったな」
「それが何さ?」
「これは討伐の補助を阻害する行為だ。 誓約を破るのであれば貴様の命はないぞ?」
男が一枚の紙切れを取り出し、それを突きつける。
そう言えば誓約がどうこうと話していたけど……そんなに重たい内容なのか。
くそう、助けてもらおうと思ってたけどこれは無理だな。
「それは……」
「理解したなら、どけ」
ヘクトールさんを押し退けた男が目に見えない速度で腕を振るった瞬間。
肩にまるで火を押しつけたような熱と皮膚が引き裂かれるような鋭い痛みが走る。
「私はな。 貴様のような力もないくせに他者の力に媚びへつらって生きている害虫のような奴がどうしようもなく嫌いでな。 そんな奴を絶望させるのが好きなんだよ」
「……ってぇ。 もしかしてあんたがクリフ・アストリオンってやつか? 性格クソ野郎って聞いてたけどその通りみたいだな」
「ははっ。 いいぞ。 そういう生意気な態度をいつまで取れるか楽しみだ。 早々に諦めるなよ。 ああ、やめてほしい時はアロスフィアを裏切ります、だ。 忘れるなよ。 おっと、ここでは周りの目が気になるだろう? 誰にも見えない場所で特別に相手してやる」
斬られた痛みを堪えて精一杯強がってみたけど、ちゃんと生き残れるかな……。
鈍い刃の光が、痛みが、こいつの声が堪らなく怖いな。
シエンタールから南下した先にあるトートデル平原。
その更に先にはアトレイユ公国があり、この場所はマルクートとアトレイユ公国の小競り合いが繰り返され、度重なる戦で一部は禿げ上がり、いつの間にか雑草以外はほとんど存在しない場所と化している。
この国境が両国戦争の最前線であり、いつ越えられても対応出来るように互いの動きを注視している。
常に緊張感のある戦争の最前線と言ってもいいそんな場所に二人の人物がやってきていた。
正確には巨大な二頭の馬に牽かれた一台の馬車に一人のメイドが御者として、もう一人の淑女は誰にも迷惑をかけないように馬車の中で。
「スフィア様。 ハルさんとのパスはやはりアトレイユ公国側の前線基地に伸びています」
「そう、ですか。 信じたくはありませんでしたが、やはりヘクトールさんがハルさんを連れ去ったのでしょうね。 ハルさんがたった一晩で一人でこんな場所へ来る筈はありませんから」
まるで血のように紅い契約によるスフィア様とハルさんを繋ぐ魔力のパスが公国が広げる前線基地となるテント群の中に伸びている。
私も信じたくはない。
数少ない友人が早朝から姿を見せないと思い探してみればハルさんもいない。
何も情報を残さずいなくなる二人じゃない。
そう思いスフィア様に報告をして、いつの間にか契約をしていたスフィア様とハルさんの繋がりを辿ってみたらこれだ。
いくらスフィア様の魔力を纏った許可証を持っていたとしても、裏切りのような悪意があれば必ず屋敷に呑み込まれる。
あの屋敷はそういうものだ。
つまり心の底から裏切ったのであれば彼女はあの日来た時点で死んでいる。
そうならないという事は裏切らざるをえない状況にあるということだ。
……言ってほしかった。
仕事の仲間というだけでなく、友達として辛いことがあれば必ず助けると信じてほしかった。
「……! エメリー、パスが弱まっていませんか?」
「え? あ、はい、申し訳ありません。 ……まだ鮮烈な紅い色をしていますが、確かに薄くなっています」
魔眼で視ていた二人を繋ぐパスの先の方が少しだけ色が淡くなってきている。
これはこちら側の……スフィア様の魔力が強すぎるせいで濃く視えているけど、逆側からの反応が薄い。
元々ハルさんには魔力が無いから色素の変化に反応出来なかった。
「ここで攻め込んでしまって国との争いがどうこう……なんて言っている時間はありませんね。 エメリー、もしヘクトールさんが貴方と敵対した場合戦えますか?」
「……分かりません」
分からない……分からないけどハルさんも、へクティも失いたくないと思っている。
天秤にかけられない。
私はなんて卑怯なんだろう。
「そうですか。 ではヘクトールさんは無力化する方向でいきましょう」
「え? あ? よ、よろしいのですか? へクティはその……スフィア様を裏切ったかもしれないのに」
「ふふふ。 娘の大切な友人です。 助けてあげたいじゃないですか」
「……ありがとうございます」
さすがと言うかなんというか、私の悩みなど見透かされていたみたいですね。
馬車の壁越しで顔も見えていないのに。
まずはハルさんを助けましょう。
私の悩みはそれからです。
「……? どうしましたスレイプニル? え!? わ、ちょっ!?」
普段は大人しく興奮することなんて滅多にないスレイプニルが突然手綱を無視して駆け出した。
主であるスフィア様が快適に移動出来るように気を配るスレイプニルが馬車が揺れる事を無視して暴走気味だ。
「す、すいませんスフィア様! スレイプニル達が突然!」
「大丈夫ですよ。 スレイプニルが反応しているのなら任せましょう それより敵の迎撃に注意してください」
「承知しました」
さすがはスフィア様。
確かに公国側から何かを叫んでいる声が聞こえる。
恐らくこちらに止まるように叫んでいるのだと思う。
けど、その先に二人がいるのなら聞いてやる訳にもいかない。
呼吸を整え、逸る心を抑える。
私は剣。
スフィア様を護り、道を阻む全てを斬る。
「――四荒八極の天を駆け」
スフィア様から私だけに与えられた剣。
寄るもの触れるもの全てを雷光と共に消し飛ばす。
「――阻むモノ悉く、塵にとなるがいい――」
制止の声がぼんやりとした耳鳴りのように聞こえ始め意識が加速する。
公国側の者達が弓を構え矢を放とうとしているのが視える。
「――抜剣――」
スフィア様から賜った私の、私だけの武器を異空間から引き抜く。
家族を護る。
スフィア様を護る。
その条件下のみに於いて使うことを許された剣。
「八極雷迎」
深紅の宝玉を鍔本に納めた剣。
刃渡り二メートルを超えるこの片刃の大剣は柄に直接宝玉が埋め込まれ、宝玉を挟んで刀身が直接繋がった奇妙な構造をしている。
宝玉が柄と刀身を頼りない糸のようなもので繋いでおり、構造的には本来なら簡単にへし折れてしまいそうなそれは、魔法によって強固に繋がっており所有者の意思に反応して雷の力を得る。
荒れる御者台の上に立ち、放たれた矢に向けて一閃を放つ。
私の意思に呼応した剣が赤黒い雷を迸らせ、一瞬で向かってくる矢を撃ち落とす。
相変わらずとんでもない威力だ。
「スレイプニル。 向かってくる矢は全て私が撃ち落とします。 スフィア様の許可もありますので遠慮なく行きなさい」
スレイプニルは応えるかのように嘶き、凄まじい勢いで公国の前線であるテント群に突入し、その巨体による体当たりで次々と進路上にあるものを吹き飛ばしていく。
向かってくる矢も味方陣営の中に向けては簡単に撃てず、飛来する矢の数も極端に減った為撃ち落とすのも簡単だ。
「バカ騒ぎしおって。 斬り殺してくれるわ」
スレイプニルの進路上に巨大な剣を構えた一人の男が立ち塞がった。
その手に持つ剣から立ち上る魔力の気配は間違いなく強者の業を感じさせる。
このまま進めば間違いなく一振でスレイプニルも馬車も両断されてしまう。
「スレイプニル。 恐れずそのまま進みなさい。 アレは私が排除します」
八極雷迎を脇に構え、御者台の上で深く息を吸い浅く吐き出す。
全身の力を抜き、そして全力をもって踏み込む。
刹那一閃。
音より速く。
空気を灼きながら薙ぎ払う。
「あっ?」
男の反応出来ない速度で上半身と下半身に両断する。
私達の邪魔はさせません。
背後から迫ってくる御者台に飛び乗ると、スレイプニルがなんとも嬉しそうにしている。
可愛い子ですね。
しばらく走ると少し離れた位置にあるテントに向けてスレイプニルが体当たりを放った。
スレイプニルの巨体による体当たりはその質量や速度もあいまってかなりの威力を誇り、ちょっとしたテント程度では紙切れのようなもの。
「やっと収まりましたね。 ここに何、が……」
テントを破壊したスレイプニル達が馬車との連結具を自分で無理矢理外して壊し、テントに駆けよっていった。
血溜まりに転がる誰かを案じるように。
普段の彼等では絶対にあり得ない行動に思わずそちらに視線が向いてしまった。
「まったく……どこの馬だ。 悲鳴がうるさく響くから遮音結界を張ってたせいで気づくのが遅れてしまったぞ」
瓦礫を吹き飛ばして一人の騎士が姿を見せた。
間違いなく手練れで油断していい相手じゃない。
それでも私は目が逸らせなかった。
肉を抉られ、血に塗れ、無事なところを探す方が難しい状態のその人達から。
「ん? まさかこいつらの為にこんなところまで乗り込んできたのか。 本当にヘクトールの言うとおりだったか。 勿体無い事をした。 きちんと人質として使えばよかったな」
血のついたナイフを投げ捨てた男はそう言いながら剣を抜いている。
駄目だ……手が振るえる。
初めての感情に身体が反応してくれない。
「ん? おいおい、貴様は噂に名高いアロスフィアの忠臣エメリーだろう? まさか拷問現場を見ただけで振るえているのか? 情けない奴だな」
この男は何を言っているんだろう。
なぜそんなにつまらなそうな表情をしているんだろう。
もしこの男があんな事をしたのなら、どうしてそんなに涼しげな顔でいられるんだろう?
どうして?
どうして?
「不細工な面を結構な男前と美人にしてやっただろう。 冥府ではさぞかし人気になるだろうな」
次々と集まる兵士達に囲まれ、周りの者達に自慢気に嗤う男。
殺そう。
この男には世界中のあるゆる辛苦を用意して殺そう。
死んでも生き返らせて殺そう。
何度でも殺そう。
私の全てをもって殺そう。
「落ち着いてエメリー」
振るえる身体を、腕を誰かが優しく抱き締めてくれてた。
「大丈夫。 貴方は大丈夫よ。 ハルさんも、ヘクトールさんも大丈夫。 まだ生きているわ」
暖かい声が。
暖かい身体が私を包んでくれる。
真っ赤になりそうだった視界が少しずつ色を取り戻した気がする。
顔を上げると周りにいた兵士達や先程の男が不快そうな表情をしていた。
「……申し訳ありません、スフィア様。 取り乱してしまいました」
「いいのよ。 私も内心ではとっても怒っているから気持ちは分かるわ」
一つ大きく息を吸って怒りと共に吐き出す。
スフィア様のためにただ一振の剣になると思考を切り替えた筈なのに、こうも乱されてしまうなんて。
「……貴様がアロスフィアか。 なるほど嫌悪の呪いとはこういうものか。 なんとも不愉快なものだな」
男が改めて剣を構え、その動きに追随して他の兵士達も動きを見せた。
よくよく見ればかなりの手練れの魔法使いや剣の使い手がいる。
正規の兵士達だけじゃなくて傭兵も雇っているように見える。
「……一応確認しておきますけど、どうしてハルさんやヘクトールさんを拷問したのですか?」
「人質にするつもりだったが、反抗的だったからな。 元々貴様達を潰す為にこうして準備をしていたのだ。 人質がいようがいまいが、やることに変わりはない。 まあこうして貴様達が激情に駆られる程にあの男を気に入っているとは思っていなかったがな。 こんな気持ちの悪い見た目や声の者に気に入られるなんてこの男はとんだ災難だな」
呪いによる影響か、男の言葉に賛同する者が多々見受けられる。
これほど美しいスフィア様になんという言い種か。
「ふふ、そうですか。 しかしアトレイユ公国にも困ったものですね。 私がなぜ神を殺せたのかをもう忘れたのかしら? 私が何百年も引きこもっていたから私の強さに関しての記憶も風化してしまうのかしら?」
「はっ。 どれだけ強かろうと我々が莫大な時間と金をかけて用意した策に抵抗など出来るわけがあるまい! 魔法部隊、やれ!」
男の命令に従い、魔法使い達が詠唱を始めた。
聞いたこともない詠唱ですが……。
どれだけ強く特殊な魔法であろうと唱え終わる前に斬ればいいことです。
「あら待ってエメリー。 貴女はハルさんとヘクトールさんを回復してあげて。 はい、エリクシル」
「え、しかし……よろしいのですか?」
八極雷迎なら一瞬で全てを薙ぎ払えるのに。
「いいのよ。 私もたまには実力を見せておかないとこうして勘違いしたおバカさん達がケンカを売りに来ちゃうから。 ここらで少し黙らせておきたいの」
戦場の最前線でありながら、花のように美しく可愛らしい笑顔を見せるスフィア様。
私は怒っている時にこんなにも美しい笑顔を見せられない。
スフィア様が私を安心させる為にと思うと胸が締めつけられそうになる。
「それにこう言うと不謹慎だけど、ヘクトールさんも倒れているって事は少なくとも貴女の前に立つことは無いのよね。 貴女がヘクトールさんに剣を向けることにならなくて本当によかったわ」
「はい……」
言葉が出てこない。
このままでは泣き出してしまいそうです。
主であるスフィア様にみっともないところを見せないように頭を下げて二人の元へと向かうと、予想に反して誰も危害を加えてこない。
誰もがスフィア様から目を離せないでいた。
「……酷い」
血溜まりに転がる二人に駆け寄るとあまりの酷さに目を覆いたくなる。
これが同じ人間がやることなのかと傷を見て不安になってしまう。
残り少ない貴重なエリクシルを二人の口に無理矢理含ませると信じられないほどの重傷が瞬く間に癒えていき、呼吸が安定してきたことにひとまず安心。
あとはスフィア様にお任せしよう。




