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十八話


「ふぉっ!?」


 全身の痛みで目が覚めた。

 そうだ、また訓練でボコボコにされたんだった。

 窓の外を見るとまたまた深夜だ。

 うーん……二度目だけど慣れないなこの起き方。


「はっ! ……さすがに二回連続ではいないか」


 まさかまたアロスフィアさんがいたりしないかと隣を確認し、居ないことに安心しつつちょっとだけガッカリした自分がいる。

 いや起きた時に隣に美女がいるって男にとってはね?

 なんというかその嬉しいわけですし、残念に思うのは仕方無い。そう、仕方無いのです。


「なーにしてんのハルさん」


「ほぇ? おわあっ!? あ、へ、ヘクトールさんか。 び、びびったぁ」


 部屋の中にあるソファの一つに着ぐるみが座っていた。

 いや本当に怖いから。

 ずっと静かにそこに座ってたのか?

 やめて怖いから。


「あっはっは。 驚かせるつもりは無かったんだけどねー。 実はハルさんにちょっと用事があってさ。 身体は動かせそう?」


「用事? いやまあ身体は動く……うん動く、大丈夫です」


「いやいや、ちょっとやりすぎたねー。 ごめんね?」


「まあ訓練ですし、仕方無いですよ」


「あはー、そう言ってもらえて助かるよー。 でもあれだねハルさん。 アロスフィアさんやエメちゃんに大事にされてるねー。 元々閉鎖的な二人がこんなに肩入れしてるなんて珍しいよ。 ボクはアロスフィアさんには会えないけど、そのアロスフィアさんにも気に入られてるみたいだし」


「そうなんですか? まあアロスフィアさんは呪いもあるから仕方無い部分もありますけど、エメリーさんは割りとお茶目な人じゃないですか?」


「そこまで気を許してもらうまでボクは何年もかかったからねー。 あ、外に行くけどちょっと寒いからこれ着なよ」


「あ、どうも」


 なんかめっちゃ暖かそうだけどちょっとゴワゴワしたコートを渡してくれた。

 なんか中二病が好きそうな黒いコートだな。装飾がゴテゴテしててあんまり好みじゃないけど、袖を通してみるといい感じに暖かい。触り心地はあんまり良くないけど。

 外に出るって何するんだろ。

 ……まさかまだ特訓タイムとか言わないよね。




 ヘクトールさんに連れられてやって来たのは屋敷の外、かと思いきや更に林の外だった。

 もしかして町のほうに行くのかな?

 いつものテンションかと思いきや、ずっと無言だしなんだろうか。もしかしてサプライズか何か用意してるんだろうか?


「さーて……先に謝っとくねハルさん。 ごめんね」


「えっ? 何、がっ!?」


 無言だったヘクトールさんが突然振り返り、謝ったかと思うと突然拳を放ってきた。

 これも訓練なのか?

 いやでも訓練と違って明らかにこちらへの攻撃のような意思を感じた。

 だからこそ何とか身を捩って躱すことが出来た。

 無理矢理身体を動かしたから筋を痛めそう。


「あれっ? 今の避けられるとは思わなかったよ。 というか避けると痛い時間が長引くだけだし、さっさと気絶したほうがいいよ?」


「な、なんのつもりなのかな? これも訓練? なら裏庭でやればいいんじゃ……」


「あっはっは。 訓練ならね。 これは訓練じゃないよ。 本気でハルさんを殴って気絶させて人質にしようとしてるのさー」


「人質……?」


 あー、何か嫌な展開になってきた。

 俺こういうのゲームでも漫画とかでもきらいなんだよな。

 一、ヘクトールさんが最初っから裏切ってたパターン。エメリーさんから信用も得ているこの段階でこれはアロスフィアさんもエメリーさんも裏切っている事になる。

 二、何かしらの理由で裏切らざるをえないパターン。

 こっちならまだ俺も心情的に仕方無いとか思えるからまだいい。

 三、襲われたって言ってたし、アロスフィアさん超絶金持ちだからそれを目的にしたパターン。これもまだ理解出来る。


 ……どれであってもアロスフィアさんもエメリーさんも傷つくよなこれ。

 俺の想像力だと今はこの程度しか考えられないけど、二人に傷ついてほしくないんだけど。


「色々と事情が出来ちゃったんだ。 あの二人は化物みたいに強いし、生活もボクが行かなくてもエメちゃんだけでもどうにでも出来るから正直手の打ちようが無いかなーなんて思ってたけど、まさかこのタイミングで弱みが出来てるなんて思わなかったよ。 しかも二人にとってかなりの弱点なのにこーんなに弱い。 付け入る隙としてこれ以上は無いよ」


 着ぐるみだから表情は分からないけど、声から嘲っているのは分かる。

 分かるけど、内容が否定しにくいだけに怒りにくい。

 弱さで迷惑をかけてしまい、鍛えようとしたその矢先でまた弱さで足を引っ張ってしまっている。

 つくづくこの世界は弱者に優しくないなぁ。


「お、俺が二人の弱点になっているとは限らないでしょ? 見捨てればいいんだし、俺に二人が危険を犯してまで救う価値は無いよ」


「それ本気で言ってる? どうでもいいやつにエリクシルまで使うわけないじゃーん」


 おっとそこまで知ってるのか。

 これは口八丁で逃げられない雰囲気かな。

 かといって相手はAランクの傭兵。

 戦いに身を置き、商人としても交渉術を学んでいるだろうから簡単には丸め込まれてくれないだろうし……んー、詰んでるな。

 俺の手札は魔道書とマーケットアプリ、あとは異世界人っていう珍しさくらいか。

 商人なら俺の価値は多分理解してくれるとは思うけど、そもそもあのアロスフィアさんを敵に回すリスクを選んでいる以上、相応の対価をどこかで手に入れる筈だと思うんだけど。

 俺を人質にして何を要求するつもりなんだ?


「駄目だな、分からん。 ヘクトールさんは俺を人質にして何を要求するんですか?  それ次第では俺も力になれるかもしれないし」


「それは無理だよ。 ボクの要求はアロスフィアさんの命とこの化物屋敷の破壊だからね」


「……それこそ無理でしょう。 俺の命とアロスフィアさんの命だったらエメリーさんが迷わず俺を切り捨ててくれる筈です」


 普通に考えて無理だろう。

 命の価値が違いすぎる。そこまで卑下するつもりはないけど、それでもアロスフィアさんやこの屋敷の役割は今まで聞いた中でも充分過ぎるほどに大きい。

 かたや俺の場合いてもいなくても大した変わりはない。


「ハルさんは知らないだろうけど、この屋敷の人達は外に出てる人達も含めて家族を失うことをこの上なく怖れてるからね。 まあアロスフィアさんの命は取れなくても、屋敷くらいなら諦めてくれるんじゃないかな」


 いやいやいやそんなバカな。

 ……って言いたいけど悔しいことにこの着ぐるみは俺より二人と付き合いが長いんだよな。

 だとしたら分が悪い賭けというか取引じゃないのか。


 くそっ、あの強盗二人に襲われたくらいなら躊躇無く諦められるけど、こういうのだと絶対諦めたくないな。


「さて、あんまりお話してると気付かれるかもしれないし、寝てもらうね!」


 説明義務は果たしたと言わんばかりに詰め寄ってきた。

 訓練の時とは違う、エメリーさんに挑んでいた時の速度だ。

 二日目の俺では避けられなかったけど、今は見える!


 ……見えるだけだよ!


 容赦の無い拳が鳩尾を狙って振るわれる。

 それを何とかずらして脇腹に直撃し、胃の内容物をぶちまけてしまう。


「うーわ、きったないよハルさん。 変なところに当たると痛いし苦しいから抵抗しないでよ」


 ばっちい、とでも言わんばかりだけどやったのお主じゃい。

 しかし、さっきから俺を気絶させて色々と要求したい割にはこっちに優しすぎやしないか?

 どうせならもっと痛めて心をへし折る方が楽なんじゃ。


「抵抗、するに決まってるでしょ。 二人に嫌な思いさせたくないから」


「格好いいー! けど、それってちゃんとした力が無いとただの強がりだよ」


 言われずとも分かってる。

 自分が弱いこともよく分かってる。

 既に一度死にかけて充分に理解しているよ。

 次々に襲いかかってくるヘクトールさんの意識を刈り取ろうとする攻撃を無理に避けて余計な痛みを感じているのかもしれない。

 それでも今は諦めたくない。


「はぁ……たった二日でこんなに避けられるようになるなんて、私の指導も大したもんだよ。 もちろんハルさんの努力でもあるんだけど」


「そりゃ、どうも」


 何度も振るわれる暴力に全力のせいで、たった数分程度でもう息切れしてきている。

 受け止めれば吹き飛ばされるし避けようにも速すぎて避けられない。

 正直そう長くは持たない。


「そもそも、なんでこんなことするんですか?。 アロスフィアさん達に恨みでも?」


「あはー、そういうのじゃないよ。 むしろエメちゃんは好きだし、アロスフィアさんがいい人なのも知ってるよ」


「じゃあ……なんで……」


「それはね。 ボクの部下達が人質になってるからさ」


「はっ?」


 少しだけ諦めが入ったような、自嘲混じりの笑うような声でヘクトールさんはそう言った。

 彼女の部下が人質?


 ……そう言えばヘクトールさんがここに来た時、最初に聞いた話しだと町から護衛が付くという話だったのに誰も付き添いがなかった。

 ここに来る時、アトレイユ公国の聖騎士に襲われたとかいっていたな。

 それで荷物やら部下やらも吹っ飛ばされたなんて言っていたけど、もしかしてその時に?


「公国のクリフ・アストリオンって聖騎士が性格クソ野郎でね。 ボクの部下を人質にしてアロスフィアさん達を差し出すように言われてね。 さすがに三十人の部下を見殺しには出来なかったんだ」


 ああ、やっぱり嫌な展開だ。

 ヘクトールさんは脅されて仕方無くって感じなのか。

 ……アロスフィアさんはここで静かに暮らしているだけなのに。攻めてこなければアロスフィアさんが前に出てくる事もないのにな。

 なんでそこまでしてこの国に攻めこみたいのかとか、国の事情なんて知らないけど、迷惑にも程がある。


「それは、二人に話をして助けてもらえないんですか? 二人に関係する事なら、ヘクトールさんの為なら動いてくれる人達ですよ」


「無理だよ。 ボクは誓約を交わしてきたからね。 裏切れないようになっている」


「……? よく分からんけど、じゃあなんで俺には話せるんですか?」


「誓約の対象外だからさ。 さぁ、ボクの事情は理解しただろう。 ……あんまりのんびり出来る状況じゃないからさ、もう手は抜かないよ」


 ヘクトールさんはどこか決意したような声でそう告げ、そして消えた。

 さっきまで僅ながらも姿を追えていたのに、今度は全く見えない。

 次の瞬間後頭部に凄まじい衝撃が走った。

 首から上が吹き飛ぶんじゃないかと思うような一撃で意識が一瞬で刈り取られた。


 意識が落ちる一瞬、小さく……ごめん……と聞こえた気がした。

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