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十七話

今週忙しすぎたよごめーん!


「お、今日は無理かと思ったけど動けるみたいだねハルさん」


「おかげさまで。 何か身体も軽いし、調子良いみたいです」


 昨日何か嬉し恥ずかしな何かがあったような気がするけど、思い出せない。

 気付いたら朝で、もはやルーチン化しはじめているマーケットアプリでアロスフィアさんとエメリーさんのお楽しみを購入し朝食を摂った後、昨日同様裏庭にやってきた。

 

「おやおや、もしかして生粋の被虐趣味かい?」


「……そ、んなわけ無いじゃないですか」


「え、なんで今躊躇ったの? も、もしかして!?」


 いや否定したいけど、初めてエメリーさんに転がされた時にちょっと怪しい事があったからな。

 完全には否定しにくい。

 でも否定するよ!


「違う違う。 勘違いしただけですよ」


「はっはーん。 じゃあ今日もボッコボコにして気持ち良くしてあげるね! って言いたいところなんだけど、昨晩もエメちゃんと話して最初はちょっと見学してもらう事にしたよー」


「見学?」


「はい、私とヘクティの訓練を見て学んでください」


「エメリーさん」


 今日もヘクトールさんによる一方的な暴力が始まるかと思ったけど、背後からエメリーさんもやってきた。

 二人の訓練って何をするんだろ?

 試合を見ろって事かな。


「ハルさんって身体の動かし方もなってないけど、そもそも戦うこと自体のイメージがついてないんじゃないかと思ってねー」


「あー……そう言われるとまぁ、分からないかも、ですね」


 元の世界で剣道とか柔道とかボクシングの試合みたいなのはちょっと見たことあるけど、この世界はたぶんそういうレベルじゃないんだろうと思う。

 そもそもの身体能力が違う上に魔物とかいう生き物もいて魔法まである。

 そんな世界の人間が言う戦いなんて想像の埒外だ。


「ふふ。 そこで私の格好良いところを見ていてください」


 耳元でちょっと妖艶な感じで囁くように呟いていったエメリーさん。

 背筋がゾワッとくるくらい色っぽかった。

 離れる時の流し目もまたこう……えろい。

 なに、なんで急にそんな変なアプローチしてくるの怖い。


「ん? どしたのエメちゃん」


「なんでもありませんよヘクティ。 それより久しぶりに拳を合わせますが、負けたからと言って泣かないでくださいね」


「んふー。 ボクも強くなったから、今度はエメちゃんを泣かせてあげるよ!」


 エメリーさんの挑発にも聞こえる言葉にヘクトールさんの、なんだろ気配と言えばいいのかな。

 纏ってる空気が変わった気がする。

 なんというか熱を帯びた。

 そんな変化もなんのその、エメリーさんの表情は涼しげだ。

 何か怖いので少し離れた位置に移動して二人を見守る。

 ……見て学べとは言われたけど、そもそも目で追えるのか心配になってきた。

 教会でエメリーさんの動き見えなかったし。


 二人とも武器は持たず無手同士。

 いや一人は着ぐるみだけど。

 相対してからどんどんと空気が張り詰めていくのが分かる。

 片や氷のように冷たく静かなエメリーさん、片や猛獣のような気配に炎のような熱を持つヘクトールさん。

 対照的な二人の立ち合いに自然と目が奪われる。

 静かなのに圧のある空間が出来上がり、耳鳴りのような感覚に襲われる。


 どちらが合図したという訳でもなく、ほぼ同時に二人の姿が音も無く消えた。

 いや、消えたように見えた次の瞬間には二人の距離はほぼゼロになり、激しい攻防が始まった。

 ヘクトールさんの繰り出す剛腕は凄まじく重そうで、かつ速い。

 俺をいたぶっていた時とは桁違いの速さでエメリーさんに向けて放たれ、空間ごと弾けそうな威力が繰り出される。たぶん俺の頭なら間違いなく弾けとぶ。

 そんな剛腕をエメリーさんは表情一つ変えず、身体を少しだけ動かすだけで回避している。

 ヘクトールさんの攻撃は荒々しいのに、引きが速く次の動作への繋ぎがスムーズで止まることが無く、一個の嵐のようだ。

 それを掠らせもしないエメリーさんの動体視力はどうなっているんだろう。


「こなくそ! くらえエメちゃん!」


 当たらない事に業を煮やしたヘクトールさんが一瞬バックステップしたかと思うと、指先を地面に押し当てた。

 何をするんだろうと思った瞬間、エメリーさんを囲むように地面が隆起して退路を絶った。


「つぇああああ!」


 地面が隆起し終わる前にヘクトールさんは動き、加速した勢いのまま飛び蹴りを放った。

 いわゆるドロップキックというやつだろうけど、その速度たるや人間に当てたら大型トラックにでも轢かれたような惨状を生み出しそうだ。


「甘いですよヘクティ」


 逃げ場が無い状況にあって冷静なエメリーさん。

 そういやまだ一度も攻勢に出ていない。

 どうするつもりなんだろうと思った瞬間。

 エメリーさんはその蹴りを止めた。

 片手で、しかも足首を掴んで。

 突進力を重視したようなドロップキックを足首を掴んで完全に止めている。

 慣性の力で前に押し込む力を握力と体幹の力で微動だにせず止めるとか一体どんな筋力をしているんだ。

 普通あの勢いだと押し込まれそうだけど。


「うそー……」


「このまま足を握り潰せますよ」


「はぁ……負け負け! まーけまーしたー! 相変わらずエメちゃん強すぎるよ」


 流石にそこから反撃は無理と判断したのか、ヘクトールさんから放たれていた熱い気配のようなものが霧散した。

 なんというか空気が軽くなって、世界が明るくなったような不思議な感覚に陥る。


「しかし魔法の発動が随分速くなりましたね。 あれが蹴りを確実に当てるためだけじゃなくて私を刺し殺すつもりで発動したらもう少し時間が稼げましたよ」


「いやいやいや、訓練でそこまではしないよー。 っていうかそこまでしても時間稼ぎだけなんだ」


 見学は見て学ぶと書くけど、学べるものがあったのかなこれ。

 目指すにしてもちょっとハードルが高すぎるし、こうやって身体を動かすっていうイメージの参考にするには俺の肉体がそもそもそんなに高性能じゃないから参考にもならない。


「……あれ? そういや何でさっきの試合、目で追えたんだろ」


 よくよく考えたら技というか攻防の一つ一つはかなり高速で行われていた。

 昨日の俺だったら絶対に目で追えなかったであろう拳や蹴りの数々が見えてた。

 身体は絶対に反応出来ないけど。

 うーん……?


「さてさて、どうハルさん? ちょっと参考になった?」


「いや、正直さっぱり。 とりあえず昨日は本当に手加減してくれてたんだっていうのは分かりました。 あとエメリーさんの動体視力はどうなってるんだろうかと」


「ほんとだよねー。 そろそろ掠らせるくらいは出来るかと思ったけどまだ無理だったよー」


「まだまだヘクティに勝たせるつもりはありませんよ」


 ちょっとドヤ顔してるエメリーさん。

 同じAランクでもここまで差があるのか……アロスフィアさんがSSランクって言ってたけど、その間にSランクもいるんだよね?

 ちょっとその幅にいったいどんな連中がいるのか怖すぎるよ。


「よし、ボクはスッキリしたし、次はハルさんの番だよ!」


「……やっぱり? やらないどダメ?」


「一応これはお金を盗られてしまった罰、という建前もありますからね。 それにAランクに指導してもらえるなんて贅沢なんですよ?」


 おおぅ。それを出されるとおっちゃんはもう黙るしかない。

 バカでかい損失額ではあるし、最終的には自分の為になることだもんな。

 でもさっきの試合を見てやる気になるのは無理だよ……せめて俺がボコられた後にしてくれよ。

 あ、気絶して見れないからか。とほほ。 

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