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十話


「この度は誠に申し訳ございませんでしたー」


 シエンタールの町に来て三時間。

 もうすぐお昼になろうという時間にエメリーさんと再会早々一番に土下座と謝罪を敢行した。

 怒られるか失望されるか追い出されるか……追い出されるのだけは勘弁してほしいなぁ。

 あの後にあった事をそれは事細かに説明し、預かったお金全て盗られてしまった事を話す。

 あと土下座の意味が分からないと普通に立たされた。

 

「そうですか。 判断としては間違ってはいません。 獣人を相手に無理に逆らっても殺されるだけですし、むしろ私が適当に大金を渡したのがいけませんでしたね」


「いやいやいや! 単純に俺が弱いから侮られたんでしょうし、エメリーさんに責任はありませんよ! 悪いのは人のお金を奪う連中です!」


「まあそれはそうですね。 でも大金ではありますし、二つ程お仕置きをしましょうか」


「お、お仕置きですか?」


 エメリーさんからのお仕置き……優しいから痛いのとかではないと思うけど。

 なんだろ、ちょっとだけワクワクドキドキしちゃうのはもしかして俺に特殊性癖でもあったのか?


「そうですね。 一つは今からの向かう場所で私の手伝いをすること。 もう一つは明日から三日間いつもよりハードなトレーニングにしますね」


 一千万以上の損失を出してるんだし、この程度で済むのならむしろありがたいと思うべきか。

 でもお仕置きとしてその内容って軽すぎない?

 それとも俺が甘く考えているだけなのかな?

 実は地獄の特訓だったりする?


「トレーニングは分かりましたけど、今から向かう場所を手伝うのがお仕置きですか? というかどこに行くんですか?」


「ヘクトールさんが仕入れから戻ってきていないという話を聞いたのですが、そのついでに冒険者組合から一つ依頼をされまして、その処理です」


「冒険者組合からですか……あれ? 所属はしてるんでしたっけ?」


「いえ、所属していません。 ただ私の場合この町で実力がそこそこ知られているので、たまに直接依頼をされる事があるんです。 相応の額を頂いていますが」


 へー……まあAランクってめちゃくちゃ強いみたいだし、在野にこんな人物がいて頼らないのも勿体無いのかも。

 あわよくば引き込みたいとか思われてそう。

 

「どんな依頼なんですか?」


「この町に王都から聖女が訪れているらしいのですが、どうも見たこともない呪いのようなものをかけられているそうで。 なかなか解呪出来ないので、その手に詳しいスフィア様のメイドである私に相談が来ました」


「なるほど……アロスフィアさんって呪いに詳しいんですか?」


「神の呪いを解くためにスフィア様も私もずいぶん勉強いたしましたから」


 ちょっと悔しそうな表情を見せるエメリーさん。 

 そういやそう言ってたもんな。そんなに頑張っても解けない呪いって陰険すぎる。

 どうにかならんものだろうか。


「しかし聖女ですか……聖女って聞くとなんだか宗教で祀り上げられた人ってイメージが強いんですけど、宗教的に神を倒したアロスフィアさんを頼っていいんですかね?」


「ああ、それは大丈夫です。 スフィア様が倒した神とは別でむしろ敵対している神ですので。 以前も話しましたが、この世界には神が複数いて必ずしも仲間であるわけではありませんから」


 なるほど。確かに神話とかでも神様同士でケンカしたり殺しあったりしてるもんな。

 神様が複数いるのって感覚的には八百万信仰に近いのかな?

 八百万信仰だと絶対神とか全能の神とかそんなのは……いるのかな?詳しくはないんだよな。

 聞いた感じの感覚だとめちゃくちゃ強いのが神様を名乗ってるだけで、世界の創世とか理を保つとかそういう類では無さそうな気がする。


「それなら安心ですね。 助けるのに敵視されたりしたら鬱陶しそうですし」


「ええ、むしろアロスフィア様は好意的に思われていますから。 では行きましょう」


「分かりました。 ところでその聖女様はどこにいるんですか?」


「今から向かう場所……クレリオ聖教会です。 そこで聖女が休まれているそうです」


 クレリオ聖教会……クレリオ教ってことなのかな?

 いや分からんけど、取り敢えず行ってみるしかないよね。

 それにしても聖女か。勝手なイメージだけどめちゃくちゃ美人で優しそうな人って感じがする。

 どんな人か楽しみだ。





 楽しみとか言って大変申し訳ない。

 目の前の苦しむ女性を見て、そんな気持ちでいっぱいです。

 エメリーさんとやってきたクレリオ聖教会。

 町の中心部付近に建てられたその教会は造りは質素ながら厳かな雰囲気のある佇まいの建物。

 壁材が特徴的な青白い色をしており、建物の中は清涼な空気で満たされている。

 なんというか入った瞬間に背筋を無意識に伸ばしてしまいそうな場所だ。自堕落な俺にとってはちょっと居心地が悪い。毒気を抜かれそうになるとでも言えばいいのか。

 出迎えてくれたのは壁材の色と似たような青白い色の法衣を纏った中年男性。神父さんかな?

 でっぷりとした体格から、そこそこいい暮らししてるんだろうなというのが分かる。

 脂の浮いたその表情には焦燥が見える。そりゃあ聖女様が教会に来て呪われたなんてなったら責任問題になりそうだしね。


 そんな神父さんに案内されて教会の礼拝堂を奥に抜けて、いくつかある建物を横目に辿り着いたのが一際荘厳な造りをした建物。

 多分来賓とかが使うんだろうなと思わされるその扉をくぐり、通されたのは一つの部屋。

 寝室であろうその場所に天蓋付のベッドがあり、そこから苦しむような声が聞こえている。

 部屋の豪華さや高価であろう調度品に目が行かない程に、ベッドの中で苦しむ声が切実だ。

 不謹慎なことを考えてしまった自分に猛省させたい。


「聖女アルメテル。 呪いに詳しい方をお連れしました」


「……そう、ですか。 ありがとうございます、ペレグリン卿」


 神父さんは気まずそうに頭を下げて出ていった。

 どうにも居たたまれないといった様子だ。

 ずっとこんな苦しそうな様子を見続けていたとしたら、あの神父さんも心労溜まってそうだな。

 俺もずっとこれを聞き続けるのは辛い。


「……エメリーさん。 俺も出てた方がよくないですか?」


「いえ、勉強にもなるので見ていてください。 ごほん。 アルメテル様、確認いたしますので近付いてもよろしいですか?」


「はい…………動くのが辛いので……寝たままですが、御容赦ください」


「では失礼いたします」


 なんというか完全に無表情というか出会った時のエメリーさんの顔だ。仕事人って感じがして格好いいな。

 天蓋から降りる幕を開き、様子を確認するエメリーさん。

 正直苦しんでいるとはいえ女性のベッドに近づくのは気がひけるけど、エメリーさんから手招きされては断れない。

 恐る恐る近づくとそこには下着姿の美少女がいた。

 けど、だからといって扇情的な気分にはとてもなれない様子がそこにあった。

 目を奪われる程に美しい金髪が扇のように広がり、女性のまだ発育途中といった肢体が熱のためかうっすら汗ばみ赤らみを帯びている。

 真っ白な肌はシミなんて言葉は無縁のように見える。

 タイプは違うけど、間違いなくアロスフィアさんに匹敵する美少女。

 故に、その歪さが際立っている。


 一言で言えばムカデだ。

 彼女の身体にムカデのような模様が腕や足に巻き付くように浮かんでいる。

 エメリーさんは何も言わず、下着を捲りあげ身体を確認するとそこにも同じような模様が浮かんでいた。


「この町に来てから……しばらくして浮かんできたこの模様が、常に、締めつけてくるのです……その範囲は徐々に広がってきていて……」


 息も絶え絶えにそう語る聖女様。アルメテルさんだっけ。

 四肢や体幹に巻き付くあれが常に締め付けてくるなんて相当辛そうだ。

 広がってるって事は、次は首辺りか?

 だとしたら呼吸も出来なくなるかもしれないし、それって死ぬしかないんじゃ。


「どうですかエメリーさん?」


「そうですね……これを使った相手は随分と性格が悪いですね」


 エメリーさんはそう言うと、おもむろに手を伸ばした。

 伸ばされた手は何もないはずの目の前の空間に潜り込み、虚空に波紋のようなものが広がっている。

 なんじゃこりゃ?


「な、なんですかそれ? 手が空間に飲み込まれている?」


「ああ、これは空間収納という便利な魔道具です。 指輪に連動していてかなりの量の荷物をこうやって異空間に保存出来るんです。 魔力もほとんど要らないので私のような魔力の少ないものでも使いやすくて便利です。 まぁ……指輪が壊れたら中身が全て消滅するリスクもありますけど」


 おお凄いな異世界。いや魔法が凄いのか。

 空間への干渉なんてどういう理屈なのかさっぱりだ。

 ……欲しいけど高そうだからなぁ……無理だろうし残念。いや、お願いすればいけるか?


「ありました。 ハルさんは飲み水を準備してください」


「了解!」


 飲み水、飲み水……いや、ねーよ。

 病人いるんだから水差しというか吸い飲み用意しとけよ。

 ……聞きに行くのも面倒だしマーケットアプリ使うか。

 えっと水……よりはスポドリ系のモカリスエットでいいか。電解質も補給出来るしな。

 ポチポチと。


「また見たことの無い物を出しましたね」


「エメリーさんお肉ばっかり頼むから。 最近はアロスフィアさんも飲み物系に手を出してますよ」


「そうなんですか? ……私も他の種類に手を出すべきですね。 ってそれは後でいいですね。 アルメテル様、こちらの丸薬を飲んでください」


 エメリーさんが異空間から取り出したのは茶色い真ん丸とした飴玉にも見える物体。

 一センチ台のそれを口にアルメテルさんの口に含ませ、飲み物を渡す。

 そこそこの大きさである上に体調もあるので、めちゃくちゃ飲みにくそうだけどなんとか飲み込んでくれた。


「これは……?」


「これは強制的に魔力をゼロにする薬です。 貴女の呪いは貴女の魔力を喰らって成長するものです。 ですのでまずその成長を止めます」


「……ん? それだと成長は止まっても今の状態が続くって事じゃ?」


「魔力を絶てば成長せず、魔力を取り込めなければ呪いの活動エネルギーも供給出来ないので二日もあれば消えるでしょう」


「へー……それって魔力をゼロにしたとして、ちゃんと元に戻るんですか?」


「勿論です。 あくまで一時的なもので一週間もあれば元に戻ります。 アルメテル様、少しお辛いでしょうが二日のご辛抱です」


「わ、分かりました……これが治るのでしたら二日、程度……」


 そうは言うけどやっぱり辛そうだな。

 ご飯も多分食べれていないのか、頬がちょっと痩けている。

 いつからこの状態なのかは分からないけど、相当辛いんだろうな。


「そうだ。 アルメテルさん、ご飯ってあんまり食べてないでしょ?」


「…………? はい、起きるのも億劫ですから……」


「じゃあそんな時にオススメの、えーっと……あ、これこれ」


 マーケットアプリを開き、風邪の時に自分がよく食べていた物を探し出す。

 うちは風邪の時は必ずコレだったんだよな。

 エメリーさんの今日の半日分の枠を使っちゃうけど、まあ許してくれるよね。


「これを四つと」


「え? 四つ? ハルさん、それ私の分……」


「まぁまぁ、苦しんでる人の為ですから」


 案の定勘づいたけど、そこは流石に苦しんでる人の為と言うと渋々納得してくれた。

 ダンボールが届き、開くと丁寧に冷やして届けてくれている。マーケットアプリ様々である。

 選んだのはフルーツゼリー。

 個人的にはみかんが一番好きなんだけど、今回はみかんとリンゴ、白桃とマスカットを選んでみた。

 色んな味を楽しんでもらおう。最初はみかんだ。

 寝たまま食べられない事もないだろうけど、噎せると大変なので背中を起こし、ゼリーの蓋をあけて付属のスプーンを使って口に運ぶ。

 体力も底をついているのか抵抗する様子も無い。


「……おいしい」


 飲み込むのも辛そうな様子だけど、それでもしっかりと口に出来たみたいでよかった。

 ゼリーでもダメなら栄養補助食品なんかでよくある高カロリージュースでも出すつもりだったけど。

 

「でしょう。 これは身体がキツイ時にはおすすめなんですよ」


 ゆっくり少しずつ口にいれていると、鼻を啜るような音が聞こえてきた。

 涙が少しずつ零れ、嗚咽のようなものも漏れ始めている。本当に辛かったんだろうなぁ。

 チラリとエメリーさんを見ると肩を竦めて、やれやれといった様子で近づいてきてアルメテルさんの髪を優しく、それこそ子供をあやすように撫で始めた。

 なんだかんだでめちゃくちゃ優しいなエメリーさん。


「ふぇっ……うぅっ」


 泣きながらも食べるのはちゃんと食べてくれる。

 器用だな。でも美味しいもんな。身体がキツイ時にはやっぱりゼリーっすわ。

 食べ終えてもう一度モカリスエットを飲んで横にすると、泣きつかれたのか苦しそうな表情はそのままだが、寝息をたて始めた。治る見込みがたって安心して緊張の糸が切れたのかもしれない。


「ねぇエメリーさん。 その……こういう人を呪うっていうの、普通にあることなんですか?」


「普通ではありませんが、ありますね。 呪い自体を扱える人が少ないので、そう一般的なものではありません。 どちらかと言えば魔法で直接被害を与える事の方が多いです」


「そうなんですね…………俺が争いの無い世界から来た、っていうのもあると思うんですけど、何て言うか……こういうの結構キツイですね」


「…………ハルさんは優しいのですね。 この世界では命なんて誰かの機嫌一つで消し飛びます。 冷たい言い方をすれば、そんな場所で他人の命なんて使い道が無ければ大した価値もないとも言えてしまうのですよ。 アルメテル様も聖女という役割と能力があるからこそ、こうして命を助けてもらうよう高額の依頼を出されていましたが、もし市井の者であればそのまま死ぬ以外の道はありませんからね」


「合理主義とも言えるのかな? 世知辛いなぁ」


 なんとなく言いたいことは分かる。

 俺も異世界から来ていること、マーケットアプリを使える事を除いたら大した価値もない男だと思う。

 それこそ今の状況はその二つとアロスフィアさんの優しさのおかげであると言ってもいい。


「……勘違いさせてはいけないので申し上げておきますけど、スフィア様も私もハルさんを見捨てるという選択肢はとっくにありませんからね」


「そりゃあ俺には素晴らしいマーケットアプリがありますからね」


「……やはり勘違いしていますね。 例えその能力を使えなくなったとしても、です」


 ん?さっき言ってることとちょっとズレない?

 その能力無くしたら無能もいいところだよ俺。


「貴方は私達にとって既に家族のようなものです。 私達は絶対に貴方を見捨てません」


 おぅ……なんか急に目頭熱くなってきたんだが。

 この歳になって人前で泣きたくないでござる。


「ありがとうエメリーさん。 嬉しいよ」


「いいえ……頭を撫でて差し上げましょうか?」


「やめて、涙止まらなくなるから」


「ふふっ、可愛いですね」


 おい本当に撫でに来ないでください。

 涙腺崩壊しちゃう。

 なんかこの世界に来た事の寂しさとか不安とか、受け入れてもらえていると分かった安堵感のせいで止まらなそう。こういうの一気に溢れちゃうから本当に止めてほしいのに。


「……アロスフィアさんには内緒ですよ」


 鼻声で出た言葉はそれが精一杯だった。

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