68話
国王陛下から呼び出しがあり、私とレオンハルト様の二人でいつもの王宮の応接室へ入る。
すっかり顔馴染みになった王宮の使用人に紅茶とお茶をそれぞれ用意してもらい、のんびりと国王陛下の到着を待った。
「遅くなった。いつもどおり楽にしてくれたまえ」
毎度のこと、国王陛下が座ってから私たちも着席した。
「ミリア殿。そなたのおかげもあって例の人攫いを壊滅できた」
「はい?」
前に王都を救ったと言われてしまったときと似ているような……。
あれは料理で余った野菜の芯や皮を利用して別の料理にアレンジしていただけのだった。アエル王女がそれに着目してくれたことで、いつの間にか評価されてしまった。
だが、今回は本当になにもしていない。
「取り調べたところ、奴らの目的は仕事のできる使用人だということがわかった。特に、評判の高いミリア殿のことを狙っていたらしい」
「え……」
「ミリア殿を攫い、他国で高値で取引するのが目的のようでな。それで公爵邸を巡回し、シャルネラ嬢から情報を聞き出し、その結果馬の襲撃が実行されたのだよ」
「狙われていたのはわかりましたが、なぜ私が貢献になったのですか?」
「ミリア殿の乗馬センスだよ」
「ん……んん?」
「遠乗りに出かけた当日、王都でトラブルがあっただろう。道に撒かれた液体は特殊なものでな。馬も人も、まともに踏めば転んでしまう物だった。だが、ミリア殿は見事な馬捌きで大事にはさせず、尚且つ馬を慰め、なにごともなく済ませただろう」
あのときはギリギリだった。
体勢を整えたり、バランスをとったり大変だった記憶はある。
「あのときに人攫い犯たちの計画が狂ったようでな。アジトで飼っているという牛を放ちミリア殿たちに危害を加えようとした。その牛もレオンハルト君が倒したおかげで、回収した手綱から正確な情報が導き出せたのだよ。つまり、王都での見事な馬捌きがなければ、今も捕まえられていなかったということだ」
無理に理由を作っているような気がしてしまう。私は失礼ながら、じーっと国王陛下を見て、疑ってしまった。
「まぁ、そういうことにしておいてくれたまえ。ミリア殿には、今後貴族としての仕事も与えたいと思っておる。爵位を叙爵するにはなにかしらの理由が欲しいのだよ。使用人の出来以外でな」
「叙爵……? 私がですか?」
「そうだ。以前は王家のメダルを授けたが、あれはあくまで王族と同じ立場として王都の店や検問所の素通りができるようになる程度の物だ。だがやはりそうではなく、正式に貴族位を持ち、ミリア殿の持ち前の素晴らしさを国に貢献してほしい。そう思っている」
大変名誉なことである。
爵位を叙爵されれば、今後国に貢献するのは必須になるが、使用人としての行動範囲も一気に増える。特に、レオンハルト様の国務を一緒にやっていくことだってできるのだ。これは私にとってもメリットは大きい。
「ありがとうございます! でも、私が叙爵されるほどのことを……」
「充分だ。すでに王都の貧民街を救っているしな。今度は領地をさらに発展してもらいたいと思っている」
「領地……」
「アルバスから回収した領地、『ミレニガン』だ。あの場所なら、ジェールリカ村と王都の中間地点だし、父親とも会える機会が増えるだろう」
レオンハルト様が前に言っていたことと話が噛み合った。おそらく、この話は前々から決まっていたことなのかもしれない。
だが、領主になるということは私にとって想定外のことであり、複雑な気分だ。
「つまり……、公爵邸での使用人生活は……」
口には出さないが、レオンハルト様とも離れ離れになってしまうのではないだろうか。
叙爵だけで浮かれている場合ではなかったのかもしれない。
「実は前々からミレニガンはアルバスの手から離すつもりだったのだよ。あの男もいい加減だったのでな。あとのことをレオンハルト君に任せようと思っていた」
「黙ってて悪かったな」
「いえ、国務ですもの。むしろ喋ってはダメでしょう」
「レオンハルト君からお願いされてね。『どうせなら妻と一緒に領地を管理したい』と」
「つま⁉︎」
私は驚いてレオンハルト様に顔を向けた。恥ずかしそうにしながら頬を掻いていた。
「私の将来の妻。つまりミリアは優秀だからな。私が困ったとき、助けてくれ共に協力していけるパートナーがミリアだったらと思っていてな……」
「ということは、これからも一緒に……?」
「もちろんだ。ミリアとこれからも一緒にいたいし、どうせなら共に協力できるようなことをしたいから、伯父様に無理を言ってお願いしてしまったのだよ」
嬉しすぎて笑顔を隠せなかった。もちろん、即答で爵位の件は承った。
「ミリア殿は王都への功績もすでにある。最初から子爵として叙爵することにした。時期が来たら、王宮で叙爵式も行う。そのあとはレオンハルト君と二人でミレニガンをより良い街に発展させてもらいたい」
「ありがとうございます!」
喜んでばかりもいられない。これから覚えなければいけないことがたくさんあるから大変だ。使用人ライフをしながら、勉強も恋愛もする。休みなどしばらくないだろう。
ミレニガンへ滞在する機会も増えるだろうし、そうなったら使用人の仲間たちともお別れなのかな……。新たな道へ進むためには避けて通れないし、今までのお礼も含めてなにかしたい。
そう思いながら公爵邸に向かう。
「ミリアは子爵になっても使用人は続けるのだろう?」
「もちろんです! 使用人をしながら領地の管理のお手伝いができたらと思います」
「本当に頑張るのだな。無理はしなくとも良いのだぞ」
「いえ。使用人ライフあっての生活ですからね」
使用人として活動してきたからこその叙爵だ。
レオンハルト様の妻になってもずっと使用人は続けていく。
「そうか。公爵邸も今後は別邸として残し、王都に帰ったときはいつでも使えるように維持はしておくつもりだ」
「唯一悲しいことと言ったら、使用人のみんなやガイムさん、それから門番や警備の方々とお別れですかね……」
「そうだな。この件は公開可能になり次第、使用人たちには全員に報告する。公爵邸に残る者、これを機会に辞める者、ミレニガンに付いてきて使用人をしてくれる者と別れるだろうが、避けては通れないからな」
こればかりは仕方のないことだ。公開の時期が来るまでは、今までどおりにいつもの使用人として振る舞った。




