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67話

「うぅ……眠れない……」


 事件の事情聴取も終わり、明日からは使用人生活復帰。ワクワクしているのもあるが、なかなか寝付けなかった。

 私専用の個室で、ベッドで横になっているのだから、なにひとつ不自由はない。テントでの寝心地よりも圧倒的に良い。


 だが、隣にレオンハルト様がいないのだ。


 合計十四回もすぐ隣にレオンハルト様がいる状態で寝ていたため、彼がいないということに違和感を覚えてしまっている。


「今の時間だったら、みんな寝ているよね……?」


 私はこっそりと起き出し、そーっと足音を立てないようにしながらレオンハルト様のいる部屋へと向かった。

 ダメなことだとは分かっているが、どうしても我慢できなかったのだ。せめて、もう一度おやすみの挨拶をしてから寝たい。


 しかし、厳重警戒中の公爵邸は甘くなかった。


「捕らえなさいっ!」

「「「「「はいっ!」」」」」

「ふんぎゅっ……」


 あっさりと捕まってしまった。使用人の仲間たちの手によって……。

 すぐに私だと気がつき、捕らえてきた使用人たちもあっけらかんとした表情をしていた。


「「「「「ミリアさん……⁉︎」」」」」

「は、はい……。申しわけございません……」


 トイレも簡易湯浴みも使用人の各個室に設置されている。こんな夜遅くに屋敷内をうろちょろすること自体が使用人としてあり得ないのだ。ひたすら謝罪することしかできない。


「なにをしていたのですか?」


 私は正座をしながら頭を下げた。

 私たちがジェールリカ村へ行っている間に少しだけ方針が変わっていたのだ。使用人として、何人かは夜間の警備訓練として屋敷内の巡回をする任務も増えたらしい。

 あくまで訓練としてだったそうだが、まさか本番になるようなことになってしまったわけだから、彼女たちも必死だったようだ。


「本当にごめんなさい」


 使用人たちに迷惑をかけてしまったのだから、謝るのは当然のことだ。


「いえ、ミリアさんのおかげでむしろ良い訓練になりましたよ」

「そうそう。本当に不審者が入ってきたのかと思いましたし」

「でも、本物の警備兵たちが屋敷の外で厳重にしていますしおかしいなとは思ったんですよ」

「で、ミリアさんはなにをしていたのです?」


 これは言い逃れができない。交際のことは隠しつつも正直に話すしかできなかった。


「そ……その……。主人様にご挨拶をしたかったもので……」


 使用人たちは顔を見合わせ、やがてなぜか笑みを浮かべた。


「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」

「はい……?」

「さささ、ここは私たちが見張っていますから、ガイム様やメメ様に見つからないうちに……」

「う、うん」


 なぜかみんな協力的だった。

 クスクスと笑われ、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。私とレオンハルト様が交際中であることも、婚約を交わしたこともまだ言っていない。

 なかなかの演技で誤魔化してきていたし、バレるようなこともなかったはずだが。


 ともかく、使用人たちによる警備網は突破できた。用心しながらレオンハルト様の部屋の近くまで向かった。

 どういうわけか、部屋の外にレオンハルト様が立っていたのだ。


「ミリアか⁉︎ どうしたのだ?」

「う……うぅっ……。レオンハルト様!」

「ひとまず入ってくれ」

「はい」


 部屋に入れてもらい、おやすみの挨拶をしようとしたところ、いきなりギュッと抱きつかれてしまった。


「ミリアに会いたかった……」

「ふんぎゅ⁉︎」

「なんとかしてミリアと会おうと思い部屋の外まで出ていたのだが、どうやって会えば良いのか途方に暮れていた。そんなときにミリアから来てくれたのだ。嬉しくて死にそうだ」

「いえ、死ぬのは困りますけど、私も死にそうです。物理的に……」


 ものすごい力で抱きしめられている。もう逃すものかというような勢いでだ。

 レオンハルト様の力は弱めてくれたものの、それでも私を離そうとはしなかった。


「すまない。私はもうダメだ。ミリアがいなければ眠れそうにない」

「私もです。でも、もう少し我慢しましょ。せめて、婚約をみんなに伝えるまでは……」


 本来ならば結婚するまでと言うのが正しい答えだと思う。

 だが、それまで待つのは厳しい。それくらい、レオンハルト様と一緒にいたくて仕方がないのだ。


「少しだけ話さないか?」

「はい。喜んで!」


 夜遅く、レオンハルト様と二人っきりの雑談が始まった。会話をしていく最中、ジェールリカ村の話になる。


「詳しくは言えないが、ミリアは今後頻繁にジェールリカ村へ行けるようになる可能性がある。ログルス子爵は王都へ来れるような環境にもなるだろう」

「お父様にまた会えるのは嬉しいです。でも、どうしてなのかは教えてくれないのですね」


「すまないな。これも国務に関わっているから今は話せない。数日後には正式に決まるだろうから、そのときまでのお楽しみにしてくれれば」

「わかりました。レオンハルト様がいっぱい動いてくださっているからですね」

「それは違う。ミリアが頑張ってくれているからだよ」


 頭をそっと撫でられた。


「はう……」

「そういう甘い声は出さないでほしい。私も男なのだ。抑えるのも限界というのがあるのだよ」

「レオンハルト様はずるいですよ。私だって我慢していることくらいありますから」


 もっと頭を撫でられたい。

 もっとぎゅっと抱きしめられたい。

 そして、もっと一緒にいたい。

 もっとレオンハルト様のことを知っていきたい。


 こうやって二人きりで一緒にいても、いずれ終わりの時間はやってくるのだ。


「そろそろお暇します……。日付も変わってしまいますからね」

「あぁ……」


 私はソファーから立ち上がってドアに向かっていこうとしたとき、レオンハルト様が私の腕をグイッとひっぱり、その反動で倒れそうになった。


「ひゃっ!」


 そのままレオンハルト様のがっしりとした身体によたれかかり、そのまま彼はギュッと抱きしめてくれた。


「おやすみ」


 そう言って私のおでこにレオンハルト様の口唇が触れた。ようやくレオンハルト様から恋人同士の第一歩を踏み出してくれたような気がして、嬉しくなってしまう。


「明日も来て良いですか?」

「もちろんだ」

「ありがとうございます。おやすみなさい」


 また明日もある。一緒に寝ることはまだできないかもしれないが、これからゆっくりと歩んでいけば良い。

 レオンハルト様からおでこにあてられたプレゼントは、私を安心させてくれる魔法のような口唇だった。

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