66話
王宮からの帰り道。
国王陛下の計らいで、専用のカーテン付き馬車を用意してくれた。さらに、その前後には護衛付きで厳重な警備体制である。
馬車の中で、レオンハルト様と二人きり。テントの中を思い出す。
「レオンハルト様にひとつ、お尋ねしてもよろしいですか?」
「かまわないよ。なんでも答えよう」
「先ほど言っていましたよね。私が昔から変わらないなと」
「あぁ」
「公爵邸で使用人見習いとして配属されたときの挨拶でも、すでにレオンハルト様は私のことを知っているような話もしていましたが……」
「あぁ。昔から知っていたよ」
「申しわけございません! ずっと悩んでいたのですが、どこでお会いできたか覚えていなくて……」
「それは当然だ。ミリアを見かけて、つい眺めてしまっただけだ。直接話したことはここへ来てもらってからだからな」
「な、眺めていた?」
いつどこでそんなことになっていたのだろう。
必死に過去を振り返るが全く記憶にない。
「アルバス伯爵邸で、シャルネラ嬢が誕生日に主催した交流会があったのを覚えているか?」
「んーーー……。あっ!」
あれは二年前の出来事だ。
シャルネラ様の誕生日にかなり大掛かりなパーティーをアルバス伯爵邸でやったっけ。
あの日は特に大変だった。なにしろ、徹底的に各部屋と庭の掃除を徹底的に任されていた。前日の夜中から休む暇もなくせっせと掃除に明け暮れていた。
当日のパーティーの最中も、私はせっせせっせと食事を運んだり飲み物の提供したり、合間にテーブルを拭いたりと、とにかく忙しかった。
誰かから声をかけられても、主役はシャルネラ様だったために無視するよう命じられていた。
もちろん、無視はできず、会釈だけして会話はできないと謝りまくっていたのだ。
「明らかにテキパキと動いているミリアの姿を見ていてな。あのときはシャルネラ嬢を祝うために参加していたが、頑張っている姿を見てしまってつい見惚れてしまった」
「申しわけございません。本当に気が付かずで」
「いや、むしろ一生懸命に動いている姿を見ていて感心していた。それに、参加者への気配りも素晴らしいと思っていたよ。優しい子だと思ったのもそのときからだ。あのときから、いつかミリアが公爵邸で使用人として働いてくれる日が来ないかと願っていた。だが、なかなかその機会も来なくてな。つい私がアルバス伯爵に提案してしまったのだよ。ピンク色の髪をした女の子を一年だけでも良いから預けてくれないかと」
「え⁉︎ ではレオンハルト様がキッカケで私をここに?」
「まぁそういうことだ。皆には内緒にしてくれ。個人の都合で公爵邸の使用人として配属させることなど今までやっていなかったからな」
見習い使用人としての許可をしてくれたアルバス伯爵にも感謝はするが、それよりもレオンハルト様に対して何倍も感謝したい。
シャルネラ様の誕生日パーティーで、レオンハルト様が陰からずっと見てくれていたなんて……。
「この公爵邸にミリアが来たときは胸がはち切れそうになるくらい我慢との戦いだったな……。私の気持ちを抑えるのが必死だった」
「ではここに来たときからずっと?」
「あぁ。好きだったよ。ミリアの頑張っている姿はずっと見ていた」
「あわわ……」
「だが今思うと肝心なときに限って見れていなかったな。研修のときに公爵邸を走り回ってくまなく調べたと知ったときは後悔だった。あのときは国務に追われていてな。見ている時間もなかった。あれ以来、なるべくミリアのことを……」
「もももももも……もう良いです! これ以上言われたら、恥ずかしすぎて死にそうですから!」
レオンハルト様は私の勘違いした行動を心配して常に見てくれていたということか。決して使用人全員の細かいスケジュールまで把握しているわけではないのだとようやく理解できた。
昔から私のことを見てくれていたことには驚かされたが、これでようやく疑問だったことが解決した。
レオンハルト様のおかげで私は救われた。
今後、公爵邸使用人としてもっともっと貢献できるような一人前を目指して頑張っていかなければ。
厳重警備の馬車は、無事に公爵邸敷地内へと入り、使用人たち全員がいつものように出迎えてくれた。




