65話
「はぁ……」
私は大きなため息をはいた。応接室の隣にある小部屋から、シャルネラ様たちの話を聞いていたのだ。
二人が地下牢へ連れていかれたあと、なんとも言えない気持ちになり、大きなため息が……。
「戻ってきて良いぞ」
「「失礼します」」
「ミリア嬢よ……。色々と言いたいこともあるだろうが、私は疲れ果てた……。すまないが、もう一度だけ先ほどのマッサージを少しだけでも良いからやってくれぬか……?」
「構いませんよ」
「すまない」
国王陛下がソファーに横になり、先ほどとは違った箇所をグイグイと押した。今度は疲れを癒すというよりも強い刺激のほうが良さそうだ。あまりやると後々のことを考えると逆効果なため、ほどほどにしておく。
国王陛下は気持ちよさそうだ。
「生き返った気分だ……。本当に感謝する」
「いえ、むしろお疲れ様でした」
「あぁ。疲れた。ミリア殿はあの者の下で長年従っていたと思うと恐ろしいまでの忍耐力を持っているのだなと改めて思う」
「同感です。公爵邸で引き取れて良かったと本当に思いますよ」
耐えたというよりも、それが当たりまえのことなのだと勘違いをしていた。
なにも知らずに働き続けていたら、もしかしたら過労で倒れてしまったかもしれない。
レオンハルト様がいる公爵邸に移動できて助かったと思っている。
「ところで、アルバス伯爵様とシャルネラ様はこのあとどうなるのですか?」
「ん? あぁ……。どうしたものか。本来ならば先ほど述べたように処刑だ。王族と王族と同等の権利を持てるメダルを持っているミリア殿を危機的状況に追いやったのだから当然だな。しかし、彼女の証言を信じ、すぐに調査する。これで事件が解決するならば処刑だけは免除しても良いかと考えているのだが……」
国王陛下が悩んでいるようだ。
「伯父様。それでも処刑すべきです。私のことはともかくとして、ミリアとアエルの情報を売ったのですから!」
「ううむ……。今までの狼藉も考慮すればそうかもしれぬな。それにシャルネラ嬢の性格を考えると……」
「あの……。少し良いでしょうか」
話が処刑に進んでしまっている。私は手をあげて会話に割り込んだ。
「今までのことも……となったら、やはり処刑以外にしてほしいな……なんて思ってしまいまして」
「なぜだ? ミリアを今までずっと苦しめ、連れ去られるかもしれない状況だったのだぞ? 私の大事なミリアをここまで追い詰めようとしたのだから、絶対に許せないが!」
レオンハルト様は、私のことになるとある意味で一番恐い気がする。それだけ大事にしてくれて嬉しい気持ちもあるが、今回ばかりは少しだけ反抗してしまった。
「シャルネラ様からの使用人としての教育は無茶苦茶だったと思います。でも、それに気がつかずにせっせと仕事をしてしまったのは私です……。他の使用人たちは回避していたようですし」
「つまり、ミリア殿は庇うと?」
「いえ。お父様に対して脅迫していたことに関しては許せません。ですが、今私がこうして公爵邸にいられることも、アエル様のお力もあって余った食材の有効活用で貧民街の人たちを救えたことも、あの伯爵邸で使用人をしていたからということには変わりません。もしも別の場所で使用人をしていたら、今こうしてここにもいなかったかもしれませんし、レオンハルト様と親しくなっていなかったかもしれません」
「うぅむ……。つまり、ミリア嬢は彼らを処刑以外の処罰を望むということだな?」
「できれば……。もちろん、被害にあいそうになったアエル様の意見もあるかとは思いますが」
レオンハルト様はやれやれと呆れながらため息をはいた。
「ミリアは本当に誰にでも優しいのだな。まぁそういうところに一目惚れしてしまったわけだし、文句は言えないか……。ほんとうにミリアは昔から変わらないな」
「え? 昔?」
「こほん。ミリア嬢の言い分はしっかりと考慮する。そなたには王都の民を救った功績もあるしな。だが、処刑に近い罰にはなるだろう。貴族の身分は剥奪。アルバス伯爵が管理している領地も財産も邸も全て没収。ここまでは最低でも行うだろう」
シャルネラ様はやたらとのんびりとしたスローライフを望まれていた。もうそれが叶うことはないだろう。
アルバス伯爵も、レオンハルト様のようにしっかりと使用人のことを見ていたらこんなことにはならなかったかもしれない。もう終わってしまったことだから後付けでどうこう思っても仕方のないことではあるが……。
「ともかく、まずは悪者の根本を断つ。ミリア殿もレオンハルト君も、それまでは王宮に身をよせていたほうが安全かと思うが」
「お気遣いありがとうございます。ミリアだけでもお守りください」
「レオンハルト君は良いのか?」
「私は公爵邸に戻って残った仕事と、使用人たちを守る義務がありますから。ガイムだけに任せては荷が重いでしょう」
レオンハルト様と離れ離れというのはむしろ嫌だった。すぐに私も一緒に戻りたいことを告げた。
「しかし、帰り道になにがあるかもわからないのだ。大事なミリアをわざわざ危険な目に……」
「猛牛を簡単に仕留めたレオンハルト様のそばにいれば守ってくださると信じています」
「う……。それを言われたら弱いな」
「危険であっても、一緒にいたいのです」
「……分かった。命に変えてでもミリアは守ろう」
ガイムさんから習った護身術もあるし、レオンハルト様が守ってくれると言ってくれれば安心できる。
王宮から公爵邸まではさほど大した距離ではないが、油断はしないでおく。レオンハルト様と一緒にいられることが、第一優先になってしまっていた。国王陛下は苦笑いをしていた。
「本当にキミたちは仲が良いのだな。聞いているこっちが恥ずかしくなってしまうわい」




