60話 Side後編
黒服の男たちと別れ、シャルネラは無事に解放された。憂鬱な気分で伯爵邸に帰り、浮かない顔をしながら夕食を口にしている。
「どうした? 冴えない顔をしているな」
「そ……そんなことはありまえんわ」
「ミリアをどうにかすると言っていたが、やはり無理そうか?」
「いえ。そちらは確実に良い方向に進んでいますので……」
「そうか」
シャルネラは後悔していた。
身を守るためとはいえ、悪党に協力するような行動をとってしまった。
さらに、ミリアを連れ戻す目的とはいえ、むしろ協力的になってしまっていた自分自身に罪悪感を持っていたのだ。
だが、もう後戻りはできない。アルバス伯爵にも相談することができず、一人で悩むのだった。
「そういえば、シャルネラにも念のため警戒しておいてもらいたいことがある」
「なんでしょうか……?」
「ここ最近、貴族令嬢が相次いで拐われそうになる事件が発生しているそうだ」
「ぐぇ⁉︎」
シャルネラには心当たりがあった。数時間前まで一緒にいた相手が犯人で間違いないのだと。
「幸い、護衛がついていたおかげで未遂で終わっているが、被害は民間人にも及んでいる。しかも犯人はまだ捕まっていない。目撃者の情報によると、黒服だったということくらいだ……」
「私は大丈夫ですよ……きっと」
「なぜそう思う? シャルネラは見た目は綺麗なのだから警戒はしておいたほうが良いだろう!」
「だって……大丈夫なものは大丈夫ですよ……」
シャルネラは大きくため息をはいた。
ここ最近はミリアの極上マッサージがないうえに毎日地獄のような掃除をしているために、美貌が台無し状態だ。
だが、それを差し引いても綺麗なスタイルは変わりない。
犯人と共に時間を過ごしたにもかかわらず、あっさりと解放された。シャルネラにとっては助かってホッとしたものの、複雑な気分だった。
自分のような仕事ができない使用人相手には、全く危害を加えるような相手ではないと身をもって経験済みなのだから。
「事態が深刻になってきている。国をあげて捜査を始めることになるかもしれない」
「そうですか……」
「それまでは、念のためにシャルネラも外へは出なくても良い。買い物は私がする。そのかわり屋敷の掃除をしっかりやってもらいたい」
「それは困ります」
「せっかくほんの少しだけ掃除もできるようになってきたんだ。このまま頑張れば使用人としても再びやっていけると思っている」
「はい……」
やり方は乱暴だとしても、ミリアが戻ってくるということはほぼ確定しているとシャルネラは思い込んでいた。それも、今度は完全に奴隷のようにして指導することもできる。
弱みに漬け込んで徹底して使用人としての仕事を与えることだってできる状況になるのだ。シャルネラは、もう仕事をしなくとも大丈夫な状況になる一歩手前だと思っている。
彼女の更正する努力は、完全に失われていたのだった。




