58話 Side前編
時間は遡る。
ミリアがお茶会を開催した日、シャルネラはミリアを説得するために公爵邸付近をウロウロとしていた。
「はぁ……。一ヶ月後には使用人を雇えるようになるそうですし、それまでには交渉成立させないと……」
そう独り言を呟くシャルネラだが、独断で行動しての公爵邸周りの巡回だった。この先どうすればミリアと会うことができるのかわからず困り果てていた。
しばらくウロウロしていると……。
「おまえ、公爵邸の関係者か?」
「げ……」
全身黒服の男が二人。
シャルネラにとっては公爵邸の警備に捕まってしまったと、このときは思い込んでいた。
「怪しい者ではございません。わたくしはシャルネラと申します。アルバス伯爵夫人を務めておりまして、侯爵家の娘でございますわ」
男二人は目を合わせ、その場で爆笑していた。
「な……なんですの? 失礼でしょう」
「噂で聞く間抜けで無能な使用人令嬢だろ?」
「な⁉︎」
「事実、俺たちのことも知らずに堂々と名前を名乗っている時点で間抜けなんだよな」
「なんですって! 公爵邸の警備の方だからってあんまりですわ」
男二人は再び目を合わせ、静かに頷く。
「悪かったな。お詫びにおまえの用件を聞こう」
「ミリアさん。ミリア子爵令嬢と話をしたいのですわ」
男たちはミリアという名前を聞き、一瞬だけニヤリと微笑んだ。
「なんでだ?」
「彼女なしでは伯爵邸を回せません! 私も充分に反省しましたし、どうか戻ってきてほしいと交渉しにきたのです」
「ほう。やはり彼女は有能な使用人なのか」
「最も、わたくしがミリアさんを育てましたの。徹底的に教育して有能な使用人にね」
男たちは、笑いを堪えながら自分たちの目的のために質問だけを続けた。
「それはそれは。おまえなどと言って申しわけございませんでした」
「分かれば良いのですわ。ところで、会うように交渉してくださいますの?」
「そのまえに聞きたい。ミリア子爵令嬢の両親はどこに住んでいる? 本人が教えてくれないのでねぇ……」
「教えてくださいよ。彼女のご両親に大事な手紙を送らなければならないのです」
シャルネラはここに来る直前、ミリアの父親宛に手紙を出している。
そのすぐあとだったため、すぐに忘れがちな性格でも鮮明に覚えていた。
「ジェールリカ村の領主様ですわ。母親は既に亡くなられていますが、父親は今も領地で生活していますよ」
「ほうほう、ありがとうございます。これは大変貴重な情報だ……」
「もうこれだけ教えれば良いでしょう? 早く私をミリアさんと合わせてください」
「そんな簡単にできるなら、俺たちも苦労はしねーさ」
「え……?」
このとき、ようやくシャルネラは違和感に気がついた。
煌びやかな馬車が公爵邸の門を潜っていくのに、挨拶ひとつせず、シャルネラに構ってばかり。さらに、ミリアのことを知りたければ、わざわざシャルネラに聞かずとも、レオンハルト公爵に聞けば良い。
シャルネラはゴクリと唾を飲み込み、身体がガクガクと震えた。




