54話
「お父様、心配はいりませんよ。これはアルバス伯爵様が書かれたものではありませんから」
「どうしてわかるのだい?」
「字体が全体的に斜め向きでしょう? これはアルバス伯爵邸に仕えているシャルネラ様独特の書き方なのです」
「……確かに言われてみれば、アルバス伯爵様にしては字が汚いとは思っていたが」
ここでもシャルネラ様に対するダメ出しが……。気にせずに話を進めよう。
「シャルネラ様とアルバス伯爵様は最近ご結婚をされていますが、こういう手紙は夫人が書くものなのですか?」
「それはあり得ない話だ。基本的に領地や国に関する交渉や提案は、全て本人が自筆で書かなければならない。ゆえに、これがシャルネラ嬢が書いたのだとすれば大問題だ」
「だ、そうです。この脅迫まがいの手紙は気にすることありません」
「そうなんだね……。アルバス伯爵様は公爵邸のことを誤解されているから、誤解を解いておいたほうが良いと思って見せたのだけれど、まさか私が安心することになるなんて」
「お父様はお人好しすぎますよ」
「おっと、それはミリアにも言えることだが」
すかさずレオンハルト様のツッコミが入ってきた。
私はそんなことはない……と思う。むしろ公爵邸のみんなが優しすぎるから、なにかお礼をしたいなと思って立ち振る舞っているだけだ。対等な関係だと思う。
「アルバス伯爵様の領地にここで収穫した作物や山菜を出荷していてね。重要な資金源なのだよ。もしその取引がなくなったとしたら、王都まで私が出荷しに行こうかと思っていたのだけれど……」
「無茶しないでくださいね!」
「ははは……。娘に怒られてしまったか」
お父様はいつも無茶をする。おそらく、このジェールリカ村でも無理をして領民のためになることをしている気がしてならない。
なんとかしたい気持ちはあるけれど、私は使用人としての仕事しかできなくて、協力できそうなことがないのだ。
困っていると、レオンハルト様が口を開いた。
「実は今回ジェールリカ村へ訪問しに来た理由のひとつとして、国務も絡んでいます。明日は二人で対談をできればと」
「では、私は明日、庭の手入れをしますね」
「無理しなくていいのだよ? すでに充分すぎるほど部屋を綺麗にしてくれたではないか」
「庭も綺麗にしないとですよ。それに、こういう作業は楽しいですから。お父様たちはゆっくり対談してください」
国務が絡むのならば、私はいないほうが良い。
せっかくお父様の屋敷の手入れもできることだし、むしろ好都合だった。草はぼーぼーだし、庭というよりもジャングル化しているため、やりがいがある。むしろ、やらせてくださいというねだるような顔をして頼み込んだ。
「ありがとう。ミリアにお願いするよ」
翌日、朝から夕暮れ時までせっせと庭の手入れに励んだ。




