50話
「おはようございます」
良く寝れた。テント内は暖かくて、なんとなく守られているような感覚もあってグッスリと眠ることができた。
だが、レオンハルト様の顔色があまりよろしくない。
「おはよう……」
「大丈夫ですか?」
「問題はない。なかなか寝付けなかっただけだ」
「申しわけございません。私が一緒に入ってしまってスペースが狭かったのでしょう」
「気にしないでくれ。そういう問題ではないのだ」
普段レオンハルト様は、ふかふかのベッドで寝ている。環境の変化で寝付けなかったのかもしれない。
こればかりはどうすることもできないし、せめて今夜はレオンハルト様がしっかりと眠れるように子守唄でも歌ってみようか。
「では、今夜はレオンハルト様がグッスリ眠れるよう、寝るまで眺めていて良いでしょうか?」
「よしてくれ……。私の心臓がもたない」
「ん……?」
テントを片付けながら、さっそくと今夜の話をしていたのだが、話が噛み合わない。レオンハルト様は深刻な寝不足のようだし、この状態で馬を走らせて大丈夫だろうか……。
と、心配する必要はなかったようだ。
順調に馬を走らせていたのだが、またしてもアクシデントが発生した。
平和だと思っていた道路だが、一頭の牛が姿を現した。それだけなら良いのだが、なぜかこちらにものすごい勢いで近づいてくる。明らかに敵意剥き出しといった感じで、牛というよりも猛牛だ。
馬も結構な距離を走らせているから、今全力疾走させるのは負担が大きい。
まさかこんな危険な状況になるとは。
「明らかに私らを狙っているな」
「どうしましょう!」
「落ち着いてくれ。あれくらいならなんとかなる」
「はい? なんとかとは?」
「私が倒す」
「え⁉︎」
レオンハルト様は私に手綱を託し、荷物の中から鋭い尖ったものと小道具を取り出した。
「それは?」
「ガイムから習った弓術だ。小型だが、何本か命中させればあの程度ならなんとかなる」
ついよそ見をして、後ろにいるレオンハルト様に顔を向けてしまった。
慣れた手つきで何本も矢を放っていく。その姿は勇ましく、真剣な表情のレオンハルト様に見惚れてしまっていた。
全てが見事に急所らしき場所に命中して猛牛は動かなくなった。
一度ライトちゃんを停止させる。レオンハルト様が馬車から降りて、猛牛の近くへ寄っていく。
「近づいて大丈夫ですか?」
「問題はない。それに、気になることがあるのでな」
そう言われ、私も気になったため猛牛に近づいていく。
「見てくれ。これを……」
レオンハルト様が指を向けた箇所を観察する。
野生の猛牛には絶対にないものがそこにはあった。
「手綱……?」
「そうだ。これは人間が取り付けたものに違いない」
「飼い牛ということですよね。こんな場所で……。王都から逃げてきたのでしょうか」
「どうだろう……。しばらく様子を確認してみたが、コイツは明らかに私らを狙っていたような動きだった」
この牛に飼い主がいるとしたら大事件だ。私はともかくとして、レオンハルト様の命を狙われてしまった。この責任は飼い主にのしかかるだろう。
レオンハルト様は手綱を取り外し、さらに彼が持っているナイフで牛を……。これ以上言うのはやめておく。
私も恐くなって目を逸らした。
「なにされているのですか?」
「自然の摂理に従っているだけだ。特に、長旅の場合はこういうときに捕らえた獲物は力になる」
「つまり……」
「火を起こしてご馳走だな。二日分ほど回収し、残りは埋めよう」
これも使用人としてやらなければならない。
私はテントの設営用で使っているシャベルを取り出し、倒れている牛のそばに少しづつ穴を掘っていく。大きな牛をそのまま埋めるのは骨が折れる作業だが、浮き出た部分は土を被せて対処した。
「ありがとう。おかげで作業が早く終わった。それに、早いところここからは離れよう。どうも嫌な予感がする」
「承知しました。そんなに肉を持っていくのですか?」
「希少部位と栄養価の高い部分だけを回収した。ここから離れたところで火を起こし食べよう」
飼い主がいるかもしれないのに良いのだろうか……。馬を走らせながらレオンハルト様に聞いてみたが、問題はないらしい。
ここはすでに王都ではなく、自然豊かな大地。自然の摂理に従ったまでであり、飼主に訴えるような権限もない。むしろ、飼い主が処罰されるくらいだという。
体力を激しく消耗する馬での長距離移動だし、肉を食べられるのは助かる。ありがたくいただくことにした。
♢
猛牛に襲われた場所はすでに視界に入らないほど遠く離れた位置で、二日目の日没を迎えようとしていた。
昨日同様にテントを設営し、順番に川で水浴びを済ませた。今日は火を起こしているため、炎によってある程度目が利く。仮に真っ暗闇になっていても、星空の光で全く見えないわけではないが。
たっぷりと肉を食べ、火を消化してテントに入る。狭い密室空間で二人きりの時間が始まった。
「レオンハルト様が頼もしくカッコ良かったです」
「いざというときのために最低限の防衛術をガイムから習っておいて良かった。ミリアが無事でなによりだ」
暗闇の中、横になりながらすぐそばにいるレオンハルト様と目が合ってしまう。
二日目のテント共同生活だが、良く考えてみたらとんでもないことをしているような気がした。ドキッとしてしまい、目を逸らす。
考えれば考えるほど緊張してきてしまう。もう一度レオンハルト様の顔をそっと覗くと、すでにグッスリ寝ていた。
寝顔が可愛く見える。
ほんの少しでも近づいたら密着してしまうほどの距離に意中の相手がいる。寝ている間にそっと触れることも簡単だ。昨晩は、私が早急に寝てしまったが、そのあとレオンハルト様はどんなことを考えていたのだろう。
私といえば、レオンハルト様の頬にそっと触れてみたくなってしまう。グッと堪えて目を瞑った。
……眠れない。
…………全く眠れない。
……………………ドキドキしすぎて眠れない!
長い夜が始まった。
♢
「ミリアよ、そろそろ出発する時間だが……」
「ん……んんんううう……。あ……。れおんふぁふほはま……。おはようごはいまふ……」
目を擦りながら重い目蓋をゆっくりと開く。寝ぼけていて、再び目を閉じてしまいそうだったが、一気に目が覚めた。
「ふあ⁉︎」
「おはよう。朝だ」
レオンハルト様のおでこが私のおでこと触れ合う。顔がほぼ密着状態になり、一気に意識が芽生えた。
「おおおおおおおおおはようございます!」
「昨夜は眠れなかったのか?」
「はい……」
もしかして、昨日のレオンハルト様が寝不足だった理由って、今の私と同じだったのだろうか。
だとしたら嬉しい……。もちろんそんなことを本人に聞けるわけもなかった。




