45話
「声はかけなかったのですね」
「黒服の恐そうな方と一緒にいましたので、知らん顔をしてスルーしてしまいました。少々恐怖を感じたくらいです」
「え……。シャルネラ様はいったい、なにをしていたのでしょう……」
「それはわかりません。ただ、噂に聞くシャルネラ様だとしたら、意地でもミリア様を連れ戻そうと企んでいると考えても不思議ではありませんわ。警戒はしておいたほうが良いかもしれませんよ」
一緒にいるガイムさんは黙ったままなにかを考えているようだった。
「わかりました……。教えていただきありがとうございます」
「むしろ不安にさせるようなことを言ってしまい申しわけありません。今日はとても楽しかったですわ。またご一緒にお茶会ができたら嬉しいです」
「私も楽しかったです。今度は私のほうから招待しますね」
ニコリと微笑みながら馬車に乗った。ガイムさんと一緒に見送りをする。
「これは本格的に警戒したほうが良いかもしれませぬな」
「そんなにですか?」
「はい。確証は持てませんが、黒服と言われて少々心当たりがございますゆえ」
万能執事長のガイムさんはなんでも知っていると言ってもおかしくないほど物知りだ。
彼が警戒と言ったら、素直に従ったほうが良いだろう。メメ様たちが言っていた不審な人たちと同一人物なのかもしれない。
半月後には、遠乗りしてお父様のいるジェールリカ村へ向かう予定だ。こんな時期に大丈夫なのか少し心配になってきた。
レオンハルト様にもこのことは伝えておくことにした。
♢
「ガイムからも報告は受けている。これは予定を早めて出発したほうが良いかもしれんな」
「公爵邸を留守にしてしまって大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ。この公爵邸にはガイムもいるし、頼りになる使用人もいるではないか」
「確かに」
「それに、仮にシャルネラ嬢が関わっているのであれば、ミリアにも関係しているのではないか? だとすれば、むしろミリアを遠い安全な場所に一時的に避難させたほうが良いかもしれない」
いくらシャルネラ様でも、無理やり私を連れ戻そうとするなんてことをするだろうか……。
一応、考えてみた。考えれば考えるほど、むしろそのような気がしてくる。
だが、アルバス伯爵が強引な行動をするとはとても思えない。
「順番に教えていく予定だったのだが、護身術は先に指導させておくべきだったな……」
「護身術?」
「自分の身を守るための訓練だ。これは公爵邸独自で使用人全員に教えている」
「すごい……」
「ガイムはその手の達人だからな。彼に任せて技術を身につければ、大抵の人間には負けることはないだろう」
ここでもまたガイムさんだ。どこまで名執事なんだよ……。
「ぜひ、習いたいです」
「しかし、ミリアは乗馬レッスンもしているではないか。これ以上詰め込むのはどうだろう」
「全然平気ですよ。もっといっぺんに詰め込まれたこともありましたから」
「はぁ……例のシャルネラ嬢か」
「あはは……」
使用人配属されたその日に、アルバス伯爵邸でのスケジュールや物の位置、それに加えてシャルネラ様が担当していた仕事を全て覚えさせられた。当日で全てを覚えることはできなかったが、おもいっきりシャルネラ様から怒られたことをよく覚えている。
あのときと比べたら、乗馬と護身術の二つを学ぶくらいなら許容範囲である。ただし、護身術は初めてのことだから、より集中する必要はあるが。
「やれやれ……。シャルネラ嬢の無茶苦茶な命令についていけるのはミリアだけだろう。とはいえ、今は時間もあまりないし、可能ならば覚えておいたほうが良いとは思う」
「では、レッスンしてくださるのですか?」
「あぁ。ガイムに伝えておこう」
「ありがとうございます」
そういえば、シャルネラ様がバシバシ引っ叩いてくるから、防衛本能でガードをしていたようなこともあったっけ。
本気で殴られそうになったこともあった。あのときはさすがに襲いかかってきたところをうっかり投げ飛ばしてしまったのだ。それ以降はシャルネラ様も大人しくなってくれたから幸いだったな……。
あんなのは独学だし、しっかりとした護身術を学ばせてもらおう。




