44話
しばらくレオンハルト様に包まれたのち、冷静さを取り戻したら、だんだんと恥ずかしくなってしまった。
「う……」
「まだなにか悩んでいるのか?」
「いえ。ただ、お恥ずかしいところを見せてしまったなと……」
レオンハルト様の胸元に顔をくっつけながら、盛大に泣いてしまった。冷静になると、やらかしてしまったなと思う。
恥ずかしくなってしまい、レオンハルト様から目を逸らし、顔を赤くしていた気がした。
「そっぽを向くミリアも可愛いな」
「からかわないでください」
「事実だから仕方がないだろう」
「う……」
さらに、私の頭をよしよしと撫でてきた。
レオンハルト様は、ひたすらに私のことを甘やかそうとしてくる。
「しばらくの間、こうして二人で一緒にいられる時間が少なくなってしまう。今日はもう少し一緒にいてくれないだろうか?」
「お仕事が忙しくなるのですか?」
「あぁ……、まあそんなところだ。すまない」
普段と比べて曖昧な答えだったが、今は気にしない。少しでも長く、レオンハルト様の胸元に顔をくっつけて、まったりとしていたかった。
明日からまた頑張ろう。
♢
良い天気だから、庭のテラスでお茶会を開催するかと思ったが、メメ様とガイムさんから屋敷の広間で開催するように指示された。
昨日の話から想定して、敷地内の庭でも危険なのだろうか。
だが庭園の管理も、裏庭の農園もいつもどおりだ。昨日だって乗馬レッスンもしている。あまり気にしても仕方がないし、気持ちを切り替えて、今日来てくださったご令嬢たちをもてなす。
……と、思ったのは最初だけだった。
「さすが使用人養成している公爵邸ですね! このクッキーも焼きたてで、とても美味しいですわ」
「お菓子だけではありません。この建物に入ってくるまでの庭園も大変綺麗で立派でした。毎日の手入れが徹底されているのですね」
「ミリア様が羨ましすぎです。私もこの公爵邸で使用人をやってみたいですもの」
「ここで使用人を始めてから、毎日が楽しいです」
私含めて四人で円形のテーブルを囲んで雑談を楽しんでいる。
今日のメンバーはメメ様が厳選して選んでくれたのだが、まさかの全員が公爵令嬢だった。
しかし三人とも優しく、とても話しやすいため、すぐに打ち解けられた。ガイムさんが紅茶のおかわりを注いでいく。
「この紅茶も大変美味しいです。どこで手に入れたのですか?」
「こちらはミリアさんが独自にブレンドした茶葉になります」
「「「えええぇぇえぇえええっ!」」」
シャルネラ様はティータイムに用意する紅茶の味にうるさかったため、彼女の要望を全て聞き入れて改良に改良を重ねた。シャルネラ様は最後までブレンドした味に納得してくれなかった。
しかし、ブレンドした紅茶はここにいるみんなも、使用人たちも喜んでくれている。公爵邸の方々、そしてメメ様が厳選してくれたメンバーも優しい。
「クッキーも今朝方ミリアさんが焼いたものです」
「「「おおおぉぉおぉおおおっ!」」」
せっかくのお茶会だし、自分で準備をしてみたかったのだ。レオンハルト様がクッキーを食べたいと駄々をこねてきたが、今回は遠慮してもらう。
しょんぼりとしてしまったため、今度また改めてレオンハルト様にもクッキーを作ると言った。『楽しみにしている』と言われたのがまた嬉しい。
「どちらも素晴らしいですわ。誰に教わったのですか?」
「教わったというよりも、納得してもらえるまで何度も試行錯誤して作ったりブレンドしたり……です」
「まぁ! こんなに美味しく出来上がっているのに、納得しないとは……。よっぽど厳しい訓練をされているのですね」
「噂以上にこの公爵邸の教育は厳しいのですねぇ……」
「違いますよ。ここではなく、その前に使用人をしていたところで研究していました」
「まさか、あの例のシャルネラ様がいらっしゃる伯爵邸ですの?」
「えぇ、そうです」
「「「あぁ……」」」
公爵令嬢たちの大きなため息が部屋中に響く。
「最近アルバス伯爵邸で使用人をしていた方たちから、色々な噂が広まっているのですよ」
「あ、私も聞きましたよ。ミリア様がいたときは、全てあなたが仕事をやっていたから気がつかなかったそうですが、いなくなってから仕事の分配が圧倒的に増えて四苦八苦していたとか」
「シャルネラ様は実はなにもできないリーダーなのではないかという噂も耳にしました」
今度は私がため息をはいた。
前々から疑問だったのだが、やっぱりシャルネラ様は私に仕事を全部押し付けているだけだったのだなとようやく気がつけた。
おかげでどんなに厳しい仕事も耐えられる忍耐は身についたかな……。そう思っておくことにしよう。
「ミリア様はもっと怒っても良いと思いますよ? シャルネラ様になにか復讐しても良いくらいかと」
「いえいえ。そんなことするつもりなんてありませんよ。恨んでいるわけでもありませんし」
「はぁ……。器まで広いのですね。でも、ミリア様がなにもしなくても、すでにシャルネラ様はどん底に落ちてきているようですけどね」
「え? なにかあったのですか?」
「国王陛下からの罰で、アルバス伯爵邸ではしばらく使用人を雇うことを禁止されているのは知っているでしょう?」
「はい」
「アルバス伯爵にも本来の仕事の出来がバレて、シャルネラ様の信用もガタ落ちですからね。もう誰も彼女の部下として働く者はいないでしょう……」
シャルネラ様の下では、もう使用人としてはやりたくはないのは私も同感だった。
もしかしたら私だけのワガママなのではないかとも思っていたが、話を聞いているとそうでもないらしい。少しホッとしてしまった。
「ミリア様のような方を失って、シャルネラ様だけでなくアルバス伯爵様もさぞガッカリでしょうね」
「これからは公爵邸で役に立てるよう、より一層勉強していくつもりです」
「ミリア様はすでに完璧でしょうに……。ものすごい向上心ですね」
「あの、ところで、この茶葉はどのような組み合わせで作られたのです?」
「あ、わたくしも知りたいですわ!」
「私も是非! でも、企業秘密なのでは……?」
「良いですよ。いくらでも教えます」
私が作ったブレンドティーがこんなにも喜んでくれるなんて嬉しい。別に独占しようだなんて思っていないし、組み合わせなんていくらでも教えたって構わない。
むしろ、喜んでくれる顔が見れて私のほうがお得な気分だった。
♢
お茶会も楽しく終わり、帰りの馬車の見送りをしようとしたときのことだった。
馬車に乗ろうとした公爵令嬢が立ち止まり、思い出したかのように声をかけてきた。
「そういえば……。ここに来る途中、公爵邸のすぐ近くでシャルネラ様を見かけましたわ」
アルバス伯爵邸は徒歩で移動ができる距離ではあるし、近くにいたとしても珍しくはない。
だが、わざわざそのことを伝えてくるわけだしなにかある。
妙な胸騒ぎを感じた。