41話 Side
シャルネラは窮地に追い込まれていた。お茶会にミリアを誘い、早めにアルバス伯爵邸の使用人として戻ってきてもらうようお願いする予定だった。
しかし、ミリアからの手紙の返答には今回はお断りという文面で帰ってきてしまったのだ。
シャルネラとのお茶会に関しての断りは、メメが判断したことである。
「うう……。このままではミリアさんが帰ってくるまで規定の一年間まで待つ羽目になってしまう……」
「シャルネラよ。肝心のお前自身はどうなのだ? 一度気持ちを切り替え、一から使用人としての勉強をしてみては?」
「習うなんてそんな……。私は高貴な名門侯爵の娘ですよ。今さらどの面下げて習えば良いのですか」
「地位としては良くとも、肝心の使用人としては平民にすら劣っているではないか」
アルバス伯爵はヤキモキしている。監督不行届きとはいえ、シャルネラのだらしなさを知り、我慢の限界だった。
だが、見た目だけならばアルバスの好みだったため、更生の余地があれば離婚せずにこのままでも良いと考え直してしまったのだ。
仮にシャルネラと離婚したとしても、信頼を失ったアルバス伯爵のところに新たな縁談などくるはずもない。そのこともアルバス伯爵は重々知っていたため、簡単にシャルネラを切り離すことができないのだ。
「嫌ですよ? 私まで公爵邸で使用人見習いを受けるのだけは。自力でできるようにしますので」
「それは心配せんでも良い。すでに依頼はしたのだが、断られた。あっさりと……な」
「う……」
アルバス伯爵が最後に言った意味はどういうことか、シャルネラにもわかっていた。
公爵邸で使用人見習いは誰でも受けられるわけではない。ある程度の信用、実績、なにかしらがなければ入ることはできないのだ。
シャルネラにとってはショックを隠しきれなかった。自分の実力が世間にまでバレてしまったのだから。
「これでは、正攻法ではミリアさんを早急に連れ戻すことが……」
「仕方のないことだ。来年の時期まで待つしかないだろう。そのときまでにシャルネラは最低限の仕事ができるようになってもらわないと困る」
「私も一人前になってないといけないのです⁉︎ せめて、半人前でも……」
「当然一人前でないと困る。それとも、使用人を引退して全てを任せようと考えていたのか?」
「そもそもが、アルバス様の領地でのびのびとだらだらと過ごすのが目的だと言ったでしょう?」
アルバスは悩みに悩み、再び離婚という選択も視野に入ってきていた。シャルネラを失い、今後再婚相手が見つからなくなってしまい、将来の後継ができなかったとしても覚悟してきたのだ。
「最後の情けだ。シャルネラを一度使用人リーダーから降格させよう」
「ななななっ、なんですって⁉︎」
「もうじき、制裁期間も終了する。新たに使用人を雇う際、なるべく優秀な人材を雇えるよう全力を尽くす。その者に一から習い、最低限できるようにするのだ。伯爵邸の面目のためにも出来てもらわないと困る」
「そんな……」
シャルネラはその場でへたり込んだ。
誰かに教わる。これがどれだけシャルネラのプライドを傷つける行為か、アルバス伯爵には理解できるはずもない。
「元々貴族の地位よりも使用人としての実力、掃除洗濯料理などの出来が大きく評価される時代だ。シャルネラが侯爵令嬢だとしても、平民からとんでもなく優秀な使用人が出てきたとしたら、そちらが評価されるだろう」
「なにが言いたいのですか?」
「上位貴族だからという古い発想はやめ、そろそろ実力社会だということを知るべきだと言っている。少なくても今は私の妻なのだ。恥をかかせたくはない」
アルバス伯爵は、どうしたらシャルネラが気持ちを入れ替えることができるかどうか必死だった。
これでもダメであれば、シャルネラを捨てるしか方法がない。これは最後の忠告のようなものでもある。
アルバス伯爵は真剣な表情でシャルネラにお願いするような態度で伝えたのだ。シャルネラはしばらく無言で考え込み、悩む。
やがてシャルネラが出した答えは……。
「わかりました。私が最低限使用人としての仕事ができるようになれれば、ミリアさんなしでも領地でのびのびとした生活を約束してくださるのですね?」
「最低基準の評価を得られればの話だがな。どちらにせよ、ミリアが戻ってくるまでに彼女がいなくとも十分に使用人としてこの屋敷を管理できる程度にはなってもらう」
「……やりますよ。やれば良いのでしょう! そのかわり、私もそれなりの対策を考えていますからね」
「あぁ。好きにするが良い」
シャルネラは、良い返事だけはした。
だが、新しく入ってくるという使用人に対して、金や物で釣るつもりだ。ミリアの代わりとして使えそうな者が入ってくることを期待していたのだ。
しかし、シャルネラは知らなかった。ミリアほどの実力を持った使用人が、わざわざアルバス伯爵邸に配属されるはずがないことを。
さらに、シャルネラがとんでもないことをすでに考え、陰で動いていることにも気がつかず、アルバス伯爵は曖昧に返事をしてしまったのだ。




