38話
「ミリアさん……。いくら正式な使用人になったからと言っても無理しないで大丈夫ですからね?」
メメ様がレオンハルト様の部屋を見渡す。この部屋は、一番綺麗かつ丁寧にしなければならず、他と比べて一人多い三人体制で作業をする。さらに、レオンハルト様が朝起きてから、昼食を食べ終えるまでに綺麗にしておくことが必須だ。
しかし、今日に関しては他の二人は別作業のヘルプに出ている。ベッドの布団を干してシーツの交換、壁と窓、そして床磨きをしてから花瓶の水の交換。一人での作業は慣れているため、せっせせっせと掃除をしたのだ。
「無理はしていませんよ。修行のときと同様、毎日楽しく勉強させてもらっていますから」
「昨日は乗馬レッスンを受けていたのですから、そうとう疲れているでしょう?」
筋肉痛に襲われようとも、毎日の使用人業務は徹底する。
乗馬の練習は使用人業務とはまた別だと思う。とはいえ、いつもよりは身体が思うように動いてくれなかった。
もちろん無理はしていないが、時間をかけてでもやるべき任務は終わらせた。やはり、使用人として働き屋敷を綺麗にして、掃除することが私の生きがいである。
仕事としての責任感というよりも、今の私は夢中になっているだけかもしれない。
「大丈夫ですよ。楽しんでやっていますから」
「この徹底っぷりで楽しむ……ですか。でも無理はしないでくださいね。ただでさえミリアさんは昨日、主人様からのスパルタレッスンを受けたばかりでしょう?」
「スパルタ……ですか?」
安全面や馬の体調のことになると、時々厳しかった。それ以外はいつものレオンハルト様だったし、スパルタというよりも、乗馬レッスンデートというイメージが強い。
昨日のレッスンが厳しかったのかどうかと考えながら、首を傾げてしまった。
「主人様は馬が大好きですからね。その分教え方も大変厳しいのです。馬に乗ることができるようになった使用人たちも、当時のレッスンで涙を流すほど厳しい訓練を受けていたのですよ」
「…………」
私はさらに首を傾げてしまった。私相手だから、優しくしてくれていたのだろうか。
そうメメ様にうっかりと聞きそうになってしまったが、グッとこらえた。
危ない危ない。私とレオンハルト様が恋仲になったことは喋らないことにしていることを忘れていた。誤魔化す。
「昨日は楽しい休暇になりましたし、早く乗馬ができるようになりたいなぁって思っていますから。だからどんなに厳しくても平気です。むしろ安全面で心配してくれているのですよね」
「主人様は、使用人全員の健康面や安全面には特に配慮していますからね。ところで、休暇と言っていますが、乗馬レッスンをしていたならば使用人としての勤務扱いになります。後日、休日を作ってください」
「え⁉︎ あんなに楽しいデート……こほん! あんなに楽しい一日だったのに、レッスンも勤務扱いなのですか?」
危ない……。うっかりとデートと言ってしまいそうだった。いや、言った。
だが、メメ様は特に反応はしていないし、ギリギリセーフかな。
「当然です。乗馬ができるようになれば、使用人としてのスキルをさらに上げることに繋がりますから」
言われてみれば、確かにそうかとも一瞬だけ納得してしまった。
今までは、私が料理担当の日の前日、馬の操縦ができる使用人に買い出しを頼んでいた。公爵邸では仕えている人数が多く、その分大量の食材が必要である。私が徒歩で買い物に行くと言ってもダメだと言われていたため、買い物は使用人にお任せだった。私が馬に乗れるようになれば、この問題も解決はできる。
しかし、だからと言って昨日のデートを勤務扱いにするのはどうだろう……。
「せめて昨日の分、しっかりと働きます!」
「いえいえ。今日も十分過ぎるほどですからね」
「…………」
やはりこの公爵邸にいる人たちは優し過ぎる。




