30話 ミリアの社交会編8
「逆と言いますと……?」
「伯爵よ。先ほど表彰したミリアに関して心当たりはないのか?」
シャルネラ様がまるでこの世の終わりかのように冷や汗タラタラになっている。
いっぽう、アルバス伯爵はなにがなんだかわからないような表情を浮かべながら頬を掻いていた。
「いえ、全く。元々ミリアは使用人として全くダメだと報告を受けていました。それゆえに公爵邸へ修行へ出させましたが……。まさか公爵邸で立派になられたのだなとしか」
「ほう。つまり知らなかったと?」
「はて……。なんのことでしょうか? シャルネラよ。なにか心当たりは?」
「さささささ……さぁ。私にはさっぱり」
シャルネラ様がそっぽを向きながら滝のように汗を流している。
せっかくのドレスが汗ばみメイクがボロボロに落ちてしまっているではないか。
「ではシャルネラに問う。メイド長としてミリアを教育していたと聞くが」
「は、はい。間違いございませんっ!」
「仕事が遅いだのと言っていたそうだな」
「遅いことは事実ですので……」
「ほう? 遅くなってしまった理由はシャルネラの仕事を押し付けて仕事量を大幅に増やしたからだと聞いているが」
「そ……それは……」
シャルネラ様が黙り込んでしまった。
周りの方々が徐々にどよめきが起こりだす。
「あのミリアさんをコキ使ったということ……?」
「メイド長だろあの方は。事実だとしたらただごとでは済まされんぞ」
「アルバス伯爵はまさかこのことに気がついていなかったのか?」
「念のために聞いておくが、事実か?」
レオンハルト様が心配そうな表情をしながら私に聞いてくる。
伯爵邸でのできごとは絶対に言うなとシャルネラ様から言われていたが、この状況ではさすがに隠すこともできなかった。
「概ね事実ですね……」
「なぜ黙っていた?」
「申しわけありません。公爵邸での待遇が良すぎて、言ったら心配をかけてしまうんじゃないかと思っていたのと、仕事が遅いことに関しては間違いではないと思い込んでいましたので……」
「ミリアの働きっぷりは私もしっかりと見ているぞ。遅いとはまるで思わない。むしろ丁寧に完璧に仕事をしていて時間どおりに終わらせられることは素晴らしいと思っているが」
「ありがとうございます」
レオンハルト様がそう言ってくれるだけでも私はとても嬉しかった。
無意識だったのかもしれない。
私はつい、レオンハルト様の胸元あたりに頭をコツンとぶつけてよたれかかるような体勢になってしまった。
しかし、レオンハルト様は優しく、そのまま無言のまま私のことをどかそうとはしなかったのだ。
「アルバス伯爵よ、このとおりキミのところで働いているメイド長シャルネラは重大な問題を抱えておる。ミリアだけではない。私の娘アエルからの報告も受けているが、あまりにも酷いものである。このことを知らぬ顔をしていたのか? それとも監督不行届で気が付かなかったとでも?」
「た……大変申しわけございません……。正直なところシャルネラがそのような行動をするとは私自身未だに信じられなく……」
「しばらくの間、アルバス伯爵邸で使用人を雇うことを禁止とする」
「「な!?」」
「アルバス伯爵があまりにも適当だったからこのような事態になったと言っても文句は言えぬだろう。それに二人は夫婦になったのだったな? 周りに迷惑をかけた責任として、しばらくは自らの家のことは自分たちだけで管理することだ」
「そ……そんな……」
シャルネラ様がその場でしゃがみ込んでしまった。
彼女はのんびりした生活を送るのを夢見ていたと聞いたことがある。
アルバス伯爵邸はそれなりに大きい家だし、二人だけで掃除などの管理をしようとしたらとてもじゃないが対応しきれないだろう。
シャルネラ様にとっては地獄なのかもしれない。
ますますアルバス伯爵邸に帰るのが嫌になってしまった。
あれ……?
でも、使用人を雇うのを禁止と言っていたっけ。
この場合、私はどうなるのだろう。
「良かったな」
「はい? なにがですか?」
「これで一年間という制限は関係なく、また使用人修行という名目ではなく正式に私のところに迎え入れることができる」
「良いのですか!?」
「ミリアが望むのならば」
「はいっ!! ありがとうございます!!」
なんということだろうか。
レオンハルト公爵邸でずっと働ける。
みんなとずっと一緒にいられる。
そう考えただけで、胸が熱くなってニヤケが止まらなかった。
「そんなに喜んでくれるのか?」
「もう、嬉しくて嬉しくて……」
「こちらとしても嬉しい。いっそのこと……」
「はい?」
「なんでもない」
レオンハルト様が顔を赤くしながらそっぽを向いた。
なにを言おうとしたのか気になる。
だが、それよりもこれから楽しい生活が毎日続くかと思うと、些細なことであった。
社交会編はここまでです。
ついにシャルネラさんたちの大変な生活が始まります。




