26話【シャルネラ視点】社交会編4
「お久しぶりですねミリアさん。そして、お初にお目にかかりますレオンハルト公爵。アルバス伯爵夫人になったシャルネラと申します。ミリアさんの教育係を務めていました」
「ご無沙汰していますメイド長。お元気そうで」
「これはこれはご丁寧に。レオンハルトと申します。お見知りおきを……」
よし。
第一段階はクリアだ。
レオンハルト公爵と仲良くなりたいが、今ここでミリアを引っこ抜こうとするのはマズい。
なんとしてでもミリアと二人きりで会話をして、伯爵邸に戻るよう促さなくては。
「ミリアさん、あとで少しだけお話があるのですが」
「え……でも……」
ミリアは今まで反抗するようなことはなかった。
しかし、今のミリアはどうだろう。
話をしたいと言っただけなのに、ものすごく抵抗されてしまったような反応である。
「あなたにとってとても大事で良い話ですわ」
「すまないな。今日の私はミリアを一人にさせるわけにはいかないのだ。私も一緒では問題か?」
「い、いえ……そのようなことは……」
ミリアがレオンハルト公爵に対して顔を赤らめている。
まさかではないと思うが、この二人、そういう関係になっているとでも!?
だとしたらかなりマズい。
公爵邸に嫁いでしまったら、ミリアが戻ってくる可能性はなくなってしまう。
そんなことをさせてなるものか。
ミリアは私にとって大事な道具なのだから。
「お願いします……。どうしてもミリアさんだけに伝えたいことがありまして……」
「ふむ。ミリアよ、少しだけ離れた位置で見守っている」
レオンハルト公爵が私の空気を読んでくれたようで、少しだけ離れた位置へ移動してくれた。
これだったら小声でなら、レオンハルト公爵の耳に入ることはないだろう。
「ミリアさん。実は今、アルバス伯爵邸が大変な状況になっているのです」
「なにかあったのですか?」
「ミリアさんの穴埋めとして雇っている使用人たちがあまりにも出来が悪く、私が四苦八苦状態になっていまして」
「は、はぁ……」
「それに、アルバス様はお優しいお方ですからね。あなたを一年間修行させると言った手前、言いづらいのでしょう。ですが、アルバス様にとってもミリアさんに戻ってきてもらえたほうがきっと喜ばれるかと」
「…………」
ミリアが少しだけ困ったような顔をして黙ったままだ。
やはり、私がキツく命令してきたことに関して気になっているようだ。
一度戻してしまえば良いのだから、ここは嘘をついておくのが良いだろう。
「ミリアさんがいなくなって、私も反省しました。仕事は遅いですが、あなたの存在がどれだけ貴重だったか」
「そう言っていただけるのはありがたいのですが……」
「すぐに戻ってこられるのならば、ミリアさんの待遇も以前よりはるかに良い環境にすることを私が責任を持ってでも保証しますわ」
ここまで言えば、ミリアだったら、『はい』としか選択しないだろう。
ミリアは私の言うことならなんでも聞くような子である。
そのようになるように私がうまく教育してきたのだから。
だが……。
「申しわけございません」
「え?」
「状況は理解しましたが、こればかりは一度ご主人様であるレオンハルト公爵様にも話を通してからでないと。私個人の判断では決めることは出来かねます」
ミリアはいつの間にか知性まで身につけてしまったようだ。
これでは一筋縄では連れ戻すことができないではないか。
悔しいが念のために、ここは引き下がるしかない……。
「そ、そうですよね。無理言って申しわけございません。このことはどうかアルバス様やレオンハルト公爵には内緒にしておいてください。私個人の意見でしたので」
「アルバス伯爵邸が大変なのでしょう? メイド長が良くしようとしていることは分かりましたので、この機会にこの場で使用人候補をスカウトされてみては?」
「げ?」
「社交会ですし、使用人同士の交流もあると聞きましたが」
ミリアが私の手に負えないような存在になってしまった。
確かにこの社交会で他の女に依頼すれば良いだけの話だ。
そんなことは私だって当然理解している。
だが、ミリアでないといけないのだ。
他のできる女がアルバス伯爵邸に入ってこられてしまっては……。
私のメイド長としての威厳が崩れてしまう……。