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11話【Side後編】アエル王女の本当の仕事

 アエル王女が使用人として部下につき一週間。シャルネラは頭を悩ませていた。


「あーーーーー!! ごめんなさい! 掃除用のバケツに入っている水をこぼしてしまいました……」

「んもう! どうして私の担当している部屋にくるといつもこぼすのですか!?」

「申しわけございません。まさか、ドア越しにバケツが置いてあるなんて想定しておりませんでしたの」

「また拭かないと……(そもそも私、ドア付近にバケツ置いていたっけ……)」


 アエル王女は、シャルネラが掃除してそれなりに綺麗になった部屋で毎回のようにトラブルを起こす。

 部屋は汚れてしまい、二度手間になりシャルネラはストレスを抱えていた。

 いくら部下になったからとはいえ、アエル王女に責任を押し付けて綺麗にしていけなどとは言えなかったのである。


(ただでさえミリアがいない分、自分で頑張らないといけないのに、アエル様が来てからやたらと忙しくなってしまったわ……)


 シャルネラは頭を抱えながら気持ちを切り替えて水浸しの床を拭く。


「本当に申しわけありません。せめて……、メイド長のお手伝いを……」

「あら、それは助かりますわ。では、外に干した布団をベッドに設置してください」

「はい」

「今度は外に落とさないようにしてくださいよ」

「もちろんですよ〜」


 シャルネラは念のためにアエル王女に忠告していた。

 前回、アエル王女がシャルネラの仕事を手伝った際、干していた洗濯物を地面に落としてしまったのである。

 さすがにそのような凡ミスは二度もしないだろうと思っていたのだが……。


「ひゃぁぁぁぁぁあああああっ!! ふとんがぁぁああああ!!」


 シャルネラが慌てて外を見ると、吹っ飛んでいた。ふとんが。

 ベランダ越しに吹っ飛んだふとんの行方を眺めると、裏庭の農園にベシャリとかぶさっていた。

 シャルネラの顔が青ざめる。

 いっぽう、こうなることが当然だといわんばかりの、アエル王女が一瞬だけ浮かべた表情を、シャルネラは逃さなかった。


「二度も……。なんてことをしてくれたのですか」

「申しわけございません。しかし、私が手に取ろうとしたとき、すでに布団が外寄りに大きく傾いていて、いつ落ちてもおかしくない状態でしたが」

「う……。それは……私が干すときに急いでいたからもしかしたら……」

「ですが、落としたのは私です。私の責任ですね。大変申しわけございません」


 あろうことか、アエル王女が深々と頭を下げた。

 さすがのシャルネラも、これ以上責めることなどできなかった。


「もう一度洗いますから大丈夫です」

「さようですか……。さすがに弁償しようかと思いますが」


 シャルネラは顔を真っ青にしながら首をブルンブルンと振る。

 仕事が雑なことはシャルネラ自身も把握している。

 いくらアエル王女が落としてしまったとはいえ、原因が自分にあるのではないかと一瞬でも思ってしまった以上、アルバス伯爵にバレるわけにはいかない。


「こんなことがバレたら大変です。幸いこの部屋は客室用なので、ベッドの利用頻度も低いですから。何日かかけてどろを落として綺麗にしておけば問題ありません」

「は、はぁ……」

「黙っていてくださいね」

「はい」


 アエル王女のぎこちない返事に、シャルネラは不安を抱えていた。


 ♢


「なんで私ばっかり……」


 アエル王女の評判は、伯爵邸に仕えている使用人からは絶大な人気だった。

 それもそのはずで、アエルは自分に与えられた仕事をせっせとこなし、残った時間で使用人たちの手伝いもしてしまうほどである。

 しかも第三王女だという威厳などは一切出さず、対等な立場で使用人たちと接しているのだ。


 アエル王女が伯爵邸内で人気があることなどシャルネラは知る術もなく、アエル王女のことを良くは思っていなかった。

 アエル王女はミスばかりするポンコツ使用人だと確信していたからである。


「私の手伝いになったときだけ失敗ばかりするなんてあり得ないわ。きっと、私がメイド長だから緊張しているのよね」


 翌日から、シャルネラはアエル王女に対して、緊張など与えないように厳しく接することにした。


「え……どういうこと……?」


 アエルの担当は完璧にこなしていた。

 まるでミリアの仕事っぷりを見ているかのようである。


「なにかご指摘などがございましたら、ご教授お願いいたします」

「い、いえ……。その……ありませんわ」

「終わりましたので、シャルネラ様のお手伝いもします」

「え、えぇ……助かりますわ」


 アエルの本来の仕事を見て、シャルネラは確信した。緊張していただけか偶然が重なっただけなのだと。

 少しばかりホッとしたのも束の間、シャルネラの手伝いを始めたアエルはまたミスをしたのである。


 ――ガッシャ〜〜〜ン!!


「申しわけございません。花瓶を落として割ってしまいました……」


 ついに、我慢し続けてきたシャルネラの堪忍袋の緒が爆発した。


「あぁ……もう! どうしてアエル様はミスばかりするのです!? そもそも、どうして掃除の手伝いで花瓶を落としてしまうのですか! そこは私が掃除した場所ですよ」

「う……う……」


 今までシャルネラがミリアに対して怒声を発したり嫌がらせをするときは、必ず部屋のドアを閉めていた。

 しかし、閉めていたはずのドアはいつのまにか開いていて、シャルネラの怒声が筒抜けだった。


 シャルネラの大声を聞いた使用人たちが一斉に集まってくる。

 使用人たちの目に入ったのは、シャルネラがホウキを持ってアエル王女のことを怒鳴りつけているような光景だった。

 アエル王女も手を目にあてながら大粒の涙をこぼして、さらに正座をしている体勢だったため、使用人たちがそう判断するのも無理はない。


「メイド長。いったい……なにがどうなったら王女様にそこまでの仕打ちを……」

「いえ、アエル様が花瓶を割ってしまって」


「メイド長は酷すぎです。こんなにも優しい王女様を泣かせるなんてあんまりですよ……」

「な……!? 私に対してそんな口を……」


「事実、最近のメイド長は私たちにも酷いではありませんか。休む暇もないのです」

「それをアエル様がお手伝いしてくださっているのですよ」

「う……!?」


 シャルネラはこれ以上、アエル王女の前では使用人に対して言い返せなかった。

 あくまでアエル王女は一ヶ月間限定の使用人。

 王女である以上、発言力によっての噂は一気に広まってしまうというもの。

 シャルネラはそれを警戒して、おとなしく全員に頭を下げることしかできなかったのだ。


(うぅ……なんという屈辱を……。それもこれも、ミリアさんが素直に公爵邸なんかへ行ってしまうからいけないんだわ!)


 アエル王女が伯爵邸に滞在している間、シャルネラは苦痛と屈辱と我慢の日々を送らざるを得なかったのであった。

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