歓迎会
瑠璃が自分の部屋で待っていると、乙成がやってきた。
「瑠璃ちゃん、お待たせしました。準備が出来たので行きましょうか」
「わかりました」
「そうそう、前に聞いてたとは思うけど、勤務時間は基本的に朝食後から夕食前までだから、私達は、今日の勤務時間はこれで終わりです。なので、瑠璃ちゃんにはこれから働く従業員としてではなく、共同生活を共にする住人として固く考えず歓迎会を楽しんでくれると嬉しいわ」
「わかりました、ありがとうございます!」
「それじゃ、行きましょうか」
瑠璃は乙成に付いて行き、別館を出る。外に出て空気を吸ってみると、なんだか気持ちいい気がした。山の中だからだろうか、街とは違う気がした瑠璃だった。そのまま乙成に付いて行くと大きな桜が見えてきた。
「おー、こんなにきれいな桜があったんですね」
「でしょ、もう少し暗くなってきたらライトアップもするから楽しみにしててね」
「ライトアップもするんですか! 楽しみです」
桜の下の近くに目をやると、みんながいるのも見えた。そのまま歩きながらみんなが待つ場所まで行くと、そこには様々な料理も並べられていた。
「えー、早速ですが、綾乃里くんも来ましたので、乾杯からしましょうか。みなさん、飲み物をお取りください」
中野がそう言った後に、瑠璃は飲み物を乙成から手渡された。
「では、堅苦しい話は抜きにしまして、綾乃里くんの歓迎の意を込めまして、乾杯!」
『かんぱーい!』
乾杯の後は、料理を食べたり、中野にお酒が大丈夫かと聞かれ、大丈夫と答えたらお酒を勧められたり、みんなと話したりしながら親睦を深めていった。
「そろそろ暗くなってきたので、灯りをつけましょうか」
中野がそう言うと、照明のスイッチを入れ、桜が照らし出された。照らされた桜はとても綺麗だった。先ほどまで話していた声も途切れ、みんな見入っているようだ。声も聞こえなくなると、辺りに静寂が訪れる。私有地だからこそ、山の中だからこそ、他人の声も一切聞こえない空間だから、より幻想的な雰囲気になる。これが街だったら騒がしいままに違いないと思いながら瑠璃は桜に見惚れていた。
「とってもきれいですね」
瑠璃がそう言うと、賛同する声が漏れ聞こえた。そして、話し声も再開していった。
「ねぇ、瑠璃ちゃん、ほしい飲み物とかあれば言ってね、取ってくるから。料理も取ってあげるね、はい、どうぞー」
「あ、はい、ありがとうございます」
「そうだ、食べさせてあげよっか。はーい、あーんしてー」
瑠璃は少し戸惑っていた。少し前まで乙成は食べさせてこようとはしてこなかったのに、してきたからだった。もしかしたら酔っているのだろうかと顔を確認すると赤くなっていた。
「乙成さん、そんなにしても綾乃里さんが困っちゃうからほどほどにしてね。ごめんね、綾乃里さん、乙成さんは酔っぱらっちゃうといつも以上に甘やかそうとしてくるのよ」
「えー、瑠璃ちゃん困ってるのー? あ、わかった! そんな事言って小百合ちゃんが構ってほしいから言ってるんでしょー」
「あー、そうそう、だからこっちに来てね」
小百合がそう言うと、乙成を連れて席を移動した。その扱い方は慣れているように見えた。二人の関係性を少し知れた気がした瑠璃は微笑ましい気持ちになっていた。
「うーっす、瑠璃ちゃん、飲んでるー?」
そう言いながら野々宮が瑠璃に肩を組んできた。片手にはお酒を持ったまま。
「ねぇー飲んでるー? あ、そうそうーこれからぁよろしくねー、あはははー」
「ほら、そんな絡み方しても瑠璃ちゃんが困っちゃうでしょ、こっち行くよ、瑠璃ちゃんごめんね」
そう言って三ツ泉は野々宮を連れて行った。野々宮が酔っているのは分かりやすかったが、三ツ泉もお酒を飲んでいたのに酔ってないように見えた。
「隣、失礼しますね。さっきの三ツ泉さんですが、ああ見えて酔っぱらっているのですよ」
「え? そうなんですか?」
「ええ、酔うとすごくまじめになるのですよ」
中野がそう言ったので、瑠璃は三ツ泉をよく見てみるが、表情からは読み取れなかった。
「これ、どうぞ」
中野が瑠璃にお猪口を渡してきて、お酒を注いだ。そのまま中野は手酌で自分のにもお酒を注ぎ、お猪口を少し持ち上げ、乾杯と言ったので、瑠璃も少し遅れて乾杯と言ってお酒に口を付けた。
「綾乃里くん、僕はね、こうして桜を見ながら飲むのが好きなんだ」
「ボクも好きです。今日初めて桜を見ながらお酒を飲みましたが、なんだか良いですね」
しばらく桜を見ながらお酒を飲みつつ雑談をしていると、お開きの時間となった。
「そろそろ遅くなってきたので、お開きといたしましょうか。飲み物や料理は片付けて他の物は明日にするので、そのままにしておいてください」
中野がそう言うと、みんなで片付け始めた。瑠璃も手伝い、別れ際にみんなに感謝を伝え、部屋に戻った。
部屋に戻った瑠璃は、酔いがまだ残ってたので、シャワーだけ浴びて布団にもぐった。新しい布団の匂いを嗅ぎつつ、今日の事を思い出す。ここに来るまでの事や、挨拶した事や、歓迎会を開いてくれたこと。桜もきれいで、楽しかった事を思い浮かべていると、帰り際に言われたことも思い出した。朝は本館で朝食を食べるから時間になったらそのまま来てと言われた事を思い出し、目覚ましのタイマーをセットし、これから始まる新しい生活にワクワクした気持ちを持ちながら目を閉じた。